第26話 12分

 ステージは明るさを取り戻し、雨宮先生が一礼したところで拍手がなった。

 指揮台に立って目の前の演奏者の顔を見渡して、指揮者は構え鳴った1音目。その音に理子は衝撃を受ける。

 昨日まで使っていたホールとは違って、このホールは響く。その響きが何十倍も演奏を引き立てて、最後の最後に実力を底上げしていた。


 1曲目は課題曲。順調の出だしだった。

 例年4曲用意される課題曲のなかから、各学校で1曲を選曲する。人気があるのは行進曲の部類に入るもので、毎年2曲はこの行進曲が課題曲に入っている。今年も課題曲ⅡとⅣに人気が偏り、今日だけでもこの2曲は嫌というほど聴いた。そのなかで夕星中学校が選んだのは課題曲Ⅲ。選んだ学校も少なく、どこか新鮮な感じ漂う。

 課題曲としては珍しくドラムが組み込まれた楽曲。ロック・リズムに変則的なリズムが組み合わさってポップス調の雰囲気が溢れる。リズム感が必要なこの曲のなかでも、冷静で平然としたいつも通りの演奏が流れていく。


 課題曲の終わり。最後の余韻がありつつも、静寂に包まれた。その間、サポートメンバーは隙間から様子を見る。距離で言えば指揮者とはたった数メートルも離れていないし、1歩踏み出せばステージに乗れるという場所なのに、コンクールメンバーがいる場所は遙か遠くに感じる。


 2曲目。静かに始まった自由曲。静かに始まるイントロのなかをそっと突き進むようにホルンのソロが始まった。今、まさにいろんな思いを音に乗せていた。


 それぞれ考え方も、捉え方も違う。もともと持っている素質も、才能も、性格も違う。それでもみんなが1つになって、こんなに大きなものを作り上げている。それを目の当たりにして、理子は今まで生半可で部活をしていた過去の自分を、少しだけ恥ずかしく思った。


 部活は練習ばかりだし、思うように楽器だって操れない。コンクールの結果も、演奏のできも気にしたことなんてなかった。自分に自信だってない。コンクールに出て、堂々とできる自信は今もない。だから、部活もそこまで本気になれなかった。なんとなくできていればいい、みんなに置いて行かれなければそれでいい。そう思ってた。その一方で理子よりも遥かに長く練習していたコンクールメンバー。休みは弁当を持参。言い合いもあったし、考えがまとまらない瞬間だってあった。理子はそれをどこか他人事のように見ていたけれど、それは今の演奏を作り上げるために必要不可欠なもので、それだけ本気で、それだけ熱心に日々を過ごしていた。ずっとその様子を真横で見て、隣で聞いていた。それを知っているからこそ、みんなが輝いていた。

 あの演奏に入ってみたい。あのスポットライトの下で、あの演奏の一部になって、自分の音を奏でてみたい。そう理子に思わせるくらいその姿はかっこよかった。


 たった12分のために、今日まで何十時間。いや、何百時間、何千時間と練習を積み重ねてきた。その時間、同じ曲に向き合って、突き詰める。不思議なことにそれは飽きない。正解のない世界が、どこまでもいろんな世界へ導いていく。それをこの場所で教えてくれた。


 何もない。たまたま同じ学校で、同じ部活に入っただけ。そんなみんなに与えられた吹奏楽と言う名の絆。それは大きなエネルギーになって、そこから目まぐるしく時間は過ぎていき、時間が進んでいくごとに個人の壁にぶつかる。1人1人違う課題、苦手なことへの壁にぶつかって、周りと比較して孤独を感じる。それでも思いは1つで、その壁を乗り越えた先で調和する。そして、先輩から後輩へと繋がれていく。


 それは横で聞いていたサポートメンバーにはしっかりと届いていて、声に出せない声援を送って、見守ることしかできなかった。それでも思いは1つで、それを色濃く実感する12分はあっという間に過ぎていった。


 

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