第18話 選手仮交代
「オーディションを開催します。」
雨宮先生の突然の思いつきで行われたオーディション。淡々と進められていき、全員が終わるまでに1週間ほどがかかった。これを機に自分の課題を見つけた人、実力を思い知った人などさまざまで、終わった人からそれらと見つめ合った。
オーディションが終わっても理子の気持ちにあまり変化はなく、いつも通りの練習をしていた。それは他の人も同じようあったが、ただ彩葉だけが少しだけ暗い顔をするようになっていた。
彩葉は何事も不器用なタイプ。特に指先を細やかに動かさなければならない裁縫や折り紙は苦手だった。そんな彩葉にとって両手の指先を使うクラリネットに苦手意識を持つのも不思議ではない。クラリネットの部室に張られたスケールのチェック表も、彩葉だけがあまり進んでいなかった。それを知っている理子は彩葉に対して心配しかできず、彩葉の様子を伺っていると絵美が、
「結構オーディションのとき言われてたからね。もしこのままなら打楽器に移動かもって先生が。」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「聞こえちゃったから。まだわかんないけどね?」
「確かに彩葉は昔っから手先不器用だからね。」
必ずしも不器用な人が楽器に不向きと言うことはない。ただ彩葉は大幅な遅れをとっていて、打楽器への移動も選択肢の1つとして提案されていた。
そのとき詩織先輩は新しい楽譜を持って理子の元にやって来た。
「ごめん、ちょっとだけいい?」
「はい。」
詩織先輩は理子の譜面台に持っていた楽譜を置いた。
「申し分けないんだけど、これも練習してもらえる?同じところでいいから。」
理子は置かれた楽譜に目をやると、それは宇宙の音楽。今まで理子が持っていたのは2ndだったのに対して、新しく詩織先輩から渡されたのは3rd。理子は疑問を抱きつつもそれを口にすることはできなかった。
窓の外はもうすぐ夏が来ることを予感させるほど太陽の光が地面を照らしているなか、合奏室はコンクールに向けた熱い練習が続く。
「今日も長引きそうだね。」
「うん。暑いから窓開けよっか。」
理子は窓を開けて、そのまま外の風にあたった。吹いてくる風は涼しいとは言えないが心地がよく、窓を開けてよりはっきりと聞こえてくる合奏の音がさらにそれを増幅させた。
目の前の道路は午前で部活が終わったであろう生徒達が帰って行く。
「あ。」
理子の視線の先には吹奏楽部を辞めた彼の姿があった。バスケ部のTシャツとハーフパンツを着ている集団の最後尾にいた。
「何か楽しそうだね。」と絵美が理子の横に立って言った。
「うん。なんか羨ましいかも。」
「わかる。楽しさよりも別の物の方が勝ってる気がする。それが何かって言われると上手く言えないけど。」
その会話を終えて呆然と外を眺めていると「よ!」と理子に軽い挨拶をしてくる男子の声がした。理子が視線を移すとそこには自転車にまたがった三浦
「お、久しぶり~。」
「久しぶり。理子って吹奏楽部だったんだな。吹奏楽部って厳しいんだろ?頑張れよ。」
と自転車をこぎ出した颯人を理子は目で追いかけていると、
「あれ?同じ小学校なんだっけ?」
「うん。あと彩葉もね。」
「そっか。」
「あれ?絵美と颯人って何か関わりあったっけ?」
「同じクラスだよ。ほとんど喋ったことないけど。」
「まあ、そんなもんだよね。」
理子は移動し壁に凭れるように座った。壁の向こう側は合奏室で、背中越しに聞こえる音と振動を感じながら時間を待った。
それからどのくらい時間が経ったのかわからないが、いきなり合奏室の扉が開いた。そこから合奏を終えたばかりのコンクールメンバーが出てくる。その顔はどれも晴れやかなものではなく、焦り、不安、悔しさ、怒りなど多くの感情を含んだものだった。
クラリネットの部室に帰ってきた2・3年生は特に暗い顔をしていた。なかには部屋に入った瞬間に我慢していた涙を流す人もいた。特に落ち込んでいたのは真莉愛先輩。顔を上げることは一度もなく、一周回って涙すら流せていないようなそんな様子だった。そのなかを戸惑いながら戻ってくる陶子に絵美は近寄って、
「どうしたの?」
とだけ聞いた。それで陶子は何のことかを察して、絵美の腕を軽く引っ張って小さな声で、
「その、合奏で『クラが全然できてない』ってなって。それで・・・。」
陶子はあまり詳しくは説明しなかった。
理子はそんな2・3年生の初めて見る姿にこの部活の本気を見た気がした。
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