第14話 密かなオーディション

 翌日、またも新しい楽譜が配られた。

「はい、これ理子ちゃんの分ね。」

 練習をしていた理子の譜面台にあかね先輩はそっと楽譜を置いた。練習していた手を止めて理子はその楽譜のタイトルを見た。


 Music of the Spheres


 英語で1番上にそう書かれていた。その横には昨日決めたばかりのパートである2ndを示すことが書かれている。


「この曲のこの部分を練習して欲しくて。シャーペン借りるね。」

 あかね先輩は真っ新まっさらな楽譜をペラペラとめくりながら練習して欲しいところに印を付けていく。どこも楽譜だけを見ればそこまで難しくはなさそうで、初心者でもできそうなところばかりだった。

「曲はわかる・・・よね?」

 もうさすがに聞き慣れた曲で理子は「はい。」と答えると、

「じゃあ、頑張ってね。」

 あかね先輩はその一言だけを言い残して、すぐに自分の練習に戻っていった。理子が周りを見渡せば同じように楽譜を渡して去って行く先輩達の姿があった。

 急に渡された自由曲の楽譜。他のパートにも配られて、一緒に練習できるように配っただけだろう。そのとき理子はそう軽く考えていた。でも、この楽譜は他のパートの1年生に配られていない。雨宮先生はクラリネットの1年生にだけこの楽譜を渡すように指示をした。それは雨宮先生が現クラリネットコンクールメンバーに託したこと。


「1年生のなかからコンクールに出すメンバーを選んでください。」


 コンクールに出るであろう2年生、3年生のクラリネットメンバーに追加で出す1年生を選んでもらう。他のパートは雨宮先生自ら選び声をかけたにも関わらずクラリネットだけは違う方法だった。


「選ぶのは2人。期限は3日以内。練習の合間にみんなで相談して報告に来てください。もちろん、ここにいる人が既にコンクールメンバーに確定しているわけではない。気は抜かずに練習をしてください。」

 こうやって雨宮先生とクラリネットの2・3年生だけが知るオーディションが始まった。そんなことは知らない理子は今できる基礎練習の全てを終え、配られたばかりの楽譜を覗いた。今まで配られた楽譜に比べれば枚数も多く、それだけ曲が長いのがわかる。これだけ見て曲がパッと流れるほどの力は今の理子にはない。なんとなく、これがいつも聞いてるような感じになるのだろうな、という想像だけをして言われたところを眺めた。

 練習番号では422。区切りでもあるここには「ハルモニア」というタイトルが付けられていた。そこまで続いていた連符はなく、特別高い音も出てこない。複雑なリズムもなく、楽譜はかなりシンプルなものだった。

「理子ちゃん、今いい?」

 声をかけられた方を見ると、そこにはクラリネットを持った長谷川琴音ことねが立っていた。他にもクラリネットの先輩達がパート練習の合間を縫って1年生のところに来ていた。

「はい。」

「ハルモニアのところ教えておこうと思って。メトロ借りるね。」と琴音先輩は椅子に座っている理子の横にしゃがみ、メトロノームのテンポを変えた。

「ここ1st、2nd、3rdは違う動きをしてて、主旋律は1st。他はハモりって感じ。だからハルモニアって言われて思いつくメロディは残念ながら2ndにはないけど、この3つが重なってきれいなハーモニーを作るから重要なパートだよ。ちょっとやってみるから聞いてて。」

 琴音先輩はさらっとハルモニアの部分を演奏してくれた。言われた通り、ハルモニアと言われてパッと思いつくような動きは一向に出てこない。言われなかったらここが何を吹いているのかわからないくらい、理子が思っているものとは違っていた。

 琴音先輩は吹き終えると「こんな感じ?」と照れ笑いをしながらメトロノームを止めた。

「まあ、やってみよう。その方が早いよね?」

 そこから琴音先輩から理子への指導が始まった。運指うんじや気をつけるべきポイント、その全てを1つずつ理子に教えていった。

「できてるから大丈夫。この調子でいけばコンクールにも出られると思うから、とりあえず今日はここだけでいいや。何かわからないことあったら、今は部室でパート練習してるからいつでもおいで。」

 琴音先輩は最後まで教えきるとすぐに練習に戻っていった。

 こんくーる?

 理子は聞き間違いかなと思いつつ練習に取りかかるが、やっぱり気にかかって仕方がなかった。

 自分には関係のない話だから。

 理子はそう言い聞かせつつ、現実から目を背けた。それでも言われた通りに練習を続けたのは、周りの熱意に負けていたからだった。


 それから3日が経った頃、詩織先輩は2人を呼び新しい楽譜を渡した。

「おめでとう!」と絵美は言い、理子も彩葉も祝福をすると2人とも照れくさそうに笑って「ありがとう。」と言った。

 選ばれたのは2人。1人目は佐々木陶子とうこ。お下げ髪に眼鏡、成績も学年トップという絵に描いたような優等生。その地頭の良さから吸収も早く、実力はクラリネット1年生のなかでも1番と言っていいほど。そんな陶子と並ぶほどの実力を持つのが大川おおかわ瑠菜るな。もともとスポーツをやっていたおかげで身についた体力と肺活量で音量がある。それに音の芯もしっかりしていて、安定的。そんな2人が選ばれて、1人を除いて反論する人はいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る