第13話 戦力

 1年生から早くもメンバー入りしたのはトランペットの男子部員だった。名前は佐藤琉生。今まで楽器経験もなければ、楽譜すら読めなかったが、細身の体から出される安定的な音はとても初心者とは思えないほど。それから打楽器が3人とも選ばれ、1年生からは今のところ4人がメンバー入りした。


 合奏室から漏れ聞こえる音に耳を傾け、終わるのをじっと待っていた。

「今日も長引いてるね。」絵美はもう慣れたように理子にそう言い、理子も首を縦に振る。

「ここいい?」そこに彩葉がやって来て、理子は「どうぞ。」と開いていた横のスペースを案内し、彩葉はそこに座って横並びで3人、合奏室の音に耳を傾けた。

「もう早速1年からコンクールメンバー出たね。」と話始めたのは絵美だった。

「打楽器はもとから出す予定だったみたいだよ?入部したばっかりの時から自由曲とかの楽譜渡されてたみたいだし、それに人数も足りてなかったみたいだから。」

 と話に乗ってきたのはベリーショートの大川瑠菜。瑠菜は3人の前に座って話に入った。そこに「なに?」と入ってきたのは眼鏡にお下げ髪という見るからに優等生っぽい佐々木陶子だった。瑠菜は「コンクールメンバー1年からも出たねって話。」と軽く説明した。

「あとトランペットの・・・名前なんだっけ?」

「ああ、佐藤くん?」

「でも、トランペットって1年で経験者いたよね?確か楓ちゃん・・・だっけ?」

「あの転校生の?」

「そうそう。小学校の時、金管クラブみたいなのに入ってトランペットやってたって言ってた気がする。確か古いけど楽器も持ってる的な話も前にしてくれたような。」

 理子は目の前で繰り広げられる話に着いていくのが必死だった頃、廊下から「入っていいよー」という声が聞こえて、その話は終わってしまった。


 それからアルトサックス、チューバからも1人ずつ選ばれていった。どの人も1年生のなかではかなりの実力者で、誰もが納得する人選だった。誰が選ばれるのか気になりつつあるなか、クラリネットは大きな変化が訪れる。

「全員揃っていますね。」

 全員での合奏が終わり、2・3年生メインの合奏が始まる少し前、合奏を終えたばかりでクラリネットの部室に揃っていた1年生のもとに雨宮先生は訪れた。

「ここに集まって。」

 と雨宮先生は1年生を部屋の中心に集めた。雨宮先生を囲うかのように1年生は並んだところで、

「この前、新しく楽譜を配りましたよね?マーチの楽譜。」

 雨宮先生が言っている楽譜は今年の中部日本吹奏楽コンクールの課題曲で2・3年生が練習している曲。1年生にも比較的演奏しやすい難易度の曲ということもあって、新たな練習曲としてテスト期間が明けてすぐに配られた楽譜だ。

「『今は指導している先輩と同じパートの楽譜を配っている』とパートリーダーから聞きました。合っていますか?」

 横で合奏をしていることもあり、邪魔にならないようにその場にいた1年生は静かに頷いて小さく返事をした。

「じゃあ、ここ2人を1st。ここ2人が2nd。ここ2人は3rdにしよう。」

 雨宮先生は均等に6人を3パートに割り振った。

「クラリネットは基本的に3パートに別れていることが多いです。これから配られる楽譜も今、決めたパートでお願いします。先輩にも変えたことは僕から話しておきますから、楽譜が変わった人は交換をしておいてください。さっき言った通り今日は帰りのミーティングはしないので、片付けたら帰っていいです。では、お疲れ様でした。」

 雨宮先生は颯爽と合奏室に入って行き、取り残されたクラリネット1年生は顔を見合わせた。正直、1st、2nd、3rdと3つパートが楽器内でわかれていることはわかっても、それ以上は何もわかっていない。だからこそピンと来ていない人が多かった。

 理子は楽譜入れから貰ったばかりの楽譜を取り出して手に取った。

「理子、これあげるよ。」

 彩葉が理子に渡してきたのは2ndの楽譜。理子はそれを「ありがとう」と受け取った。

「彩葉2ndだったんだ。」

「先輩が2ndだったからね。次は3rd。理子は?」

「1stの楽譜。あかね先輩1stだったから。」

「そもそもどういう基準なんだろう?何を見て決めたって言うか・・・。」

「上手い人が1st。蘭々は上手いから1stになった。つまりは蘭々よりも下ってことね。」

 彩葉が視線をやった先にいた細身で黒くて長い髪を2つに束ねていた。溢れ出るお嬢様感に理子は圧倒されていた。

「どうぞ。」と軽蔑した目で彩葉に楽譜を渡し、彩葉がそれを受け取ると蘭々は無言で理子に手を出した。口に出さなくとも早くくれ、と言っているのがわかるほどの圧で理子はもともと持っていた楽譜を渡した。何も言わずに受け取ってそのまま部室を出て行く蘭々の姿を理子は目で追いかけることしかできなかった。


「何もあんな言い方しなくても。」と絵美は呆れながら言うと、

「蘭々は何でもできたからね。」と話す声は陶子だった。陶子は楽譜を持ったまま理子の隣に立って、

「勉強も優秀、運動も結構できた。習ってたミュージカルでもいつも主役級の役。本人、目立つのも好きだし人前出るのも好きだから。」

「何でもできるし、思い通りになって、それでプライドも高くなった。」と絵美が言うと陶子も大きく頷いた。彩葉は小さい声で理子に「プライド高いってどういうこと?」と聞き、理子は頭を抱えながらも、

「自分は他の人より凄い!って思ってることかな。」

 なんとかひねり出した答えに彩葉も今までの蘭々の態度と照らし合わせて、彩葉は納得した。

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