第12話 作戦
テスト前に宣告されていた通り、1年生の個人チェックが行われた。これはとくにできなかったからと言って特別に別メニューが課せられるわけでもなく、本当に単純に雨宮先生が1人1人の進捗状況を確かめるだけのものだった。
練習場の1番は端の1番小さな部屋にキーボードが置かれ、その前に雨宮先生は椅子に座って1年生の実力を見る。2人きりの確立された空間はまるでオーディションでも開催されているのかと疑いたくなるほどの緊張感があった。
「ではB♭の
と雨宮先生はキーボードからテンポを出す。理子がいつも練習しているテンポに近く、理子は一安心しつつも「はい。」と答えて楽器を構える。
「入るのは時分のタイミングでいいので、どうぞ。」
雨宮先生は理子が吹き始めるのをじっと待ち、理子はタイミングを見計らって吹き始めた。
1音ずつ確実に音をあげていく。最初の1音は4分音符で1拍分伸ばして、そこから8分音符で上がっていき、最後の音は2分音符で2拍伸ばす。下りるときも同じように下って、最後の音を伸ばした。
雨宮先生最後の音を吹ききったタイミングで鳴っていたテンポを止め、
「いいですね。他にも練習している
「E♭とFも練習しています。」
「じゃあ、2つともやってみてもらえますか?どちらからでもいいので。」
と再び雨宮先生はテンポを刻み初めて、理子は言った2つの音階を先ほどと同じようにやった。止まることはなく、間違えることもなくスムーズに進み、
「よくできていると思います。」と雨宮先生は評価した。
「ありがとうございます。」
理子は楽器を両手で持ったまま軽くお辞儀をした。
「少し前まで指を多く使う音、特にこのレジスターキーも使う音は苦戦しているようでしたが、今は聞いている限り大丈夫そうですね。」
雨宮先生は持っていたファイルに何かを書き、理子にそう言った。
「えっと、まず最初のB♭の音階のとき、まだGとAの音が途切れて聞こえる。わかりますか?」
「はい。」
「これはクラリネットの初心者なら誰もが最初に苦戦するところですから。でも、あともう一息でできそうな感じはするのでこれからも練習してください。」
「はい。」
「音階自体はよくできているし、その調子で。もう今の3つはできているので、他の音階も次々進めてください。」
「はい。」
「それから全体的に音量が小さく、響きもないです。今のままでは自信がなさそうに聞こえます。」
理子は自信がないことを言い当てられたようで内心ドキっとしながら「はい。」と答えた。
「もっとブレスを大切に。今は息をするときに肩が上がっています。それは腹式呼吸ができていないということ。腹式呼吸というのは息を吸った時、お腹が膨らみます。楽器を吹くときにそれができるようになると音とお腹で支えられるし、もっと音も安定すると思います。桜庭さんは音がいいので、これができればもっと良い武器になる。」
「はい。」
「これからも頑張ってください。では、次の人。」
「ありがとうございました。」
理子はお礼を言って部屋を出る。そして扉の前で待っていた彩葉とバトンタッチする。入れ違いで入った彩葉は入ってすぐに「お願いします。」と言った声が理子にも聞こえた。
この調子で1年生全員の個人チェックが終わるのに数日かかった。1番これでヒヤヒヤしていたのは1年生を指導している2・3年生で、自分の指導力を試されて評価されているような気分だったらしい。
そんな個人チェックが終わってすぐに、雨宮先生は1年生にあることを言った。
「1年生からもコンクールに出します。」
その一言でその場にいた1年生の目つきが変わった。
「例年、コンクールメンバーは2年生と3年生を中心に組んでいます。理由としては1年生にはまず基礎をしっかり身につけてもらうためです。先輩達はいろんな曲をやっていますが、それは毎日基礎練習をしっかりやって、それらをきちんと身につけているからあれだけの曲をこなせる。だから今、みんなに1番最初にやってもらいたいことは基礎を身につけることであることに間違いはありません。ですが、今の2・3
年生を合わせても41人。コンクールでは中学生だと演奏者は50人まで出られるので、あと9人は出られるということです。そこでその枠を1年生に入ってもらい、上限いっぱいまで出したいというのが先生の考えです。ありがたいことに、これだけ人数がいるわけですから、それは活かしたい。」
吹奏楽部の他の運動部とは違うところ。それはすぐにメンバー入りができるということ。コンクールメンバーになるということは、運動部で例えるならレギュラーメンバーになれるのと同じくらい凄いことで、それくらい名誉あること。それに舞い上がらない1年生なんていないなか、理子は嫌だった。
「コンクールメンバーになれば練習は今よりも多い。平日は延長練習に参加してもらいますし、休日の練習は1日になる。もちろん今までと同じように基礎を身につける練習もしてもらわなければなりません。ですが、1年生ながらに大きな舞台を踏むというのは、絶対に良い経験になります。」
その瞬間、同じ足並みで進んできた1年生は、全員がライバル同士になった。理子は密かに抱いた気持ちを隠した。
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