孤独な惑星

第11話 天才か努力か

 吹奏楽部にもやっと休日がやってきた。そうは言ってもそれは試験期間で練習ができないだけの休日。つまりは学生の本業をこなす期間がやってきたということだ。

 理子はやっと部活がないという日常を久々に味わい、それまで止まることなく続いていた部活の疲れをとった。その結果勉強なんてほとんどせず、成績は中の上という中途半端な成績で終わった。

 部活がなかったのはたった1週間だというのに、もっと間が空いてしまったかのような感覚に理子はなった。でもそれだけで済まない。

 理子は楽器を組み立て個人練習に向かう。楽器を持つのも久しぶりのような感じがして、そわそわしてしまう。

「理子はテスト期間中に練習した?」

 横を歩いていた絵美が理子に聞く。理子はそう言われて思い返してから、

「持って帰ったけど、あんまりかな。2回か3回くらいはしたけど。」

「やっぱそんなものだよね。」と絵美は安心したように練習にとりかかる。理子も話を止めて練習を始めた。

 テスト前はなかった譜面台に楽譜入れ、メトロノームが届き一気に備品は揃った。理子は真新しいメトロノームのぜんまいを巻き、テンポを決めて音を鳴らす。そして、楽器を構えた。だが、違和感しかない。久しぶりなのか少し忘れかけているよう。音を出してみても音は出る。でも感覚としては今日始めたかのようなもので、入部して数週間も経っている感じは全くしない。忘れかけている感覚を取り戻している間にも次々進んで行く人もいた。


 この1週間の差は誰が聞いてもわかる。明らかに上手くなっている人、変わっていない人、後退した人。それは1年生だけではなく、2年生や3年生も同じことで、音はどこまでも正直だ。上手くなっている人は音が明らかに違う。格段と何かが変わったわけではないが、どこか自信に満ちあふれていて堂々としている。

 特に1年生はその差が出やすい。出せる音域、覚える指使い、息の使い方。その全てがまだまだ未完成で、伸びしろがある1年生はどうしても差がわかりやすい。

 

 部活が始まって、もう既に1ヶ月近くが経とうとしている今、部員は2種類の人にわけられた。それは天才型か努力型か。

 天才型は種をまいて、芽が出てつぼみになるまでが早い。つまり、楽器を習得するということが割と得意な人達。すぐに音を出せて、出せる音域もある程度はすぐに広がる。反対に努力型は種をまいて、芽が出てつぼみになるまでが遅い。つまりは、楽器を習得するということがそこまで得意ではない。ゆっくりと時間をかけて1つずつをこなしていく。この2つの型はただ芽が出るまでのスピードの例えであって、才能の有無とは違ってくる。今、1年生に出ている差はこの2つのどちらかに当てはまるかというそれだけ。でも、そんなことを知らずに1年生は練習を続けて、お互いの音で刺激され合っていた。

 ただ、天才型だからといって花が咲くとは限らないし、努力型だからと言って花が咲かないとは限らない。結局はつぼみまで育てたとしても、それが花咲かなければ意味が無いし、花が咲くまで根気強く育てていかないといけない。それはどのくらいの時間がかかるかは個人差があって、それまで枯らさないように、腐らせないように保つしかない。才能と言う花はその先にしか咲かない。でも、その花を育てている間は孤独だ。その孤独は部員全員のどこかにあった。

 ある日、その孤独に耐えられなくなった1人の1年生が部活を退部した。


「1人辞めちゃったねぇ。部活辞めるの大変って本当なのかな?」

「何それ?」

「理子知らないの?絵美も聞いた話なんだけどね、部活辞めるときは先生の許可が必要なの。」

「先生ってせいぜい顧問くらいでしょ?」

「顧問もそうだけど、他の先生全員からサイン貰わないと辞められないって話。」

「それって本当なの?」

「さあ?結構みんな言ってる。」

 その話が本当かどうか、真相を知ることはこの先一度もなかった。それもそのはずで夕星中学校では全員が必ずどこかの部活に所属し、3年間継続することを原則としている。そのため部活を辞めて他の部活に転部する人はかなりの少数派で、しかも1年生のこの時期に辞めた人はいないので知る由もない。

「それで、なんで辞めちゃったの?」

「ん?ああ、絵美が聞いたのは練習が厳しいから。それに楽器も上手くいかないし、もともと悩んでたバスケ部に転入したって話。」

「バスケ部かぁ。」

 理子はバスケ部と吹奏楽部を照らし合わせて考えていた。

 吹奏楽部とバスケ部、この2つ共通点は部員に初心者が多いと言うこと。まず吹奏楽部というのは小学校から活動があるところも珍しくはなく、そのまま中学に上がっても続けると言う人だってざらにいる。ただこの町には吹奏楽部、またはそれに近い活動をしているクラブ活動を持つ小学校はない。今年の1年生も吹奏楽は愚か、楽器すらやったことない人が大半を占めていた。バスケも同じで、この町には小学生のクラブチームはなく、もともと違うスポーツをしていた人が入部している。境遇としては同じはずのこの2つは、両極端と言ってもいいほどの実績の差があった。

 吹奏楽部はここ数年連続で県大会を突破。その次の大会となる北陸大会に県代表として駒を進めている。一方バスケ部は予選の1回戦で敗退するほど弱小校で有名だった。同じ初心者ばかりの部活で何がそんな差を生むのか、理子は考えてもわからなかった。ただ、たまに校内ですれ違う彼の姿は以前にも増して生き生きとしていて、楽しそうだった。

 

 部員が1人減ったところで部員数は73人と校内の部活では1番の人数を占めていることに変わりはない。それに誰も気にしていないような感じだった。

 1年生は同級生に必死に置いて行かれないように、それでいて先輩に一足でも速く追いつきたい。2年生は1年生に追い抜かれないように、それでいて3年生の偉大な背中を追いかけた。3年生は後輩に追いつかれないように、最後の大会に向けての目標を追いかけ、去年の自分を追い越したい。


 追いつきたい。

 

 追いつかれたくない。


 追い越したい。


 そんな気持ちが部員達のなかで湧いてきて、今はそれがそれぞれを孤立させていた。自分の苦手なことを必死に繰り返して、なんとか付いていこうとそれぞれが必死になって、少しずつ1歩ずつ夢の舞台へと近づこうとする。今は1人1人が蓄えて、磨く時間だ。そんな時間はどこか不安で、孤独に誰もがいた。


 合奏室からはいつものように宇宙の音楽が聞こえてきて、日に日にそのクオリティは増す。これだけ毎日聞いていると不思議なことに馴染みができて、もう知らない曲とは1年生の誰もが言えなくなっていた。

 土曜の昼間、1年生は練習を終えて練習場に集まっていた。合奏室ではまだまだ合奏が続き、終わる気配がない。

 理子はクラリネットの部室に入り、楽器を片付けて漏れ聞こえる音に耳を傾ける。聞こえてくる音は凄い。凄いしか、今の理子には言えなかった。

「今はロンリープラネットかな?」

 同じように耳を傾けていた絵美はそう言う。

「っぽいね。」

 そうボソっと言うと外からは運動部が帰っていく声がした。理子が気になって窓の外を見ると、そこには男子バスケ部が笑い合いながら帰って行く姿があった。そのなかにはもちろん、部活を辞めた彼の姿もあった。

「バスケ部かぁ。いつの間に来てたんだろう?朝来たときまだ来てなかったのに、絵美たちより先に帰ってる。なんか、複雑。」

「でももう良い時間。ほら。」と理子は部屋に飾られた時計を指差す。針はとっくに12時半を過ぎていて、午前練習と言うには少しオーバーし始めているくらいだ。

「ほんとだね。結構良い時間だったわ。」

 と絵美はそのまま窓枠にもたれかかり、内履きのつま先を見ながら、

「それにしてもバスケ部って本当に緩いから。」

「そう?運動部だから走ったりとかしてるんじゃない?」

「全然だよ。たまにみんなでわいわいバスケして、ちょっと話して帰るくらいだって言ってた。絵美、同じ小学校だった人バスケ部だからそう言ってた。誰も大会に勝ちたいとか思ったことも考えたこともないって。」

 理子はそのときに知った。天才でも努力でもない。実力を咲かせるために本当に必要なのはそもそもの意思なんだ、と。

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