第10話 ビッグバン
すっかり部活がある生活にも慣れた頃、
「1年生にとって初めての合奏ですね。こう見るとなかなかのビッグバンドだ。」
指揮台に乗った雨宮先生は目の前に座っている部員達を見渡して言った。
下手側には打楽器が並び、上手側にはベースを担当するチューバやコントラバス。木管低音楽器であるバリトンサックスやファゴット、バスクラリネットが並び、左右で音楽の土台となる部分を囲う。一番上のひな壇にはトランペットとトロンボーン。その下の段にはホルンとユーフォニアム。ひな壇下はフルート、オーボエ、サックス。一番前の列にはクラリネット。あれだけ広いはずの合奏室もこう見ると狭く見える程、全員が楽器を手にすると迫力が増す。
1年生にとって初めての合奏。いつもは先輩の横に座って、馴染みのない曲を聞いていただけの場所に楽器を持っているだけでも新鮮だった。
「この曲は毎年1年生の練習曲として用意しているものです。合奏の基礎、演奏の基礎が全て詰まっていて、最初の実践的な練習にはいいものです。」
雨宮先生は譜面台に置かれたフルスコアの表紙を指でなぞり、「曲をやる上で大切なのはバランスです。」とホワイトボードを近くに寄せて大きな三角を書き、4つに区切って下からABCDと書いた。
「まず土台。これがAグループ。言わばチューバやコントラバス、あと木管低音のバスクラやバリトン、ファゴットのベース楽器です。ここに上が乗ります。Bグループのトロンボーンやホルン、ユーフォ。あとはテナーサックスもここですかね。さらにCグループのクラリネット、サックス、トランペット、オーボエ。1番上のDグループはフルート、ピッコロ。これが基本ですね。これが反対になると安定感がなくてバランスが悪い。確かにしっかり音を出すのも大切ですが、出しゃばり過ぎてはダメ。自分が誰を支えていて、誰に乗っかりたいのか。自分は伴奏なのか、主旋律なのか。与えられた役割をしっかり考えて演奏することも大切です。それがみんなで1つの曲を作るということです。」
雨宮先生はフルスコアの表紙を開いて、
「1年生。間違えても良いです。失敗しても良いです。音が汚くても、上手くできなくてもいい。練習ですから、音を出すのを恐れずに吹いてください。とにかく自分の音が周りと混ざり合う感覚を味わってください。」
雨宮先生は指揮を構える。それに合わせて全員が楽器を構えて演奏が始まる。最初の音は不格好だった。
テンポも遅いし、いつも聞こえてくるような曲よりも音の数は少ないし、テンポも遅い。譜面だって本当に初心者向けの曲で、1曲もたった1分か2分くらいで、全部ここでやったとしても、いつも先輩達が練習しているような曲の長さにはならない。音だって明らか楽器初心者なんだなってわかるような音が混じって、正直綺麗だとは言えない。それでも、そこにあった音は青春そのものだった。
いつも1人で練習をしていた音がようやくこの場で重なり、あれだけ1人では味気ない楽譜もこうやって重なると華やかさは出る。この譜面にある音、この場にある楽器の全てに無駄な音なんてない。全てが必要不可欠で、全てがあってこそできあがるものがあった。
理子も譜面通りに音を出していくが、その音はすぐに他の楽器と混ざっていくのがわかる。あれだけシンプルな楽譜でも、自分は音楽の一部になっていると実感できた。
この日が74人の吹奏楽部が誕生した本当の瞬間だった。
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