第8話 半信半疑
正式入部から早くも1週間が経った頃、音を出すのに苦戦する1年生はいなくなっていた。そして、全員にある楽譜が配られていた。1年生としては初めての楽譜で、見開き2ページにわたって6曲が書かれている。どれもどこかで聞いたことがあるような童謡ばかりで、音域も初心者としては出しやすく、リズムも難しくない。それでいて他の楽器と合わせると言うことと、曲の練習をするということが同時にできる。
音を出せるようになって、音を変えられるようになった1年生にとって、曲の練習をさせてもらえるというのは、練習に新たなものが加わるというもの。新しいものが与えられれば最初は楽しくて練習をするが、曲が簡単なこともあって、すぐにこなせてしまう。そうなると飽きてしまう。
理子はあかね先輩に借りたメトロノームを使って貰った曲の練習をする。単音の伸ばしや、簡単な4分音符ばかりで理子も飽きていた。周りを見渡せば同じようで、ちょっと練習してはすぐに休憩するの繰り返しだ。
単調な音の伸ばしと、簡単な音の階段。先輩達が練習しているような曲にはほど遠いほど楽譜は余白が多く、物足りない感じがしてくる。確かに聞いたことある感じにはなるが、これが合わさるのか。誰もが練習しながら半信半疑になっていた。
「今日もお疲れ様でした。」
1年生は部活の終了時間を迎え、練習している先輩の音をよそに、雨宮先生と1年生は帰りのミーティングを行った。
雨宮先生の前で地べたに座る1年生を見渡しながら、
「1年生はまず基礎を身につけることを大前提にしています。まずはメジャースケール。簡単に言うとドレミファソラシドってやつです。全部で12個あります。それから半音階。どちらもどの音から始めてもできるようにしてください。先輩は全員できます。それからロングトーン。同じ音を伸ばしてるだけで何の意味があるのかって思うかもしれないですが、これも重要です。今はそんな基礎練習をするための練習でつまらないと思うかもしれないですが、基礎ができれば先輩達がやっているような曲も、これからやるであろう曲もできます。そのくらい基礎ができればいくらでも応用できる。」
雨宮先生は1度体勢を直して、
「それから楽譜を配りました。まだ簡単な曲ですし、合奏の基礎を身につけるためのものですが、ここではとにかく実践もします。きっと卒業するまでにやる曲はザッと100曲ほどになるかもしれません。そのくらいいろんな曲をやって、いろんなことに応用できて柔軟性がある演奏者になってほしい。だからこっちも曲を用意します。」
100曲。1年生にとって簡単には想像できないその多さに唖然とする。
「才能があるだとか、センスがあるだとか言いますけど、ここではそう言うことを言わせない。生まれ持った才能がなくても、センスがなくても、それでもその差を感じさせないくらいに先生は皆さんを育てるつもりです。今はつまらないかもしれないし、本当にこれで上手くなるのかって不安になるかもしれない。でも、絶対に上手くなる。上手くならない人なんていない。」
冷静を保ちながらも熱い話を繰り広げる雨宮先生の姿に一緒に釣られて闘争心を燃やす1年生は多かった。もちろん、不安になったり、疑心暗鬼になったりする人だっていた。それでもどこかみんなのなかで“上手くなりたい”という気持ちは芽生えつつあった。
理子は確かに今の練習で先輩達のようになれるのかと不安にはなったが、上手くなりたいという気持ちは芽生えなかった。とにかくみんなに置いて行かれないように練習をする。それだけを念頭に置いていた。
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