第7話 開幕ファンファーレ

 翌日も同じような練習が繰り広げられた。


 理子も教えられた通りに楽器を組み立てて、あかね先輩に着いていき昨日と同じような練習を始める。相変わらずで音は鳴らず、周りはどんどんコツを掴み始めている。


「アンブシュアは悪くないし、調子で頑張ってみて。またあとで見るね。」


 あかね先輩は90度向きを変えて、自分の練習を始めた。1年生を指導しているからと言って、自分の練習を止めるわけにはいかない。

 理子からちらっと見える楽譜は真っ黒で、パッと見だけでは何が書いてあるのか、何の楽譜なのかわからない。ただ、アリの行列のような連符が並ぶ。

 あかね先輩はそんな楽譜を開きつつも基礎練習を始めた。理子はそれを聞きながら、1年後自分もあんな風になっているのか、と想像してみたがあまりパッと思い浮かばない。


 あかね先輩は練習に区切りが付いたタイミングで、メトロノームを止めて理子の指導に戻る。

「他のリードも持って来てる?」

「はい。」

「ちょっと変えてみようか。」

 そう言われて、理子は不慣れながらにリードを変え、同じ練習をすると、初めての音が出た。ちゃんとリードが振動して出る音。間違いない。


 あかね先輩はそれを聞いて、

「リード重かったのかなぁ。」と呟いた。その言葉に理子は理解が追いつかないでいると、あかね先輩は小さな箱を手に取って、

「一応、ここにこうやって数字が書いてあって。」とあかね先輩が指差したところには“3 ,1/2”と書かれている。

「これは3半っていうリードで、この数字が大きくなっていくとリードが厚くなる、小さいと薄くなる。」

 そう言って箱を開けて中身を理子に見せた。なかは理子が持っているようなリードが10枚入っている。

「こんな感じ1箱に10枚入ってて、同じ数字のものでも1枚ずつ微妙に違うの。たぶん、さっき使ってたリードより、今使ってるリードの方が同じ数字でも薄かったのかもね。薄いってことは振動しやすいってことだから、同じ息量でも音は出しやすい。」

 あかね先輩のその説明と、理子の体感でリード独特の表現を少しだけ理解した。

 そこからも続く練習は同じことの繰り返しで、何の練習をしているのか疑いたくなる。これが本当に曲を演奏できるまでになるのか、不安すらも覚えてくるほどだった。

「じゃあ、合奏始まるからそろそろ行こっか。」

 練習が始まって1時間ほどが経った頃、あかね先輩は理子にそう言った。

 合奏室には続々と部員達が集まり始めていて、理子は楽器を部室に置いて合奏室に向かった。部屋のなかはパイプ椅子が人数分ずらりと並べられ、その合間を縫うように歩いて行く。

「理子ちゃんはここ座って。」

 とあかね先輩の左隣の席を指し、理子はそこに座った。横であかね先輩は音出しを始めていて、他の先輩も同じように音を出していく。

 楽器を持った2年生や3年生の間に1年生は座り、その音を横で聞いた。

 指揮台には1人の3年生が立ち、「今から基礎合奏始めます」とメトロノームのテンポを刻み始めると、あれだけ鳴っていた音は一気に静まり全員がまとまる。

 始まったのは曲ではなく、低い音域から順に同じ音を重ねていくだけのもの。音階で上がっていき、最初の音からちょうど1オクターブ上の音まで行くとその練習は終わる。その頃に雨宮先生は合奏室に入ってきて、既に立っていた部員と入れ替わる。そして一同が立ち上がり、「お願いします!」と挨拶をした。それについて行けない1年生はおどおどしながら合わせる。

「では、宇宙の音楽から。」

「はいッ!」

「えっと、とりあえず最初からで。」

「はいッ!」

 と言うとほとんどの部員は楽器を構えなかった。構えたのは打楽器の数人とホルンのたった1人だけ。雨宮先生はゆっくりと指揮を振ると風が吹き抜けるような音と、そこに少しだけ煌めく金属音。そこに入ってくるホルンのソロ。次第に加わっていく他の管楽器、そしてそこで一発大きな音が鳴る。何かが破裂するような大きな音。

 理子はそっとあかね先輩の楽譜を覗くと、そこにはBIG BANGと書かれている。残念ながら理子の英語力ではそれを咄嗟に理解することはできず、そんなことをしているうちに楽譜は上の音は次々を楽器で演奏されていき、あっという間に次のページに進んでしまう。

 雨宮先生は演奏を止めるように合図をすると音は止まり、

「ビッグバンの1発目はもっと衝撃が欲しいです。ビッグバンってわかってます?宇宙が誕生した爆発ですよ。今のではまだ足りない、それにバラバラ。ちゃんと揃えてください。」

「はいッ!」

「それから木管の連符もあまり揃っていません。まだ表記テンポより遅いですから、このテンポでまずは正確にできるように。」

「はいッ!」


 今まで一度も聞いたことがない曲で、この曲がどれだけ凄くて、どれだけ難しくて、どれだけ壮大なのか全く知らないまま1年生は聞き続けた。

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