第5話 運命的な出会い

 入部2日目は練習場所の紹介と、その他もろもろの説明で終わった。

 そして、入部して3日目。この日が運命を大きく変えた。

 合奏室には部員全員が集まっていた。2年生と3年生は楽器ごとに座り、向かい合う形で1年生が座った。指揮台に立った雨宮先生は一枚の紙を持って、

「それでは今から1年生の楽器を発表します。」

 そう言うと1年生は緊張感が走り、2年生と3年生はどこかワクワクしていた。


 吹奏楽部にとって楽器を決めることは運命の出会いでもある。このまま高校で続けたとしても同じ楽器になる可能性は高いし、そのまま大人になってプロになる人もいる。実際、プロの演奏家で元は吹奏楽部だったという人も多い。そんな瞬間を今、1年生は経験しようとしていた。


 雨宮先生は静かに口を開いて、

「それでは今から言います。楽器を言ったあとに、名前を言います。名前を言われたらその楽器の列に並んでください。」

「はい。」

 綺麗に揃った返事が雨宮先生の耳に届き、1年生は密かに手を組んで祈る人もいた。理子は至って冷静だった。


「まずフルートから。」


 最初に発表されたのは吹奏楽のなかでも高音域の役割を担うフルートパートだった。メロディと装飾音を主に担当し、演奏に華やかさを足す。

 時間が長く感じる。1人ずつ名前が読み上げられ、呼ばれた1年生は移動していき、フルートの先輩が手を挙げて「こっちだよ。」と誘導している。希望者も多いフルート、呼ばれた1年生は第一希望になった嬉しさを噛みしめた表情だった。フルートは3名の名前が呼ばれ「以上3名。」と雨宮先生が言うと、どこかがっかりした表情をした1年生は多かった。この時点で多くの人が第一希望ではなかったということがわかる。理子も自分の名前が呼ばれず、虚無感が生まれた。


 それから木管楽器で一番難しく独特な音色を持つことからソロも多いオーボエには1名、中低音を担うことからベースとしての役割もメロディとしての役割も持つにはファゴット1名の名前が呼ばれたあと、「次にクラリネット。」と桜井先生が言った。


 吹奏楽におけるクラリネットは一番多くの人数が配置されることが多い。それもそのはずで、広い音域を持つクラリネットはメロディ、装飾音、伴奏、ハーモニーなど役割もさまざま。つまり吹奏楽におけるクラリネットは表現力の幅、全体の音色、音の厚みを出すためには必要で、まさにオーケストラで言うヴァイオリンのような存在。そんな楽器を担当する者が続々と決まっていく。

 次々と名前が呼ばれ、「桜庭理子」と名前が読み上げられた。理子は立ち上がり前の人に続いて列に入った。それでも名前を呼ぶ声は止まらず、最後に「山下彩葉」と呼ばれた。彩葉が列に入り、思わず理子と彩葉は目があって微笑みあった。本当は笑いたい気持ちを抑えて。

「以上8名。」

 と最後に人数が言われた。クラリネットには8人もの1年生が配置され、3年生は4人、2年生3人の計7人だったクラリネットは1年生を含めて14人。吹奏楽部のなかで一番人数の多いパートになった。


 それからも続けざまに名前は呼ばれて行く。

 金管と木管の音をよく混ぜ合わせ、メロディやリズムセクションを担当するサックスには3人。明るく華やかな音を持ち合わせ、金管のなかで高音域を担当するトランペットには4人。ハーモニーを作り、金管では唯一のスライドで音と変えるトロンボーンには3人。柔らかく、メロディやメロディとは対比になる旋律のオブリガードなどをよく担当するユーフォニアムには1人。世界で一番難しい金管楽器と呼ばれ、柔らかな音を出すホルンには2人。吹奏楽のなかで最も大きい楽器で最も低いパートを担当し、ベースを支えるチューバには3人。唯一の弦楽器で響きを作り上げるコントラバスには1人。全体のリズムを作りだし、彩りを加える打楽器には3人。合計33人の1年生部員がそれぞれの楽器に割り振られた。


 全員の名前が呼ばれると、1年生が座っていた場所は広くスペースが空いていた。

「これで全員ですね。」


 雨宮先生は持っていた紙をそっと指揮台に置き、

「希望通りになった人も、そうじゃない人もいると思います。それは先輩も同じです。1年前、2年前に1年生の皆さんと同じ気持ちを味わってここにいます。ですが、吹奏楽にとってここにある楽器はどれも重要で、どれもそれぞれの魅力があります。きっと先輩も含めて、吹奏楽部に入ったから初めて知ったという楽器もあるかもしれません。そのくらい音楽の世界は広くて、ここはそんな世界のほんの一部にしか過ぎない。誰かがその楽器を演奏してくれるから、みんなでいいものを作り上げられる。ここでは“自分さえ良ければいい”なんて、自己中心的なことは通じません。それと同時に“誰かがやってくれるから”なんて、他人任せも通じません。では、早速始めましょう。」


 こうして総勢74人の吹奏楽部が始まろうとしていた。

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