第4話 入部理由
ようやく終わった部活初日。理子はどっと疲れが押し寄せていた。荷物をまとめて生徒玄関に向かっていると、後ろから「理子!」と呼び止める声がした。理子が立ち止まって振り返ると、「行こう!」と目の前にはクセのある髪をショートカットにし、分厚いレンズの眼鏡をかけた山下彩葉がいた。
家が近所、保育園から今日まで同じ道を辿ってきた2人。世間的にはこの関係を“幼馴染み”と言うのかも知れないが、2人にとってそれは特別なものではなく、同じような関係の人はこの中学だけでも何十人もいたなかのたった1人という感覚。それでも、
「理子も吹奏楽部入ったんだ。」
「彩葉も結局吹奏楽部にしたんだ。」
「入ろうって思ったんだけどね。もともと吹奏楽部も迷ってたし。それにしても同じ部活なんて偶然。家も近所、保育園も一緒、小学校も同じ、同じ中学校、同じ部活。これで同じ楽器だったら笑えるよね。」
「そこまで来たらもう運命だね。」
「それで?理子は何の楽器希望?」
「私はフルートにした。」
「うわ、めっちゃ理子っぽい。私はサックス。でも周り話聞いてる感じ、フルートとサックスかなり人気っぽい。あとトランペットも。この3つのどれかが第一希望って人結構多かった。」
「一葉ちゃ・・・先輩は何の楽器希望だったの?」
「なんか理子がお姉ちゃんのこと先輩って言うのちょっと違和感あるなぁ。」
「でも、先輩は先輩だから。えっと、オーボエだっけ?」
「うん。希望ではなかったらしけど、今は気に入ってるって。」
少し前を歩く彩葉の背中に理子は疑問をぶつけた。
「彩葉はさ、なんで吹奏楽部入ったの?」
「ん?そうだなぁ。お姉ちゃんに憧れたから?結構ありきたりな理由だけど。」
と照れ笑いを浮かべながら彩葉は言った。理子はそれを羨望の眼差しで見ることしかできなかった。
理子は帰宅すると制服のままベッドにダイブした。そして、頭のなかで聞こえてくる過去の会話。
「俺は許さんからな。」
厳正な態度で理子の父は言った。
「でも、友達は誰も入らないっぽいし。それに他に入りたい部活あるし。」
「だからなんだ?友達がいないとお前は何にもできんのか!他の部活って、どうせ楽したいからって理由でその部活に入りたいんだろ?」
「ち、違う!」
すると大きなため息を吐いて、ソファに座り込み目の前に置かれた入部届を書き始めた。
「お前はもっと厳しい世界を知らんとダメだ。」
と理子に入部届を手渡した。そこには入部する部活の欄には“吹奏楽部”と書かれ、その下の生徒名と保護者名も埋められていた。
「なんで勝手に書いちゃうかな。」
「それに前々から言っていたはずだ。運動部に入らないなら吹奏楽部に入れって。」
「そもそもスポーツなんてやってこなかったのに運動部なんて・・・。」
「だったたら吹奏楽部でいいじゃないか。ほとんど初心者だろ?同じタイミングで始めるんだ。若いうちの苦労は買ってでもしろ。しごかれてきなさい。」
理子は既に記入された入部届を眺めることしかできなかった。その入部届はクラスごとに朝のホームルームで回収された。
まあ、なんとかなるだろう。
そんな思いは部活に行くとすぐに消えた。周りは目輝かせていて、胸をときめかせていた。何より憧れに近づいたその姿は何より眩しくて、理子だけが取り残されているようなそんな感じがした。
「はぁ。」
大きなため息はすぐに空気と化していった。そして吹奏楽部に対する気持ちはなくなっていく。それもそのはずで、理子にとっては避けたい場所だった。
小学校の授業中、先生は「わかる人!」と聞く。周りは元気よく手を挙げるが理子は絶対に挙げない。係決めや委員会決めでなりたいものが被ると「じゃあ、どうぞ。」と争いたくなくて譲った。みんなの前で作文を発表するときは足はガクガク、声も小さくなり、緊張を止められない。何より人前に出ることは苦手。目立つことも苦手。争いごとも苦手。でも、吹奏楽部は人前で演奏することが活動の主軸。人前に出るということは目立つし、嫌でも注目される。そして雨宮先生の言った「争いごとが嫌いな人」というのも当てはまる。理子にとって苦手なものばかりが集結した場所。
理子は心に誓いつつベッドから起き上がった。
1年やってみて、ダメだったらやめよう。
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