第2話 バルディアメリア


「あ、あ、マイクテス、マイクテスOK?」


リリスの声が脳裏に直接響く。


「聞こえてるよ。というかお前は来ないんだな」

「私は事情があってちょっとね。それより、改めて今回のミッションを説明するね。基本的にはさっき説明した通り、災害となる少年、ジンの排除。期間は3日以内。目標達成したら後は自由。で、ポイントなんだけど、殺す瞬間は他の人に見られないようにしてね。その人までやらないといけなくなるから」


俺は左手で持っていたナイフを仕舞う。

すうっと息を吸い込む。空気が透き通っていて美味い。


「ここから10キロ東に町があるから、そこに向かって」

「わかった」


急に空が暗くなってきた。


「うお…」


空を覆い尽くさんとする竜が優雅に飛んでいた。何十何千と数えるだけで億劫になるほど。ただ一度だけ羽を動かしただけなのに、暴風が木々を薙ぎ倒す。

獣道を進んで行くと街が見えてきた。


「ギギッ!」


俺の前に大きな棍棒を持ち角の生えた緑の肌の男たちが現れた。創作物で見たことがあった。確か……。


「ゴブリン……」

「ギギギッ、ギギ」


言葉が通じているのかよくわからない。ただ、敵であるのは本能で感じ取った。


「殺していいんだな?」

「あんまり推奨しないけど。いいよ、正当防衛だ」


ナイフを引き抜く。


「まあ、丁度いい。君に与えた加護のお試しとしよう」


俺の右手に刻まれた緋色の刻印。リリスが、その名を告げる。


「破壌無月」


緋色の刻印が腕を上り、全身へと広がっていく。


「ギギギギギギ!!」


ゴブリンが棍棒を振りかざす。空気を切り裂き、地面を抉る。間一髪で死を躱す。しゃがんだ体制になった瞬間、隣に迫っていたゴブリンが棍棒を振り上げる。微かに髪が切り裂かれた。


「ぐっ」


バックステップで間合いを図る。距離10メートル。数10体。互いの距離は3メートルほど。1体ずつ殺る。


「はあ!」


人ならざる速度で間合いを詰める。身体が軽い。ナイフを振りかざしゴブリンの腕を斬る。


「ギギギ………!!ギャギャガガガガガァ!」


悲鳴が鼓膜を刺激する。ゴブリンが朱くなった腕を見る。絶対的な隙を逃さず、俺は心臓にナイフを突き刺した。返り血で頬が朱く染まる。

他のゴブリンが距離を詰め合う。姿勢を低くしダッシュの準備をする。

俺はナイフをゴブリンに目掛けて思いっきり投げた。


「!」


ゴブリンがナイフを弾く。金属と木の音が響く。一瞬、ゴブリンは俺の姿を見れなかった。

ナイフを弾く刹那で至近距離まで間合いを詰めた。敵が反応するよりも早く、右腕を振り上げ、最速で心臓目掛け突き刺した。

屍から武器を奪う。意外に軽く、振りやすい。俺は自身の加護を、神の意思を告げる。


「破壌無月」


握っていた棍棒が緋色に染まる。

『破壌無月』それは、リリスにより与えられた加護。自身の身体能力を一時的に強化する。単純な能力だが、俺にとっては扱いやすい。

ゴブリンが一歩、後退りをした。1匹たりとも逃す気はない。


「ギギギャアアアア!!」


ゴブリンが棍棒を振りかざす。


「はあ!!」


俺は振りかざされる棍棒よりも速く、武器を持っている腕を捥いだ。

刹那、ゴブリンがふらつく。俺は棍棒を思いっきり振り下ろした。首と身体が引っ付いてしまった。絶命したのを確認し、俺は後ろに後退し、ナイフを回収した。


「はあ……」


幾ら何でも数が多すぎる。少しずつ息が荒くなってくるのが分かった。


「10時の方向から巨大な気配が迫ってきてる!」

「なに?」


リリスに言われた通り北西の方を振り向く。

巨大な台風が、こちらに向かっていた。

実際に空気が歪み、全てを薙ぎ払う。

風が強い。腕を組み、頭を守る。一瞬の出来事だった。それだけで、半分のゴブリンが薙ぎ払われた。風に飛ばされたもの、強風によって身体に穴が空いたもの。

最低でも100キロの距離はあった。けれど、俺が目を離した一瞬でそれは、俺の目の前に現れた。

強風により、今にも飛ばされそうだ。


「我の領地で争いを起こすか、人間」


風に包まれたソレは、不機嫌そうに俺に問う。


「風神、シャード……。なんで……この世界にいるの?」


独り言の様にぶつぶつとリリスが呟く。

俺はただ動けないでいた。


「誰だ、お前」


ようやく、言葉を紡ぐことができた。


「ただの人間に答える義理なぞ無い。我の問いに答えよ。貴様、何をしに来た?」


声だけでもわかる。次元が違う。

暴風の中、ソレが明らかに不機嫌になったのが分かった。


「それこそ、俺だって答える必要がないな」


一回死んだ俺にとって死なんて怖くなかった。ただ、ソレの絶対性が怖かった。完璧が怖かった。

暴風の中でソレは眉間に皺を寄せる。


「不敬者が。我に対して意を唱えるだと?ふざけるな、人間」


台風が段々と小さくなっていく。いや、より強力になっている。圧縮というべきか。

ソレは台風の中から腕を出す。


「死ね」


短く、冷酷に、死を告げる。

最早、ナイフを構える余地なぞなかった。

緋色が右手に収束する。


「|渇望せよ、其は善を制する者。其は悪を踏破する者。喰らい尽くすがいい《バルグ・ヴェルスタ》」


風が一点へと集まって行く。ガードの構えを取る。ソレは右手を引く。風が掌に収束する。

ソレはゆっくりと右手を前に出した。

強烈な風の流れに呑まれる。


「ぐっ……」


全ての力を使い、なんとか地面に身体を固定する。


「な……に……?!」


地面ごと風はソレを抉り取った。

風が俺を包み込む。


「があああああ」


全身が風の刃に切り裂かれる。

俺は抵抗すらできずにいた。

出血と痛みで身体が動かない。

皮を抉り取り、腕を脚を首を骨を切り裂く。


「し……ぬ……」


視界がガラスの様に砕け散る。

意識が沈んでゆく。身体はどこまでも高く飛んで行く。


「くそ……が……」


2度目の死。なんとなくではあったが感じ取ってしまった。

俺の意識はそこで途絶えた。

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