第2話 「スタンド・バイ・ミー」①

バスの一番後ろの席で、予備隊の制服を着ているピノは焦っていた。


“どうしよう。今日は入隊式一時間前には到着できるように、朝早く家を出た。そこまでは良かったのに、なんで降りる駅間違えちゃうかなぁ”


 ピノは時間をしっかり守るタイプで、普段から集合場所には、時間間に合うようにかなり早めに、家を出る。


 しかし、普段にない緊張をしているせいか、降りる駅を間違えてしまった。急いで別の電車に乗り、Uターンしたものの、かなりギリギリの時間になってしまった。


 駅から入隊式が行われる場所までは、定期バスがあり、なんとかピノは入隊式に間に合う便に乗ることができた。


“こんな調子じゃ先が思いやれれるなぁ。しっかりしろ、僕。新しい自分になるためにここに来たんだろ。とりあえず、落ち込まないように前を見よう”


 特に意味はないのだが、ピノは顔を上げて前方を見つめた。よく見ると、自分以外に予備隊の制服を着ている三人の若い男女が乗っている。


 一人の男は、ただバスの外の景色を眺めていた。整った顔、スラっと伸びた手足、身長も高そうで、雑誌のモデルでもやっているのではないかと思うくらいのイケメンだった。座っている彼の横に布に包まれた棒のようなものがあった。


 もう一人の男は、少し冴えない感じだった。入隊式のスケジュール表を見ながら、ぶつぶつと何かを呟いている。見た目は平凡で、どこにでもいそうな青年という印象だ。直感ではあったが、ピノは彼とは話したら仲良くなれるのではないかと思った。


 最後の一人は女の子だった。他の二人に比べると少し若く見える。十代後半くらいだろうか。女性にしては身長が高いが、顔にまだ幼さが残っている。イヤホンで音楽を聞いているのか、鼻歌を歌っている。


 バスがガタガタ揺れ始めた。次第にバスの速度が落ちていく。ピノは嫌な予感がしたが、その予感は直ぐに的中した。


「すみません。バスが故障したみたいでして、今バスの状況確認致しますので、少々お待ちください」


 バスの運転手が申し訳なさそうに言った。


「マジですか!ヤバい。このままだと入隊式に間に合わないぞ。初日から遅刻は非常にマズい……」


 冴えなそうな青年が声を上げた。


 「でかい声を出すな。鬱陶しい。運転手さんどれくらいに出発できそうですか? 」


 もう一人の青年が運転手に尋ねた。


「どうでしょう。このバス結構古いものなので、もし修理をするとなると二~三時間は掛かるかなぁ。それより次のバスが通るまで待つ方が早いかと。」

「次のバスはどれくらい来ますか? 」

「うーん。入隊式のために本数は普段より増やしているのですが、間に合うのはこのバスが最後でして、次のバスがここを通るのは四十分程後になるかと思います。」

「それじゃあ入隊式に間に合わないじゃんか! 遅刻確定じゃん。初日から遅刻は不味いって!」


 冴えない青年が、冴えない声で愚痴をこぼした。


 騒がしい様子に気づいたのか、イヤホンをしていた少女が立ち上がって、会話をしていた三人に近づいた。


「あの、どうしたんですか?バス止まっちゃってますけど」

「実はバスが故障してしまいまして……」

「えっ、それじゃあ、このまま動かないってこと。遅刻確定じゃん!煩わしいの嫌だから、人の少なそうな最終便に乗ったのに、あー初日からついてない」


 少女が屈んで悩み始めた。ピノは少しオーバーなリアクション取った彼女を見て、学生の頃の自分を思い出した。高校生の頃、一人でいることが多かったから、人ごみを避けるように登校していた。ピノの場合は人のいない朝早くに登校するタイプだったけど、遅くいくのもアリだったなと心の中で思った。


“そんなこと考えている場合じゃない。このままだと僕も遅刻する。あれ、あそこにあるのって…”


 ピノが何かを見つけた。


「運転手さん。あそこにある建物はなんですか?」

「あれは、廃線になった駅だよ。昔は予備隊関係の人が通勤に使っていたなぁ」

「じゃあ、あそこにある線路を進んで行けば、今日の入隊式の会場まで行けたりします?」

「行けると思いますよ。バスは大回りで予備隊駐屯地に向かう経路ですけど、あの廃線は真っ直ぐ予備隊駐屯地前の駅に伸びているので、徒歩なら二十分くらいで着くかと」


 冴えない青年と高校生くらいの少女がその話を聞いて目を輝かせた。


「徒歩で二十分なら、入隊式に間に合うじゃん!」

「良かった。走ったらもっと早くつける。初日から遅刻は絶対イヤだし」


 二人は勢いよくバスを降りて、廃線になった駅のホームに向かった。


「運転手さん。ここまでありがとうございます。俺もここで降ります」


 青年もバスを降りた。ピノも青年に続いてバスを降りた。降りて直ぐに、ピノは振り返った。


「あの、運転手さん。駅のことを教えて頂いて、ありがとうございます。お名前伺っても宜しいですか?」


 少し運転手がキョトンとしたが、直ぐに答えた。


「佐藤です」

「佐藤さんですね。じゃあ僕も行きますので、それじゃあ失礼します」


 運転手はピノの振る舞いを見て、礼儀正しい少年だなと感心した。


 廃線の駅にピノが付いた時、二人の男女があたふたしていた。


「あのさ。勢いよく飛び出してきておいて、あれなんだけど。この線路、右と左どっちに行けばいい?」


 冴えない男がピノに聞いてきた。


「右だろ」

「なんでお前が分かんだよ」

「駅名標があるだろ。錆びれて見づらいけど、右側に澁谷駐屯地前って書いてある」

「あ、ホントだ」

「周り見て行動しろよ。あと、動く前にちゃんと頭で考えてから動け」

「先生みたいなこと言うんじぇねぇよ。いや、確かにその通りだけどよ。それに俺はそっちの礼儀正しそうな少年に聞いたんだよ。お前には聞いてねぇ」


 少年とは自分のことを指しているのだろうなぁとピノは思った。


「でも、こんな時にあれだけど、やっぱり東京って田舎よね。周りなんにもない」


 女の子がそう言った。確かに周りには都会にあるような高層ビルは一つもない。コンビニやスーパーといった類いの店もない。


「あ、でももう少し向こう側に行くと最近できた工業団地があるよ。確かホタカ重工のものだったかな。最新のロボット製造工場だから、きっとおもしろいものが沢山あると思うよ」


 指をさしてピノが喋った。おそらくそう思うのはピノがロボット好きだからであって、大抵の人間には興味がないものだろう。


「へぇ。そうなんだ。キミ、この辺り詳しいの?」

「子供の頃によくこの辺りのロボットの工場見学してたから、ちょっとは詳しいかな。ここら辺は、“ほたるの日”以降、環境汚染で一度は草木も生えない土地になったけど、今は大分元に戻ってる、復興もかなり進んでるよ。」

「極東の奇跡だっけ? 汚染された土地を回復させる……。えーっと、なんだっけ? あのミジンコみたいな小さなロボット。」

「……もしかしてマイクロマシンのこと?」

「そうそれ!中学校の頃、授業で習ったなぁ。」


 ミジンコという表現に驚いたピノだったが、昔教科書で見たマイクロマシンは確かにそんな見た目だったことを思い出した。何故か彼女を見ていると学生時代を思い出す。十代の若さのある言動がどうにもとまらない懐かしさを感じさせる。


「それよりも早く、ここから移動しようぜ!このままだとマジで遅刻しちまうよ」

「それには俺も賛成だ。さすがにのんびりしすぎた」

「じゃあさ、ここから走って競争しない?あたし体力には自信あるよ」

「二十歳超えて、遅刻しそうだからって走るのもみっともないが、仕方ないか。行くぞ。」

「なに偉そうに仕切ってんだよ。おい!ちょっと待ってくれよ。置いてくなって! 」




―モノガタリでみんながまっている!―

―さんにんが、せんろのうえをはしっている……。―

―ぼくももういかなきゃ!―




 ピノも三人を追うように走りはじめた。

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