第1話 「今日が面接日」⑤

「あー、どうしよう。このままじゃニートだよなぁ」


 ピノは実家のベットでゴロゴロしていた。


 あの事故からそろそろ一か月が経つ。事故の直後は予備隊の事情聴取を受けたが、その後は、どこからか事故の話を嗅ぎ付けたマスコミからのインタビュー攻めの毎日だった。ピノの活躍は世間からかなりの注目を浴び、ネットやニュースで大きく取り上げられた。


 とある人物がピノの姿を見て、彼のことを町と子供を救った正義のパペット・ヒーローとSNSで呟いた。彼の見た目とパペット・ヒーローという名前が妙にマッチしていると話題となり、瞬く間にこの呼び方が広まっていった。


 最初の内はピノもヒーロー扱いされたことを心地よく思っていたが、それはすぐに煩わしさに変った。連日連夜の取材や野次馬が自分のところに押しかけてくるせいで、実家にいるとき以外は、プライベートなんてないに等しい状態だった。


 マスコミは彼の両親にもインテビューを求めてきた。なんとか対応をしてきた両親だったが、ここ最近は明らかに顔がやつれ、疲れていること分かった。そんな両親を見るとピノは申し訳のない気持ちになった。


 そんな状況のせいで、彼の就職活動は遅々として進んでいなかった。


「今月は全然就活できてないなぁ。貯蓄はまだあるけど、そろそろ実家にいるのも気まづくなってきたし、やっぱり諦めるしかないかぁ」


 ピノは自分の携帯のメールを見た。いざというときの為に、自分のキャリアを活かして転職できるように、転職エージェントのサイトに登録はしていた。事故の件もあってか、毎日の何百通の会社紹介のメールがピノのメールボックスに届いていた。


「前の会社に戻ることもできるけど、気まずいよなぁ。カムバック制度があるし、一昨日だって、元会社の上司から戻ってこないかって、電話があったから、無理ではないだろうけど…」


 ピノは大きくため息をついた。


「なんか。情けないよなぁ…」


 人生最後のチャレンジをした。もうすぐ三十代になる。もう自分だけの為に生きていけるほど若くない。生きていくには働いて、お金を稼ぐ必要がある。


 ピノはスーパーロボットのパイロットになるために百社以上の企業を受けている。最初の内はロボット開発に関わっていたということもあり、十社程度受かるだろうと思っていた。


 しかし、現実はそう甘くない。ロボットを開発することと、操縦することは別物だった。特にピノには身体面で大きなハンディキャップがある。書類審査の段階で落とされることがほとんどで、仮に面接に漕ぎ付けたとしても、面接官が彼の体を見た瞬間、怪訝な顔をする。


“もう大人なんだから、いい加減、現実見たらどうかね。キミより若くて、健康な体を持った人間がここの面接会場には沢山いる。キミの体でパイロットは無理だよ”


 とある企業の面接でそう言われた。健康な体という言葉が酷くピノの心に突き刺ささった。普通の人にとって健康な体という表現はそこまで、大きな意味を持たないことが多いだろう。


 しかし、五体不満足な彼にとってその言葉は大きな障害となっていた。


 ジムニーができるまで、ピノはどこに行くにも人の手を借りなければなかった。


 お風呂もトイレも一人ではできない。そのせいで、友達から馬鹿にされることが沢山あった。小学生になり、祖父がジムニーを作ってくれて、一人で歩けるようになった時は今までにないくらいの感動を覚えたが、世間の目は冷ややかだった。


 当時のジムニーは、あからさまに機械感の強いデザインで、子供から見るとかなり不気味に見えた。そのせいか、周りからも嫌煙されがちで、独りぼっちになることが多かった。子供の両親からも子供が怖がるから、学校には来ないで欲しいと連絡がきたことがあった。


 就職活動の時も、彼の体を見て、就職を断る企業は多かった。自分は普通の人と変わらない。ちゃんと仕事ができるとアピールしても、それが伝わることは稀だった。身体障碍者として就職活動をすることもあったが、配慮はあっても、できる仕事は限定されてしまう。


 彼の二十八年間の人生の中で、健康でない体は大きな壁となった。なにをするにしても、言いようのない閉塞感があった。


 それでも彼が、生きていくことをあきらめなかったのは、周りの人の支えがあったからだろう。家族に祖父母、学校の先生や大学の教授、自分の体について偏見を持たない知人・友人、そして幼馴染の親友。多くの人が彼の心の支えになっていた。


 トゥルルル。突然、家庭用ポーターに接続されているピノのスマホが鳴り始めた。平日の午後四時に誰が何の用で連絡してきたのだろうと思いながら、彼は携帯の通話機能をオンにした。


「よぉ、久しぶり。あれから一か月経つけど調子はどうよ。パペットヒーロー」


 聞き慣れた声だった。電話の相手は幼馴染で親友のキオからだった。


「久しぶりキオちゃん。前に連絡してからもう一か月経つのかな。というかその名前で僕を呼ぶってことは…」


 少し気恥しそうにピノが喋った。


「ネットのニュースで見たんだよ。こっちでは最近話題になり始めてさ。取引先に動画見せながら、こいつは俺の友達ですっていうとウケがいいんだよ。それで商談がひとつまとまったしな」


 海外だと日本ニュースが二週間くらい遅れて伝わる。そのことをピノは思い出した。


「インドだっけ、今の赴任先?」

「ハズレ。インドネシアだよ。赤道直下の国だから年がら年中暑いし、雨が凄いんだわ。雨降る度に川が洪水すんだよ。日本のパラパラ降る雨が懐かしいよ」

「こっちはもうすぐ春だよ。海外での生活はどう? もう慣れた?」

「全然、最近は一年半の間隔で別の国に転勤させられるんだわ。慣れたと思った直ぐに別の国に飛ばされる。昔はもうちょい転勤の間隔長かったんだけどなぁ。商社マンになんてなるんじゃなかったよ、全く」

「でも、すごいよ。世界に名だたる無国籍大企業のフィグ・オブ・ウィスダムで働いているんでしょ? 」

「あぁ…まぁね、一応は。おしゃぶりからロケットまでなんでも売りますよ、うちの会社は。俺はどっちも売ったことないけどね。嘘は言わないけど、ホントのことも言わない、毎日毎日セコイ仕事してるよ」


 少し寂しそうな声で、キオが話した。それだけ、仕事の中で感じているなにかがあるのだろう。自分の今の仕事にあまり乗り気はしていないらしい。


「ところでさ。最近、就活の方はどうよ。仕事は決まりそうな感じ? 」


 その言葉にピノはチクリときた。ここ最近、事故の件もあって、疲れていたせいか、まともな就職活動ができていない。それ以前に行っていたエントリーシートや面接の結果は戻ってきていたが、どれも不採用の連絡ばかりだった。


 事故の日に行った、警察予備隊の人事部からも連絡は来ていない。もう一か月経つ。転職活動でこれだけの期間連絡がなければ、ほとんど不採用だと考えていい。


「実はさ。まだ決まってなくて…。でも、前の会社のカムバック制度があるから、それを使って…」


わぉーん。玄関の方から犬の鳴き声がした。日野家の愛犬が吠えたのだろう。


「こら、デイズその封筒返しなさい!ああ、ちょっとデイズ。待ちなさい!」


 ピノの母親が叫んだ。どうやら愛犬がピノ部屋に向かったらしい。そのまま足音を鳴らして、ピノの部屋まで、走っていった。


「デイズ、相変わらず、元気そうだな」

「そうだね。もう十三歳になる老犬だけど、いまだに元気いっぱいだよ」


 部屋の扉をガリガリと前足で叩く音が聞こえた。デイズが部屋の前に立っているのが分かった。


「しょうがないな。キオちゃん、ちょっと待ってて」


 そう言うとピノはベットを離れて、部屋のドアを開けた。


 ドアを開けた途端、デイズが勢いよくピノ体に覆いかぶさった。デイズは老いているとは言え、大型の犬のゴールデンレトリーバーだ。ピノはその勢いに押されて、尻もちをついてしまった。


「もう、やめてよデイズ。びっくりするだろ」


 ピノは笑いながら、デイズを撫でた。よく見るとデイズは封筒を口に咥えていた。尻尾を振りながら、デイズはピノを見つめていた。


「これを僕に届けに来てくれたの?ありがとうデイズ」


 ピノはゆっくりと封筒をデイズの口から取った。しかし、封筒の送り主を見て、目が点になった。


「うわわ。どうしようキオちゃん!警察予備隊から封筒が来た!」

「まじか! 中身は? なにが入っている?」

「まだ、開けてないけど、ちょっと待って。ハサミで直ぐに開けるから」


 心臓がバクバク鳴っているのをピノは感じた。体中の血管が開いて、手が震えてしまう。それでもハサミを使ってなんとか、封筒を切り、中から紙を取り出した。それを見て、ピノは固まってしまった。


「おい。ピノどうしたよ? さっきから何も聞こえないんだけど…」


 キオが恐る恐る言った。


「受かってる……」

「えっ! なんだって?」

「これ採用通知書だ!僕、予備隊の面接受かってる!しかも、事務職とか整備士とかじゃない、警邏特機のパイロットに候補に選ばれてる!」


 ピノが大きな声でそういった。


「まじかよ!ホントに受かったのかよ!おいおい。そっちから連絡全然来ないから、てっきり面接落ちたものだと思ってたわ」

「受かってる。受かってるよ、僕。信じられないけど」

「マジか!おめでとう!やりやがったよ、こいつめ。あーあ、せっかく面接落ちてた時の為に、慰めの言葉、必死で考えてたのによう。無駄になったじゃねぇか」


 スマホ越しに聞こえるキオの声は、嬉しさと感動で少し震えていた。まるで、自分のことように喜んでいる。それだけ、親友の吉報を聞けて嬉しかったのだろう。


 デイズもご主人の機嫌を良いと分かったのだろう。いつも以上にニッコリした表情でピノを見つめていた。


「で、ピノ!いつから入隊になるんだ」

「四月になってる。もしかすると、予備隊の入隊式にでるかも。当日の日程表とか付いてる」

「中途採用扱いじゃないのか。そうなると、周り学生だらけの中で入隊するのか。ちょっとアウェイな感じあるかもな」

「大丈夫だよ、キオちゃん。僕だって立派な大人だよ。そんなことくらいでびびったりしないって」

「アハハ。立派な大人は自分のことを立派な大人って言わねぇよ。自惚れんな。まぁでも、ピノ見た目なら、高校生どころか中学生って言っても、バレないかもな」

「キオちゃん。テンション高いとき、たまに鋭い言葉のナイフで人の心刺してくるよね」


 その後も二人の会話はいつになく、盛り上がっていた。気づけば一時間は会話を続けていた。


「やっべ。もうこんな時間だ。そろそろ仕事に戻らないと」

「ごめん。キオちゃん。ついつい夢中で話すぎちゃった」

「いいよ、別に。久しぶりに楽しい気分で話せたし、午後の仕事も、この気分なら余裕で出来そうだわ。じゃあな、ピノ。久しぶりに話ができてよかった。お前なら予備隊に入隊しても上手くやれるよ」

「ありがとうキオちゃん。こっちもすごく楽しい時間だったよ。いつかまた、話そうね」

「ああ、またいつかな!」


 電話はそこで終わり、ピノは封筒の中の書類を見直しながら、入隊式に向けて準備をすすめるのだった。



=フィグ・オブ・ウィスダム インドネシア・ジャカルタ支社 休憩所ポーター前=



「あぁ、またホントこと言えなかったわ。嘘も言っていないんだけどな。確かにおしゃぶりもロケットも売ってねぇよ、オレ」


 その時、男のスマホが鳴った。


「課長、オ疲レサマ」

「お疲れさん、メグ。首尾はどんな感じよ」

「順調。早ケレバ明後日ニハ、葬儀ガ行ワレル。多分、事故死扱イニナルト思ウ」

「あ、そ。じゃあ、引き続きその調子で頼むわ」


 メグと呼ばれる男からの報告を聞いて、すぐに男は電話を切った。


「商談相手の命は売ったけどね」


 ガラスに反射する、男の瞳には綺麗な藍色が写っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る