第1話 「今日が面接日」④

 発射されたピノの右腕は真っすぐラウスDKの背部まで伸びていき、足場ボルトをがっしりと掴んだ。発射された右腕の前腕部とピノ上腕部は金属のワイヤーで繋がっていた。


「つかまえた!あとは一気にワイヤー巻き取る!」


 ワイヤーが巻き取られ、ピノはラウスDKの背部に向かって飛んでいく。


「ジムニー!ダッシュローラーモードチェンジ。吸盤くんセット!」


 ピノの両足の底が強い衝撃と共にロボットの装甲に張り付き、離れていた右の前腕部と上腕部が元に戻った。機械の足に痛みは感じないが、衝撃はピノ背中にまで届いていた。体を安定させてから、足場ボルトに足を掛けて、大きな機械の背中を登っていく。


 激しく揺れる足場でなんとか体を支えながら、ピノはコックピットのハッチまでたどり着いた。そして、ハッチ付近を調べようとした時、背部に付いているスピーカーから声がした。


「誰か助けて!扉が開かなくて、外に出られないの!」


 小さな男の子の声だった。ピノはどうにか自分の声を聞かせられないかと考えていると、近くに接続端子があることに気づいた。右腕からケーブルを伸ばして、接続端子に繋いだ。そして、なるべく優しい声で


「こんにちは。僕の名前は日野良平。ピノでいいよ。君の名前を教えてくれるかな? 」

「タケル。サトウタケルです。ごめんなさい。僕どうしてもロボット博物館に行きたくて、でもママがダメっていうから。でも、今日のこのロボット見つけたから、だから……」


 ピノは昔の自分を思い出した。救ってもらいたい気持ちと悪いことをした気持ちが入り交ざったあの時の感覚が鮮明に蘇る。でも、今は違う。今の自分は救う側にいるのだと自分に強く言い聞かせた。


「安心してね。今助けてあげるから。できるだけ、コックピットの中央にいれくれるかな。できれば、シートベルトしっかりつけて、なるべく体が動かないようにしてね」

「うん。分かった」


 その時だった。足元から大きな音をした。ロボットが民家の壁を壊して、その先の家に突き進もうとしていた。よく見ると家の中には子供とその母親らしき人影がみえる


“まずい。このままじゃ、犠牲者がでる”


 「ジムニー!右腕部、出力最大!」


 咄嗟にピノは大きな声で叫び、彼の右腕がバチバチを輝いた。


 「鮮烈のファーストフィスト!!」


 次の瞬間、振り上げられた拳がコックピットのハッチにぶつかり、強い衝撃と共にピノは後方に投げ出された。ピノは咄嗟に体制を立て直し、八メートルの高さから、綺麗に着地してみせた。


 “ラウスDKには一つ黒い噂がある”


 背中から鮮烈な一撃は食らったロボットはピノの方に振り返り、顔面にあるモノアイを輝かせて、ピノを凝視した。


 “それは、このロボットが元々軍事用に開発されていたということ。普通のロボットは機体になんらかのダメージを受けると自動で止まる。だけど、軍事用のロボットは脅威対象がいる状態では、機能を停止させない。でも、その変わりに”


 鋼鉄の巨体からピノに目掛けて、拳が振り下ろされた。


 “パイロットを守るために、脅威の対象を最優先で排除しようとする! ”


 間一髪のところでピノが拳を避ける。直撃すればまず命はないだろう。ピノはそのままに後方に下がった。


 ラウスDKも後方に下がるピノを追いかける。少しずつ、ロボットは民家から離れていった。よく見ると、歩き方がどこかおかしい。先ほどより動きがふらついているように見える。


 “最初のヴァリアントブリットは効いている。ラウスDKのバランサーが上手く働いていない。法律的にはグレーゾーンなオプションだったけど、まさか役に立つときが来るなんて、正直思わなかった。付けといてよかった!………のか? ”


 心の中で冗談を言うピノだったが、心臓は今にもはち切れそうなくらい鼓動していた。また、巨大な拳がピノを狙ってくる。先ほどは後ろに下がったピノだったが今回は違った。危険を承知で前に出たのだ。


 巨大な拳が当たる直前で体を屈ませて、ギリギリのところで拳を避けた。ピノはそのまま、ラウスDKの足元を潜り抜けた。


 ラウスDKが体を反転させようとした。しかし、バランサーに不具合が起きている状態での急な方向転換にその巨体がグラつき、大きな音を轟かせながら、仰向けに倒れた。


「ジムニーがそろそろ限界に近い。次の一撃で決める!」


 ピノが崩れたラウスDKの足元から、センサーカメラのある頭部まで駆け抜けていく。途中ピノを振り払おうとラウスDKが巨大の腕を振りマウスが、ギリギリのところで避けていく。


「出し惜しみなしだ。さっき以上の出力で叩き込む!」


 ピノ右腕がまた輝きだした。その光は先ほど放った一撃の時も眩い光を出していた。


「必殺のラストフィストおおおぉぉぉ!」


 そう叫ぶと同時に彼の右腕がラウスDKのセンサーカメラを粉々に砕いた。そして、カメラが砕けた瞬間、ラウスDKが動きを止めた。


 “やっと止まった。カメラが壊れた以上、周辺の状況が確認できない。そうなれば脅威対象の排除もその場からの離脱もできない。無理に動いて、かえって危険な状況を作るよりパイロット保護を優先して、機能を停止させるはず。予想が当たっててよかった”


 急に体ががくがく震え始めた。ピノはその場で倒れこんでしまった。過度の緊張とロボットを止める使命感で抑えられた恐怖心が今になって体に駆け巡っていった。しかし、彼はそんな体に再度引き締めた。


「まだだ。僕のやらなくちゃいけないことはまだ終わっていない」

 

 ピノがラウスDKの胸部に向かって行く。そして、ロボットの前側にもハッチがあることを確認する。


 ここ最近、ロボットの関する法律が一部変わり、大型ロボットが転倒した際に直ちに脱出できるように、コックピットのハッチはロボット前後に取り付けるように義務付けられている。


 当然そのことは、ロボット開発に携わっていたピノも知っており、ハッチパネルを弄ってハッチをいとも簡単に開けて見せた。


「もう出ても大丈夫だよ。よく我慢できたね。さぁこっちにおいで」


 小さな子供がゆっくりと今にも泣きそうな顔でロボットの中から出てきた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 子供は泣きながらピノにしがみ付いた。ピノはまだ動く生身の左腕で泣いている子供をそっと抱き寄せた。


 程なくして、警察予備隊の警邏用特機と吟城がピノたちのもとに駆け付けた。倒れているラウスDKを見て、吟城を含めた予備隊員が唖然とした表情を浮かべていた。


「どうなってんだコレ? 」

「頭部のカメラが壊れてる。他の予備隊の警邏特機でも来て、鎮圧したのか?」

「それより、報告書どうするよ。誰が鎮圧したか分からねぇぞ」

「疲れた。家に帰りたい。定時過ぎている」

「警邏特機と運搬車を持ってこい。このデカブツ移動させるぞ」


 驚いているのも束の間、予備隊が各々の作業を始めた。この手のことには慣れているのだろう。多少のイレギュラーがあってもテキパキと動く、予備隊の柔軟な対応力にピノは少し驚いていた。


「いやぁ。お疲れ様。まさか本当に止めるとは思わなかった。間違いなく、君は今日のナンバーワンヒーローだ」


 そう言いながら、吟城がピノに歩み寄ってきた。


「ありがとうございます。でも、かなり無茶をしてしまいました。ジムニーも立ってるのがやっとみたいで、帰ったら修理しないと」


 ピノが機械の右腕をさすった。痛みを感じるはずがない右腕だが、機械に対する労りの気持ちが彼の行動にでている。助けた男の子はピノにしがみ付きながら、急に表れたひょうきんな男を眺めている。


「ところで、今回の事件だけど、どうしてこんなことになったんだ?」


 吟城が警邏特機に運搬車に積まれるラウスDKを見ながら呟いた。


「多分この子が命令を出したのだと思います」

「こんな小さな子供が? 」


 吟城が男の子を近寄りながらまじまじ見た。男の子は怖がって、ピノの後ろに隠れた。


「予備隊の方が来る前に、機体の行動ログを解析していました。どうやらある場所へ向かうように絶対命令が出されていました。機体がギリギリまで停止しなかったのもそれが原因だと思います」


 ロボットの動かし方は大きく三つ、操縦、相対命令、絶対命令とされている。操縦は搭乗者が直接ロボットを動かす。相対命令と絶対命令は搭乗者が指示した命令を元にロボットが周りの状況を把握しながら、自ら判断して行動をする。


もしロボットに相対命令を出されていたのなら、ロボットは人的被害を出すような状況では、自己の判断でその機能を停止させる。


しかし、絶対命令が出されていた場合、ロボットの事故判断機能に制限が入るため、例え何らかの障害、問題が発生してもそれを無視して、受けた命令を実行しようとする。今回は絶対命令が出ていたため、ロボットが自己の判断で機能を停止することができなかった。


「ごめんなさい。ぼくどうしてもロボット博物館に行きたくて…。ロボットに乗ったらピコピコって地図が光ってたから、それでロボット博物館見つけたの。そしたら急にロボットが動いて……」


 男の子はなんとか説明しようとしていたが、うまく言葉にできなかった。まだ五歳の子供、状況を把握するだけで頭がいっぱいになっているのだろう。うつむく小さい少年の横でピノがこれまでの事故の経緯を話し始めた。


「今回の事故は恐らく、この子がラウスDKの操作パネルを弄ったことがきっかけで始まりました。この子は文字がはっきりとは読めないながらも、パネルに表示された地図や言葉を推測しながら、ラウスDKにロボット博物館に行くように命令を出したのでしょう」

「そんなことできるもんなの? こんな小さな子供が」

「最近のロボットの表示パネルは昔と違って直感的に操作できるようになっていますから、できなくはないと思います。それでもかなりの偶然なことだとは思いますけど」


 ピノがワイシャツのポケットから徐に、携帯用の外付け記憶媒体を取り出し、吟城に渡した。


「これは?」

「今回の事件について、携帯のカメラ機能を使って、内容をまとめておきました。データは今渡した外付けメモリーに入っています。現場検証とかに必要かなと思って」

「こりゃ助かるよ。こういう事故、日本じゃ滅多にないから、それにしても真面目だね。デカブツ止めた後に記録取ったの、コレ?」

「はい。以前の仕事柄、記録を取るクセが付いていて、こういう記録あると事後処理が結構楽になるんですよね」

「やりっぱなしで投げない。案外大人っぽいんだね。キミは」


 ピノは少し困りながらも、強い気持ちを持って笑顔でこう答えた。


「ぼくはもう大人ですよ」


 吟城が一瞬素っ頓狂な顔になったが、改めて彼の年齢を思い出した。


「すまない。もう二十八歳だったな。立派なアラサー男子だ」

「そう、僕はアラサー男子ですよ」

「でも、こんな事故があった後に、事後処理のこともしっかり考えてる。そこまで、責任もって動く大人もそうはいませんよ。立派ですよ、あなたは」


 吟城が敬意を込めて、ピノに敬語を使った。ちょっとピノは照れ臭そうにした。


「あ、そうだ。忘れてた。吟城さんちょっと待ってもらってもいいですか」


 そう言うと、ピノは後ろに隠れていた少年の顔高さと同じくらいの位置に自分の顔が来るようにしゃがんで、少年の頭を撫でながら、


「今日は諦めないで、よく頑張ったね。それは誇って良いことだよ。だけど、二度とこんなことしちゃいけないよ。周りの人にいっぱい迷惑をかけちゃったからね」


 吟城はそれを見て昔のことを思い出した。そういえば、あの時の自分はカッコイイセリフを言って、事後処理を他人に任せて、大量の始末書を書かされたことがあったと。


「バツとして今日迷惑を掛けて人たち全員に謝罪すること。そして、涙が出るまで目一杯𠮟られてくること!それが終わったら原稿用紙十枚分の反省文を書く。以上!」


 吟城は若い自分にバカ野郎と心の中で言いながら、恥ずかしさを隠すために顔を上にあげながら、手で目を覆い隠した。


「それじゃあ、僕はこれから吟城さんに事情聴取をしてもらうから、キミは他の予備隊の人に……」


 全ての言葉を言い終わる前に、ピノがゆっくりとうつ伏せに倒れた。


「日野くん大丈夫か!?おい、誰か救急者を呼べ!大至急だ!」

「お兄ちゃん大丈夫?」


 意識が遠のく中、ピノは自分を心配する声を聞きながら、こう思った。人助けは思った以上に大変なことなのだと。でも、不思議と今までにはない満足感を感じていた。

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