第1話 「今日が面接日」③

 大型の作業用ロボットがバスの近くを横切っていく。頭頂高は八メートルくらいだろうか、見た目はゴリラに似ていて、ロボットの両腕部は胴体や足と比較するとかなり大きい印象がある。

 

「運転手さん! バスの扉開けて、状況確認するから。ちなみに俺は警察予備隊の人間だから。これ予備隊の手帳ね」


 吟城が警察予備隊の手帳を見せて、バスを降りた。ピノも現状を確認する為に、バスを降りて辺りを見回した。自分も何か手伝えることはないかと考えて上での行動だった。


 周りには自分が乗っていたバスが通っていた道路以外建築物はなく、西の方角に建設途中の高速道路の工事現場が見えた。


「頼む! 誰かあのロボットを止めてくれ!」


工事現場の方から一人の中年の作業服の男が走ってきた。吟城が予備隊手帳を持ちながら作業員のように駆け寄った


「予備隊の吟城です。失礼ですが、あのロボットがお宅のもの? 今に至るまでの状況を教えて頂けますか? 」

「はい。あれはうちが所有している作業ロボットです。どうして暴走しているのかは分かりません。ロボットは待機状態で現場に置いていたのですが……。先ほど急に動き出して、まっすぐあっちの方向に進んでいまして……」


 作業員が指さした方向には数キロ先に民家がある。このまま進めばいくつかの民家が被害にあうだろう。


「警察か予備隊にはもう連絡しましたか? 」

「それがまだできていません。携帯電話は今持っているのですが、近場に有線接続できるポーターがなくて……。このあたりは開発途中の地域でして、その手の設備が少ないんです。別の作業員にポーターまで車で移動して予備隊を呼ぶように指示しましたが、まだ手持ちの社用のトランシーバーにその指示ができたかの連絡が来ていなくて」


 ポーターとは携帯電話など端末を電話回線もしくはインターネット回線に繋ぐ為の基地局設備のことである。ここに有線で接続できなければ、無線機能の付いていない現代の携帯電話は外部と繋がることができず、ポーターに繋いでいない状態の携帯電話はただの音楽プレイヤーくらいにしかならない。


「まずいな。今から呼んでも警邏けいら用特機がここに来るまで二十分は掛かっちまう。その間にロボットが向こうにある町にどれだけの被害が出しちまうかも分からねぇ」


 吟城がロボットの方を見ながら言った。


「こうなったらこのバス借りてあのロボットに体当たりでもするかぁ。時間稼ぎくらいはできるだろ」


 とんでもないことを言う吟城だが、本気でそれを実行しそうな目をしていた。一方でその言葉を聞いた途端バスの運転手が青ざめた。


「やめて下さい! このバスは俺と共にこの地域を走ってきた、勤続二十年のバスなんです。古いバスですが、地域の皆さんに愛されてここまでやってきました。後生ですから、体当たりはご勘弁を! 」


 バスの運転手が涙ながらに吟城の足にしがみ付いて懇願した。


「非常事態です。人命が掛かっています。バスが壊れたらうちで修理代出しますから。なんなら新しいバスをうちの経費で購入してもいい」

「いやだ! 道子は俺の大切な嫁なんだ。モテない独身の俺をここまで支えてくれた賭け外のない女性なんだ! 」

「いや、これバスだから、女性じゃないから。運転手さんにだって、いつか他にいい女性見つかるから」

「そんなの無理だ。五年前、好きだった女に一世一代のプロポーズしたら、顔が物理的に無理って言われたんだ。物理的に無理ってなんだよ。生理的にはいいのかよ! そういう意味の分からないこと言う女より道子の方が何倍も素敵なんだ! 」


 言い争っている二人、茫然と立っている作業員の男そして民家のある方向へ進んでいくロボット。打開策が見つからない皆が焦っている状況の中で、ただ一人黙々と周りの状況と調べながら、何かを考える人物がいた。


「バスでロボットに体当たりするのはやめた方がいいと思います」


 ピノが口を開いた。


「あのロボットはサンダイラ重機の工業製建設用労動機械ラウスDK。去年から一般販売されているもので、頑丈さは大型労動機械の中でもトップクラスです。多分バス程度の体当たりではビクともしないと思います」

「じゃあ、このまま予備隊が来るまで黙って見てるしかないのかよ! 俺やっと現場監督になって、小学生の二人の子供の為に稼がなきゃならないのに。もうおしまいだ」


 今度は作業服の男が声を荒げた。その声を聞いてピノは自分の機械の腕を見ながら考えた。


“どうする僕。僕はただの一般人だ。何もしなくて咎められることはない。でも、それでいいのだろうか。”


 ピノは心の中で葛藤した。


“なにもできなかった五歳の時の自分とは違う。今の僕には昔以上のロボットの知識と自由に動ける体がある。絶対にできるとは言えない。でもなんとかできる可能性が今の僕にはある! ”


「僕があのロボットを止めます」


 皆がピノの方を見た。ここにいる誰もができないと思っていることを非力な中学生にしか見えない人間が言った。


「なにを言っているんだ君は! 君みたいな子供にそんなことできる訳な……」


 作業員が話し終える前に、吟城が遮った。


「本当にできるのか? 一歩でも間違えば、君自身が危険な目に合うことになるぞ」


 吟城が真剣な目でこちらを見ながらそう言った。ピノは呼吸を整えて、


「できます。その為に今まで努力してきましたから」


 そう言った。


「分かった。ここは君に任せる。頼んだぞ」


 吟城が力強く言葉を返した。その言葉を聞いたピノはロボット方を向いて、自分の頬を左手と機械の右手でパンっと叩いて、気合を入れた。


「ジムニー。限定機能一部解除。ダッシュローラーセットアップ! 」


 ピポポっと彼の背中の機械が音を出した。その後、足元の機械がローラースケートのように変形した。両足からは小さな煙が出ている。


「ブーストオン! いっけええぇぇぇ!」


 足のローラーが回転し、ピノはものすごい勢いでロボットの方に向けて疾走した。それを見ていた周りの人間は呆気にとられていた。


「ふはは! なんだあれは、あんな機能も付いてるのか」


吟城が笑った。


 ラウスDKはバスから数百メートル先に進んでいた。ただ歩行しているように見えるロボットだが、体が大きい分一歩一歩の歩幅が大きい。その為、移動速度も見た目以上に速い。


 しかし、ピノのダッシュローラーはそれ以上に速かった。あっという間にロボットの足元まで追いついた。ピノはぐるりとラウスDKの周りを一周して、機体の各所を点検するように見回した。


“一見すると機体自体に大きな故障個所はない。機体に多少の傷はあるけど、それくらいだ。この機体で構造上の問題があるという話も聞いたことがない。おそらくハードの方に問題はないと思う”


 ラウスDKの頭部がピノを見るように回転している。ピノはローラーを逆回転させながら、見つめ合うような形でラウスDKの前方に移動した。


“ソフトの方に問題があるのか。だとしても、違和感がある。歩行も周囲の状況把握も正常にできている。ソフトに問題があればこの辺りに不具合がでてくるけど、それもない”


 ピノが観察している間にも、ラウスDKは民家の方に近づいている。残されている時間はこうしている間にもどんどん少なくなっていく。


“時間がない。イチかバチかだけど、コックピットブロックまで行って、直接停止の指示を出すしかない! ”


 ピノはラウスDKの背部に回って、右腕を大きな機械の背中に向けた。


「ジムニー。びっくりアームセット。目標、前方ロボット背部の足場ボルト」


ピノの右腕の前腕部からガイドスコープが現れた。そして、ピノは狙いを定めた。


「右腕発射! とどけええぇぇぇぇぇ! 」


彼の右前腕部が勢いよく飛び出した。まるで、ロボットアニメのロケットパンチのように。

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