第1話 「今日が面接日」②

-警察予備隊 朝霞駐屯地 休憩所-


「はぁ~。今日の面接は散々だったなぁ」


 先程まで、面接を受けていた彼は今項垂れている。その姿はまるで、テストで赤点を取り、親にどのような言い訳をするべきか考えている、中学生のようだった。


“ピノ。お前って考え過ぎるところがあるよな。案外テキトーにやった方が上手くいくものだから、明日は気楽にやれよ”


 昨日の夜、親友のキオから言われた言葉を思い出した。


 彼をよく知っている人は彼のことをピノと呼ぶ。彼が義手と義足を付けて歩く姿が童話のピノッキオに似ているからというのが理由らしい。キオは彼が義手と義足を付ける前からピノと呼んでいたが、他の人も自然と彼をピノと呼ぶ傾向にあった。


 彼の両親も同じ日野という名字であるにも関わらず、彼のことをピノと呼んでいる。かわいい響きで、呼びやすいことが理由らしい。


 当の本人はどうかと言うと、アラサーになってもこの呼び方で話しかけられることに若干の抵抗は感じていた。しかし、昔からピノと呼ばれて続けているので、急にみんなから日野さんと呼ばれるのは、みんなと距離ができてしまうようで嫌だとも感じてしまう。


「成人してもう八年が経つのか。なのに、僕はどうしてこうも子供っぽいのだろう」


自動販売機で買ったペットボトルのミルクティーを一口飲んで、彼は座っていた席を立った。歩いてバス停のある出口に向かおうとした時、ふとテレビに映ったニュースが見えた。


「先月、球体関節人形職人として、人間国宝に選ばれていた一大はじめまさる氏が肺がんのためお亡くなりにました。同氏はその頑固で人の話を聞かず、自分の作りたいものだけを作り、作品が気に入らなければ、気に入るものができるまで、作品の納期を平気で無視して制作に没頭するその性格から、作品は最高なのに、人柄は最悪で世界一面倒な職人として有名でした。晩年にはあの最高傑作の……」


 妙に辛口なアナウンサーの言葉を聞きながら、彼は思った。そんなメンドクサイ性格の職人になりたいとは思わないが、その生き方には憧れてしまう自分がいると。


 ピノは重い足取りで、予備隊基地近くのバス停まで歩き始めた。


“今回の面接はダメだよな。志望動機だとか配慮事項だとか色々と聞かれたけど、何を話したか思い出せないくらいに頭空っぽな状態で面接していた。印象悪かっただろうなぁ”


 面接でダメだったところ思い出しながら、ピノは歩いていた。ついでに、今日の面接のことを親にどう報告しようかとも考えていた。


 仕事を辞めて、社宅を退去したので、今彼は実家に戻っている。元々仕事をする前から住んでいた家だったので、過ごしやすい環境ではあったが、無職の状態で実家にいるのはどうにもバツが悪い感じがしていた。


 バス停に到着したピノは時刻表を見た。直ぐにバスが来ることが分かったので、そのまま携帯を弄っていると、後ろから一人の男性が歩いてきて、


「君、さっきまで面接してた人だよね。確か日野くんだっけ?奇遇だね」


 笑いながら声を掛けてきた。先ほどの面接で突如部屋に入ってきた吟城という名前の男だった。


「はい……。吟城さんでしたよね。先ほどはどうも」

「いやぁ。一目見た時に思ったけど、すごいね。君の腕と足。それどこで作ってるの? 仕事柄、機械はよく目にするけど、君の付けてるソレは見たことがなくてね」

「この義手と義足は僕が作りました。と言っても、基礎設計は昔祖父に作ってもらったプロトタイプがあって、今付けているものはそれを僕が再設計したものです」

「再設計とはいえ、自分で作ったのか。さすが、ホタカ重工の元ロボットプロジェクトリーダー。ロボット開発のプロだね」

「ありがとうございます。ジムニーって名前を付けてます。一般の販売はしていませんが、いくつか特許は取っているので、それで新しくロボット作って販売するのもありかもですね」


 そんな会話をしているとバスが到着した。ガラガラのバスの中、ピノは後方の窓側の席に座り、吟城は当たり前のようにピノの隣の通路側の席に座った。


“なんで隣に!他に席空いてるよね。これじゃあバスを降りるまで強制会話コースじゃないか。気まずい! ”


「ところでさ、面接の時にスーパーロボットのパイロットになりたいって言ってたでしょ。なんであんなこと言ったの?」


 吟城が話しかけてきた。ピノは何故今その質問をされているか理解できずにいたが、恥ずかしさと後悔が頭に過ぎり、一瞬体内の血液が一気に体中に駆け巡った気がした。

 

「いや……あの、あれはその場の冗談というか……」

 

 てきとうに誤魔化そうと喋っていると話を遮るように吟城が、


「あれさ、本気だったでしょ?」


 思いもよらない言葉だった。あの時、面接会場にいた全員がピノの発言を聞いて笑っていた。みんな冗談だと思っていた。だが、今隣に座っている吟城という男は鋭い視線でこちらを見つめている。あの発言が本心であったことを見抜かれているとピノは感じた。

 

「はい。本気でスーパーロボットのパイロットになりたいと思っています」


ピノは素直に答えた。すると吟城が少しニヤついた。


「あぁ!やっぱり、そうかぁ。あの時の君の眼すっごく真剣だったからさ。冗談には思えなかったんだよね。でも、なんでスーパーロボットのパイロットになりたいと思ったわけ?結構きついよ、この仕事」

「きっかけは僕が六歳の時でした。僕と友達がロボット博物館でロボットの暴走事故を起こしてしまったことがあって、その時に銀色のスーパーロボットに助けてもらいました。それから二十年以上経った今でも、憧れみたいなものは心の中にずっとあって」


 少し間を置いてピノが続けた。


「もうアラサーですし、今までのように現実的に生きていこうと自分に言い聞かせてけど、どうしても諦め切れなくて」


「だから、悔いの残らないように、これが最後だと思って面接を受けました。実際は今日の面接を受けるまでに百社くらい別の応募もしましたけど、結果はいつも不採用でした」


 ピノが少し寂しそうな表情をした。


「でも、もう諦めることにしました。こんな体の僕じゃあ、スーパーロボットのパイロットには採用されないことが今日の面接でよく分かりましたから」


 そこから短い時間、沈黙が続いた。吟城は何もないバスの天井を見ながら、何か考え事をしていた。そして、口を開いた。


「変なこと聞くけどさ、もし仮にスーパーロボットのパイロットに成れたとして、そこから先やっていく自信ってある?」


 その質問を聞いて、ピノは少し迷った顔をしたが、深呼吸をしてから彼はこう答えた。


「それはあります」


 その言葉を聞いてから吟城の様子が変わった。吟城の先ほどのひょうきんな態度とは異なり、真剣な表情でピノを見ていた。


「君がそのように言える根拠は?」

「まず身体的な活動面での問題は全くありません。僕のジムニーは日常的な行動だけでなく、ありとあらゆる場面で対応できるように設計してあります。本気で走れば、オリンピック選手並みの速さで走れますし、その他のオプション機能も充実しています」

「パイロットには体力だけじゃない。知識も経験も必要だ。その点はどうかな?」

「それについては……」


 ピノは自分がスーパーロボットのパイロットに足りうる人物であることを力説した。吟城もその話をじっくり聞いた。理路整然と話すピノの姿は、先ほど面接であたふたしていた人物とはまるで異なっていた。


ドスン!


 突然大きな音がした。バスが急ブレーキをかけて停車した。吟城は手すりに捕まって体を支えたが、ピノは咄嗟のことで動けず前の座席に顔をぶつけてしまった。


「うぎゃ!」

「おいおい、なんだよ。せっかく人が柄にもなく真面目に話を聞いてるって時に!」


 面接のような会話をしていた二人だったが、さすがにこの異常事態には会話を切り上げるしかなかった。状況を確認する為に、二人は音のしたバスの前方に向かった。


「何があったんですか。すごい音が消えましたけど」


 ピノが運転手に尋ねた。


「その実は……」


 バスの運転手が青ざめた表情でこちらを見ながら、バスの前ガラスの方を指で示した。


 音の主は以外にもバスの目の前にいた。


 それは巨大なロボットだった。

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