第1話 「今日が面接日」①
-警察予備隊 朝霞駐屯地 第三面接会場-
面接官達全員がその応募者に視線を向けていた。
童顔で、低い身長、そして自信のなさそうに見える振る舞いから中学生にしか見えないが、何よりも目を引くのが、彼の右腕と両足だった。
機械で出来ている右の義手と両足の義足。背中についているポーチくらいの大きさの機械から金属のベルトが伸びて、それが義手と義足に繋がっている。
童話のピノッキオの服装がイメージとしてしっくり来るだろうか。そのせいか、より彼の印象が幼く感じられる。
彼はまるで最初から付いていたかのようにその義手と義足を動かし、他の応募者と同じように用意されている椅子に座った。
「
「はい。ぼっ…
「年齢は今年で二十八歳。今回は我々警察予備隊の身体障碍者雇用での応募でお間違いないでしょうか?」
「はい。そうです」
“まずい、緊張して頭が真っ白だ。面接官の人達の顔つきが思っていた以上に怖い。前の職場はインドアな理系の人が多かったから、こういうタイプに人達はちょっと苦手だ”
警察予備隊、それは通常の警察では取り締まることの難しい犯罪に対処する日本独自の組織である。
国際法上、世界各国は固有の軍隊の所持が認められていない。しかし、大型の作業用のロボットが台頭している現在、ロボットを使った犯罪が世界的には頻繁に起きている。
このような犯罪に対処するために組織されたのが、警察予備隊である。装備は近代的に機械化されており、対ロボット鎮圧用の装備やトランシーバーの携帯、警邏特機の使用が許可されている。
もっとも、巨大なロボットを使ったテロ活動が起こることは現時点での平和な日本では稀であり、予備隊の実際に行われる職務は交通整理や土木作業の補助、地震などの災害時の救助支援が主である。
そのような活動を行う組織の為、広報関係か技術系の予備隊員でもなければ、日頃鍛えていることもあり、見た目の威圧感は一般市民に比べるとかなりある。
面接官ということで予備隊員の中では、比較的穏やかそうな人物が担当しているが、日野良平にとってはそれでもいかついイメージが拭えないようだった。
重苦しい雰囲気の中、彼が声を出そうとすると、面接官側にあるドアの外から足音が聞こえた。
突然バンッ!という大きな音を立てて、四十代くらいの男性がドアから急に現れた。ネクタイがちゃんと締まっていない、ヨレヨレのスーツ。どうもがさつそうな印象がある。
「いやぁ~。いきなりで失礼。今、お邪魔してもいいかな?」
男が入って来るなり、そう言った。
「
「実はそちらの面接が意外と早く終わってしまってねぇ。暇になってしまったので、こちらに顔を出しにきたという次第です」
「まぁ、あなたが今回の面接会の総責任者ですし、他の応募者を見にくるのは問題ないと思いますよ。正直、文句を言いたいところですが、ここでは控えます」
困惑した顔の面接官が、乱入してきた男との話を済ませると、顔を応募者の方へ向けた。
「すみません。日野さん、うちの吟城がご迷惑をお掛けしてしまいまして、その…このまま面接を続けさせて頂いても宜しいですか?」
「はい。構いません。続けてください」
“いや、構うよ! 面接中に乱入して来ないでしょ。普通。というか大きな音を立てないでよ。ビックリして心臓止まるかと思った!”
驚いている彼を尻目に、吟城という男が面接官の持っていた履歴書を読み始めた。
「へぇ。あの国内で最も有名なロボットメーカー、ホタカ重工で身体障碍者用サポートロボット開発のプロジェクトリーダーを三年間務めてたと。すごいな。ロボットエリートってやつか」
日野良平の経歴はかなりのものである。祖父がかなり特殊な人であること以外、彼はごく一般的な家庭に生まれた。
しかし、彼は生まれ持って身体に障害があった。本来であれば、彼の親の給料では満足のいく治療は受けられないはずだった。
彼は多くの人に支えられた。
担当した医師、救援金を集めてくれたボランティアの人たち、友人、学校の先生、親友、両親、自分を救ってくれたスーパーロボットのパイロット、そしてロボット開発の権威である祖父と朗らかでたくましい祖母が彼の生きる道を照らしてくれた。
支えてくれた人々の甲斐もあり、彼が中学生に上がる頃には、彼は普通の同年代の子供と変わらないくらいの生活が送れるようになっていた。
特に祖父と祖母の影響は大きく、自分が歩くための義足とモノを操るための義手の試作品を彼の祖父が作った。そして、人に感謝する気持ちと優しさという強者の特権の使い方を祖母から教わった。
祖父、祖母共に彼が大学生に入学した後に、この世を亡くなっているが、二人からもらったものは今でも大切にしている。
そのような環境で育った影響か、彼は誰かの役に立ちたいと思いが人一倍強くなっていた。
両親に資金的な面で迷惑を掛けまいと、必死に勉強して国立の大学に入学した。学部は学費の安い文系の学部を最初に選んでいたが、親に自分のしたいことをしなさいと言われ、理系の労動機械工学科に入学した。
労動機械工学科は他の理系の学部に比べても学費が高くなっていたが、ここでも彼は努力を惜しまなかった。
在学中に優秀な成績を収め、返済の必要がない特待生用の奨学金を獲得した。大学院は飛び級で入学。通常は七年かかる卒業課程を四年でクリアした。
ただ、そんな多忙な日々を暮らしていた彼には、胸がときめくような青春と呼べる過去はこれっぽっちもなく、灰色な学生時代を過ごしていたのは言うまでもない。
容姿も中学生っぽいので、その影響もあるだろうか、女性から異性として意識されたという記憶は彼の中になく、一度勇気を振り絞って女性に告白した過去があるが、
「ごめん。日野くんって弟みたいでかわいい感じはあるけど、男として見るのはムリ」
と言われて、あえなく撃沈した。
大学院卒業後、彼は世界的にも有名なロボットメーカーのホタカ重工に入社。
そこでも華々しい活躍を見せ、社内で二十代としては初のロボット開発プロジェクトのリーダーに抜擢された。
泥臭く学び、仕事をしてきた彼にとって、吟城の口からでたロボットエリートという言葉には違和感を覚えたが、同時にこそばゆくも感じられた。
そのせいか、陰キャ特有の気持ち悪い笑顔が彼の顔に出来上がっていた。
「私も履歴書は拝見させて頂きました。素晴らしい経歴だと思います。技術職、特に特機開発課に是非とも来て欲しい人材であると」
「確かにそうだよね。でも、不思議なんだけどさ、それだったら何もうちに来なくても良くない? 出世とか給料とか考えたら、前の会社で十分でしょ?」
「何を言うのですか、吟城さん。我々警察予備隊は我欲だけで生きる人間の集団ではありません。見て下さい。彼の履歴書の自己PRの部分。誰かの役に立てる人間になることが自分の目標だと書いてあるでしょう!」
“まずい、この流れは非常にまずい。このままだと技術職で転職する方向になっちゃう。確かに僕の経歴からすれば、そう捉えるのが普通だけど、僕のゴールはそこじゃない”
会話をする二人を見ながら彼は焦りを感じていた。昔からそうだったが、彼は周りに流されやすい所がある。以前、就職したホタカ重工への入社も本人の意思で決めたのものではなく、彼の能力と人柄をよく知っている大学の教授から紹介してもらったものだった。
でも今回は違う。自分のなりたい夢を叶えるためにここに来た。誰かに言われたからではなく、自分の意志で面接に来たのだと、彼は自分の心に強く言い聞かせた。
「あの。すみません。ちょっといいですか」
できるだけ振り絞った小声で彼は言った。面接官達と吟城が彼の顔を見た。
「ぼっ……僕は」
そこまで言って、一度深呼吸をした。そして今度は全員に聞こえるくらいの大声で、
「僕はスーパーロボットのパイロットになりたいんです!」
面接会場にいる全員が一瞬どよめいたが、その後の反応は彼の期待を裏切るものだった。
「アハハ! 面白い冗談を仰いますね。あなた。えぇ、確かにありますよ。スーパーロボットのパイロットの応募枠。でも、その体ではねぇ」
一斉に笑い声が聞こえた。前にいる面接官も、後ろで次の順番を待っている他の応募者も笑っていた。ただ一人、吟城だけが真剣な表情で彼の瞳をジッと見つめていた。
「あはは……。すみません。今のは冗談です。こういう風に場を和ませるのが得意なんです。僕……」
彼は噓をついた。いつものことだ。人の顔色を窺い過ぎるあまり、場の雰囲気に合わせて口裏を合わせてしまう。自分のダメなところだと理解はしており、自信のない自分にいつも嫌気がさしてしまう。
下唇を少しだけ噛んで、悔しさと惨めさを感じながら、彼はその後の面接を淡々と進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます