第2話 「スタンド・バイ・ミー」②

警察予備隊 澁谷駐屯地 入隊式会場内


“えーっと、僕の席はどこかなぁ?”


 ピノは受付で渡された座席表を見ながら、自分の席を探していた。時間ギリギリになってしまったものの、入隊式にはなんとか間に合うことができたのだ。


 会場を見渡すと、思っていた以上に人がいることにピノは驚いた。千人以上は会場にいるだろう。関東で今年採用された予備隊はこの会場に集まっているのだから、入隊式の規模もかなり大きなものになっている。


 なんとか自分の席を見つけだして、慌てて座ると、隣席に見覚えのある顔があった。


「あ、さっき一緒にバスに乗ってた子だよね。偶然ってあるんだね」


 そう言ったのは、バスでイヤホンを付けていた少女だった。


「来るのが遅かったけど、なにかあった?」

「ちょっと書類出すのに手間取っちゃって。ほら、線路の上を走ってる時に、僕バック落としちゃったでしょ。その時に書類がぐしゃぐしゃになっちゃって」

「ああ、あのとき!でも、驚いたよ。私、体力には自信あったけど、まさか追い抜かれるとは思わなかった。その義足? すごいね。あんなに早く走れるんだ」


 グイグイと話してくるので、ピノは少し困惑した。普段女性と話す機会がないので、若い子がこんなに積極的に話すことに内心驚いていた。


「あ、そうだ。まだ自己紹介してなかった。あたし、和乎明日香。よろしくね」

「わおあすか?」

「わ“を”あすか! ひらがなの“わをん”の“わを”。結構珍しい名前でしょ」

「ワヲさん。確かに珍しい名前だね」

「アスカでいいよ。さんもつけなくていいし。よそよそしいの苦手なんだよね。あたし」



 そんな会話をしていると壇上に人が見えた。そろそろ入隊式が始まるらしい。ピノは急いで、手に持っていた座席表を締まって、律義に聞く姿勢を整えた。

 

 壇上に立っている男にはどこか見覚えがあった。


「皆さん。はじめまして。今回の警察予備隊入隊式のご挨拶をさせて頂く、吟城哲哉です。本日は警察予備隊二○期生入隊式にお集まり頂き、誠にありがとうございます」


 ピノは思い出した。予備隊の面接で、バスの中でいろいろ聞いてきた男だった。入隊式の挨拶をするのだから、予備隊内でも地位がある人物なのだろう。


 そんな地位の高い人に、失礼なことを言ってしまっていないか、今になって心配になるピノだった。


「まぁ、堅苦しいのはこれくらいにして、ここからはもっとフランクに話させてもらうね。どうも俺、固いの苦手でさ」


 会場の空気が少し和らいだ気がした。今の吟城からは気さくなおじさんのよううな雰囲気がでている。


 「ところでさ。今日の若人というのは、気合や根性では動かないよね。なんか冷めてるというか、達観しているというかさぁ」


 吟城が続ける。


「内に秘める情熱がないからか、やることに勢いがないんだよね。したいこととかないの?」


 ピノが少しギクッとした。確かに今までの自分はそんな人間だった。少し周りの空気も冷えていた気がした。沈黙の時間が少し苦しい。


「フハハハ! ごめん、ごめん。昔のことを思い出してたら、ついおかしくなっちゃって。実は今の俺が入隊したばかりの頃、当時の教官に言われたことなんだよね」


「もう二十年くらい前になるかな。俺が入隊したの。いや~嫌いだったなぁあの教官」


「とは言え、当時の若者も今はもうおじさんだからね。それを考えると、今の日本を支えているそこそこの役職の持ってるサラリーマンってみんな気合や根性で働いてないことになるんだよね」


「確かに今時の組織の運営、現場の判断、ややこしい手続きエトセトラ、気合と根性じゃ、問題は解決できなしね。まぁ、年だから単純に元気がないのもあるけど。」


少し間を開けて、吟城が続けた。


「しっかし、みんなも物好きだねぁ。正直に言うけど、この仕事楽じゃないよ。俺の同期もほとんどいなくなっちゃし。偉そうな教官も俺が入ってから二年で教官辞めちゃったし」


 また、吟城が間を空けた。今度はさっきと違い、何か哀愁のようなものを感じられた。


「話が長くって、申し訳ない。これで最後にするよ。ここからは年長者としてのアドバイスね」


 吟城の表情が今までにないくらい真剣なものになった。


「心の炎は静かに燃やせ。残念ながら、君たちはもう学生じゃない。失敗しても次があるとか、悔しさをバネに成長するなんてそんなモラトリアムはもう終わった」


「考えろ。周りを見ろ。いつも全力全開なんてできると思うな」


「大人は大人を支えない。自分を自分で支えられないヤツはここにはいらない。自分を守れないようなヤツに、他人なんて守れないからね」


「そして、逃げ場のない正真正銘の正念場が来た時。その時に本気で燃やせ。それができなきゃ、無様に死ぬだけだぞ」


 最後の間を置いたあと、吟城はニコッと笑った。


「はい。つまらないおじさんの話はこれでおしまい! ここからは、みんなのお待ちかね。入隊式恒例の七分試合しちぶじあいが始まるから、全員注目すように」


 その瞬間、会場の空気が変わった。先ほどに比べ、会場に熱気のようなものを感じるようになった。


 入隊式中央にある円形の演台がスポットライトで照らされた。そこには、演題の両端に二人の男女の姿があった。


「では、今日の七分試合のメインの二人を紹介しよう! 一人目は彼、今年関東地区でトップの成績で入隊式試験に合格! ルックス良し、スポーツ万能、そしてちょっと不愛想だけどそこがカワイイと人気! 三花又十一さかまたじゅういち!」


 スポットライトの光が男に集中した。キャー!という女性の黄色い叫び声が会場に広がった。


「あれって、さっきあたし達と一緒に線路走ってた人だよね?」

「ほんとだ。じゃあ、バスで彼が持っていた黒い布で巻かれていたものって、もしかして、試合用の刀だったのかな?」


 ピノとアスカはその男に見覚えがあった。バスで一緒にいた男性の一人だった。身のこなし方良く、運動ができそうな雰囲気だったが、まさかこんなタイミングで再度見かけることになるとは思っていなかった。


 十一が布を取って、少し刀身の短い刀を取り出した。職人の手で丁寧に研磨されたその刀は、鋭く光って見える。


「対するもう一人は、入隊式試験関東地区第二位、容姿端麗、成績優秀、歩く姿はゆりの花、薄桃色の髪の可憐な美少女、一花果いちじくツミキ!」


 女性の方にスポットライトの光が集まった。彼女の姿を見た男たちが歓喜の声を上げていた。


「あ、ツミキ先輩だ。頑張ってくださいねー! ツミキセンパーイ!」


 アスカは女性の方と知り合いのようだ。


「それじゃ、今日のメイン二人に軽く挨拶してもらうかな。じゃあ十一くんからお願いね」


 注目が舞台の二人に集まる。


「いや、俺からは何も」

「私からも特に何もないです。あと、美少女とかいう年齢じゃないので、その紹介、普通に恥ずかしいです……」


 二人とも、割と謙虚らしい。


「折角の舞台なのに勿体ない。まぁいいか。大事なのは実力だからね。二人の好きなタイミングで始めていいよ。俺はテキトーにここから見てるから」


 吟城がそう言い終わると同時に、舞台に立つ二人の空気が一気に重くなった。


「ツミキ。俺からいくぞ。手加減なんてしなくていい」

「いいよー。私は手加減して欲しいけどな~」


 次の瞬間、激しい金属音が会場内に木霊した。

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