第7話 洗脳

 お部屋は想像以上にキレイだった。

 ラブホテルというと、真っ暗な中に、紫などの暗い色で照らされた部屋で、男が待っていて、窓も、気の扉のようになっていて、表からは見えないように、そして、言い方は悪いが、

「逃げられないように、扉も途中までしか開かないようになっている」

 ということだけの知識はあったのだ。

 しかし、ここは、まるでビジネスホテルのように、ビューになったガラスにカーテンが引かれている。ベッドも広いし、部屋も広々として、ビジネスホテルというよりも、高級ホテルを思わせる感じだった。

 お風呂は広いことは分かっていたが、想像以上に広々としていた。浴槽以外がとにかく広い。ここまで広いと、自分でもビックリというところであった。

だが、考えてみると、カップルが利用するところなのだ、中には一人で風呂に入る人もいるだろうが、普通はカップルで入るだろう。

 お互いに背中の流しっこをしてみたり、イチャイチャしたり、夫婦でも、家の風呂では絶対にできないようなことがここではできるのだ。

 それを思うと、

「意外と夫婦で、利用する人も多いのかも知れないな」

 と感じた。

 特に、二世帯住宅だったり、子供が家にいたりして、なかなか夫婦で二人きりになることができない夫婦も結構いるだろう。

「たまには、実家に子供を預けて、夫婦水入らずで過ごす」

 というのもありではないかと思うのだ。

 そんな時、

「旅行というところまではできないけど、普段いけないようなところに行こう。昔の付き合っていた時代を思い出してさ」

 と言われて、照れ臭いが、嫌だという奥さんもいないだろう。

 これも一種の旦那さんのサプライズのようなものだと思うとありがたい。

 そんなことを考えながら、初めての指名した女の子がやってきた。

 まずは、部屋の電話が鳴り、

「お連れ様がご到着です。今からお通しします」

 という、おばちゃんの声が聞こえた。どうやら、下の受付はおばちゃんのようだ。

「はい、分かりました」

 というと、ロックが解除される音が聞こえた。そして、ゆっくりと待ちながら、耳を澄ませていると、エレベーターが到着した音が聞こえた。

 そして、ヒールのカツカツという乾いた音が聞こえてくる。それと同時に高鳴ってくる胸が新鮮であった。

 その時は、このシチュエーションだけを考えていたので、店舗型の風俗との違いを考える余裕はなかった。

「ピンポーン」

 という音が鳴り、ノブが開く音がして、女の子が入ってきた。

「初めまして。ご指名ありがとうございます」

 というではないか。

 写真では、目だけしか見えなかったので、どんな感じの女の子なのか、完全に想像でしかなかったが、自分が想像した許容範囲内だったのは有難かった。

 彼女は、

「私でいいですか?」

 というではないか。

 その時は詳しくは知らなかったが、一応、

「チェンジ」

 というシステムがあることは知っていた。

 ただ、チェンジというとどうなるのかということは分からなかった。チェンジの間の時間は値段に含まれるのかどうかということである、そのことについては、聞いていなかった。

 だが、チェンジをしようとは最初から思っていなかった。最初に自分で選んだ相手だ。もしチェンジして、さらに気に入らない相手だったらと思うと、迂闊にチェンジもできないだろう。

 今までに、デリヘルではなかったが、ちょっとだけ遊びでやったパチンコで、似たようなことがあった。

 なかなか出ないので、

「台を変えよう」

 と思い、隣の台に移ったはいいが、自分の後に座った人が、座ってから打ち始めて5分もしないうちに大当たりをして、そこから何連荘もさせて、

「もしそのままやっていれば、まくれたはずなのに」

 と考えてから、どんなに出ないと思っても、そこから動くことはしないと決めたのだ。

「台を動く時は止める時で、そして一刻も早くそこから立ち去る」

 ということを考えていた。

「だって、自分が出なかった台で、誰かが出ているところなんか見ていられないだろう?」

 という。

 気持ちとしては、

「自分が好きになって付き合い出した女の子が、ただ、クラスメイトと話をしているだけのところを、自分が見ているとは思わずに楽しそうに話をしているのを見ると、自分のことを本当に好きになってくれたのだろうか? と疑いたくなってしまう」

 というものだ。

「知らぬが仏」

 という言葉があるが、もし、そんな場面を目撃した時、彼女は自分を好きになってくれたのだという自信があったとしても、不安に駆られてしまう時、藁にでもすがりたくなるという意味で、

「どうせなら、知らなくてもいいことがあるのであれば、その方がいいに決まっている」

 と考えさせられるのだった。

 そんなことを考えていると、

「最初からチェンジという選択肢は、自分にはない」

 と思っていた。

 もし、その女の子が最悪だったとしても、

「俺に見る目がなかっただけで、デリヘルをこれ以降使うかどうか、不透明だ」

 と考えることであろう。

 その時来てくれた女の子は、正直、文句なしに見えた。

 服装の私服のセンスも、勝沢の好みだったし、声も雰囲気もすべてがストライクだった。

 だが、イチャイチャしていて、まるで夢のような時間を過ごしていると思っていたのだが、それよりも、相手が必要以上に、べたべたしてくるのである。

 イチャイチャは嫌いではないし、男として、冥利に尽きると思っている。だが、最初からグイグイくると、

「少しずつでも、距離が縮まってくれればいい」

 という思いの中で、どこか、すれ違いが起きているのを感じたのだ。

 それは、あくまでも、勝沢の思い込みであり、相手にすべてを望むのは酷なことだと分かってはいるが、

「どこまで、相手を思いやることができるか?」

 ということになると、結局、

「お金の関係でしかないんだ」

 ということを思い知らされる気がしたのだ。

「では、店舗型の店では、どうしてそう思わないのか?」

 と考える。

 店舗型というと、相手の部屋に、男性が遊びに行くというものであり、うがった言い方をすれば、

「彼女は不特定多数の男を自分の部屋に招き入れている」

 という感覚になり、人によっては、不潔なイメージを持つかも知れない。

 いや、そもそも風俗というのが、そういうものだと割り切っているから、通えたのだ。

 だが、風俗でも、デリヘルというシステムができて、

「男の部屋に、女の子がやってくる」

 というシチュエーションにワクワクしている人もいるだろう。

 デリヘルのシステムにはいろいろな意味がある。

「お店に行かなくてもいいということは、お店のスタッフと顔を合わせたくない人や、待合室で他の客と、気まずい気持ちになってしまうことを嫌だと思う人もいるだろう」

 と考える。

 待たされているとしても、自分の部屋という空間であることで、お店で待っている空気感とはまったく違うものがあるに違いない。

 実際に店で待たされている時というのは、最初の頃は嫌いだった。

「決まっている時間の前に、自分の気持ちの高ぶりが鈍ってしまったりすると嫌だな」

 という感覚になるだろうと思ったからだ。

 だが、通うようになってから、少し変わってきた。待っている間のドキドキも、楽しみのうちだと思うようになったのだ。

 待っている間というのは、前だったら、それこそ、貧乏ゆすりをしていたり、もし、タバコを吸うのであれば、何本も吸ってしまうことになるだろうと思えた。

 イライラが募ってきて、次第に堪忍袋の緒が切れてきているようで、一度キレてから、再度結びなおしてから、やっと、ご対面ということもあった。

 だが、女の子とご対面すれば、それまでのイライラはどこかに行ってしまっていて、彼女の笑顔が、最高の癒しだと、再認識することになるのだ。

 ご対面してしまえば、それまでのイライラが一気に消えてしまう。実に、

「男というのは現金なものだ」

 といえるのだろうが、それだけに、

「ご対面の時間の至高の悦びが、すべてではないか」

 と思うのだ。

 もちろん、個室に行ってからの会話や癒しプレイが一番のハイライトなのだ。何しろそこから拘束時間が発生しているのだから、当たり前のことである。

 だが、それだけをすべてだと考えるには、若干の寂しさがある。

 コスパという点からいけば、その時間でも十分なのだが、いやむしろ、十分でない店であれば、次からはいかないといってもいいだろう。

 もう一度その店に行きたいと思うのは、コスパもさることながら、

「あの子がいるから、また通いたい」

 と思うのだ。

 だが、前述のように、人間には飽きというものがあり、どんなに魅力的な人でも、すぐに飽きが来てしまう人だっているだろう。

「美人は三日で飽きる」

 というのは、まさにそのことで、自分が好きになった人のことを、一生好きでいられるか?

 ということを考えると、自分で疑問に感じてしまうのだった。

 そもそも、風俗の女性以外を好きになることはないと思っている。もちろん、そんなことを他人に話せる気はしないし、

「誰かに話して、分かってくれるわけもない」

 と思うのだった。

 それは、自分が、ある時、好きになりかかった女性がいたのだが、その女性のマインドコントロールに引っかかってしまい、相手が、してほしいことを洗脳されかかったのだが、結局洗脳できなかったことで、そのまま捨てられることになったのだが、それはそれでありがたかった。もし、そのままそのオンナと付き合っていれば、言いなりにされるままに、そこで人生が終わっていたかも知れない。

 そんな大切な人生の節目があったのだが、相手があまりにも、リアルさがなかったことで、余計に、

「まるで夢だったようだ」

 と感じるようになったのだ。

「俺があんなに簡単に、洗脳に引っかかるなんて」

 と感じた。

 その女がどんな手を使ったのか分からなかったが、オンナは寂しさから、自分を好きになってくれる男性を探していたようだ。

 どうして、お互いに引っかかったのか分からないが、女の張り巡らせた網に引っかかってしまったのだろう。そんな状態で、何か引っかかったのか、彼女が途中で急変した。そして次第に、勝沢を追い込んでいき、最期にはノイローゼ状態にしてしまい、もう少しでお金まで騙し取られるところだった。

 そこまではなかったのでよかったのだが、そのおかげで、普通の恋愛が怖くなったのだ。

 何が原因で女は怒りだすか分からない。こっちが気を遣っていても、結局、反対のことを考えていると、オンナというものは、孤独になれば、自分のことしか考えないといってもいいかも知れない。

 もちろん、究極の考えだが、その女は、相手を洗脳するという特殊能力で今まで生きてこれた。

 なぜなら、彼女は心の中に致命的な何かが宿っていたからだった。その何かというのが、不思議な力を作り出すのだが、それが利く相手というのは、限られているようで、勝沢威は利いたようだ。

 勝沢にとって、その女の魅力だと思っていたことが魔力だった。

 もっとも、最初から彼女のことを好きだったわけではない。一時でも、

「愛している」

 と感じたのは、ウソではない。

 ただ、それは正直一瞬だった。

 自分でも、本当に愛しているなどという感情があったのかどうか疑わしい、何しろ、愛情というよりも、恐怖と、洗脳による感情の起伏が、

「一体、あの時の俺は何を考えていたのだろう?」

 と、思われても仕方がない。

 恐怖は一気に駆け上り、自分が抜けられない恐怖に叩き落されたことに気づくと、

「俺は洗脳されているんだ」

 と感じると、さらに恐怖が駆け巡る。

 ただ、果たして相手の女に、勝沢を洗脳しているという意識があったのだろうか?

 勝沢はその時、自分でも分からない何かが取りついたような気がした。その取りついた何かのおかげで、その時、その女から洗脳されることで、身を滅ぼさず医済んだのと、お金を騙し取られずに済んだということでもあった。

「ひょっとすると、俺にも、誰かを洗脳する力が身についたのかも知れない」

 と思った。

 あの時の女も、最初からあんなオンナだったわけではなく、やはり誰かに洗脳されかかり、そういうマインドコントロールの組織のようなものに取り込まれていたのかも知れない。

 ちょうど、デリヘルを最初に利用した時。ちょうど、そんなマインドコントロールを受けている時だった。

 だから、勝手な妄想をデリヘルに抱いてしまい、

「デリヘルなんて利用しないようにしよう」

 と思うのだった。

 相手の女の子が悪かったというわけではない。むしろ、よすぎるくらいだ。最初は、

「のめり込むことがなくてよかった」

 と、感じたのだ。

 だが、勝沢は、その時の経験が、

「よかったのか、悪かったのか?」

 と聞かれると、正直分からない。

 自分が誰かの弱みを握り、それをネタに相手を脅すなど、今までの自分では考えられないことだった。

 しかし、そんな恐ろしいことができるようになったものだ。きっと、その相手というのも問題ではなかっただろうか?

 しかも、その時の心情を思い出してみると、自分がどんな気持ちだったのかなかなか思い出せない。まるで、何かに吸い寄せられるように、悪の道に入り込んでいるかのような気がして仕方がなかった。

 その相手というのが、偶然で出会ったのだが、その偶然というのが、勝沢に、怪しげな気持ちを抱かせる、そんな雰囲気だったのだ。

 相手の女は、最初、とにかく怯えているばかり、そんな状態で、勝沢のSっ気が花開いたといってもいいだろう。

 最初、洗脳された時、

「俺が、こんなに女にびくつくなんて、思いもしなかった」

 と感じた。

 それまでは、彼女がほしいという感覚よりも、どちらかというと、余計な詮索をされたくないという思いから、それまでは、あれだけ欲しいと思っていた彼女をいらないと思うようになった。

 そもそも、風俗に行くようになったのは、

「彼女なんか作ると、自分の時間が脅かされるから嫌だ」

 と思っていたはずなのに、実際に、自分のことを好きになってくれるような女性ができると、それまで自分の時間と思っていたものが、

「この人のためだったら、俺の時間をやってもいい」

 というくらいまでに感じていたのだ。

 だが、実際に、付き合ってみると、女の方の束縛はひどかった。

 一緒に温泉に行ったりして、癒しの時間を共にできる相手だということは嬉しいのだが、自分がやりたいことを犠牲にしたり、何と言っても、何度か抱くと、正直、その身体に飽きがきたのだった。

 前述のように、ぽっちゃり好きの勝沢だけに、その時の彼女が小柄で、スリムだということもあり、

「胸は贔屓目に見て、Bカップ」

 という、いわゆる、

「ちっぱい」

 だったのだ。

 抱き心地もそれほど心地いいとは思えず、正直、身体の相性は、よくなかった。

 勝沢が、どうしてぽっちゃりが好きなのかというと、自分がスリムだったからである。

 身長は、そこそこ高いのだが、裸になると、肋骨が浮かび上がるかのような感じで、そこが自分にとってのコンプレックスだったのだ。

 だから、

「キレイなお姉さん」

 というと、その条件に、スリムだというのが、前提になると思っていた。

 もちろん、個人で感覚が違うので一概には言えないが、自分の中で、

「キレイなお姉さんタイプは苦手だ」

 と思っていたのは、自分の体形に対するコンプレックスだったのだ。

 豊満な身体は、何といっても包容力がある。それだけに、自分が包まれている感覚を快感だと思うことで、夢心地になるといってもいいだろう。

 実際に、今まで風俗で指名する女性も、ぽっちゃりが多かった。その包容力を堪能していたのだが、この時の彼女は何を思ったか、スリムな女性だった。

「風俗で、身体が満足させられるという感覚を味わえるので、彼女には身体ではない。別のものを求めよう」

 と思ったが、何を求めていいのかが、最初は分からなかった。

 だが、彼女と付き合い始めたのは、自分が好きになったというよりも、彼女の方が近づいてきたのだった。

「どうして、僕がよかったんだい?」

 と聞くと、

「あなたとなら、知的で高尚な会話ができると思ったの。私はそんなあなたに惹かれたのよ」

 というではないか?

「ああ、そうなんだ。俺が求めていたのは、そういう女性だったんだ。お互いに相性が合う人であれば、身体の関係だけではなく、付き合っていけるんだ」

 と感じた。

 しかし、実際につき合ってみると、彼女は、上から目線であり、しかも、理屈っぽいところがあり、話を聞いていても、話に脈絡が感じられない。

 要するに、

「考え方の相性が噛み合わない」

 ということだったのだ。

 性格的には似ているのかも知れないが、考え方が違っている。

 それを考えると、その女に対して、最初に抱いて知的なイメージは崩壊していた。

「妖艶な何を考えているか分からない雰囲気は、自分がもっとも、苦手としている女性ではないか?」

 と考えたのだった。

 そんな時、デリヘルで呼んだ女性が、少しぽっちゃりに見えた。ネットにて予約をしたのだが、その子が入ってきた時、お互いに、

「あっ」

 という声を発したかと思うと、お互いに気まずさがあった。

 その顔を見知っていたからだった。

「つかさ」

 という源氏名の彼女に対して、思わず、

「浅倉さん」

 というご存じの名前を呟くと、相手も、

「勝沢さん」

 と、勝沢の名前を口走った。

 勝沢はさすがに風俗慣れしていることと、自分の方が立場が上だということが分かっているので、すぐに気を取り直した。会社でも奇抜な発言や、風俗に通っているというウワサらしいものはあったので、彼女も、想定内のことではあっただろう。

 しかし、普段は真面目なOLだと、皆が信じて謳わないタイプのななせなので、絶対にないということはない風俗嬢との掛け持ちだったのだろうが、可能性としては、かなり低い状態での再会に、勝沢はビックリさせられたのだ。

「チェンジされますか?」

 と彼女は言った。

 さらに、

「チェンジされますよね?」

 としつこくいうので、

「いいや、君でいい」

 といって、ニンマリとした表情を浮かべると、ななせの顔に、急に恐ろしさがこみあげてきたのか、顔色が悪くなってきた。

「大丈夫さ。取って食おうなんてしないから」

 というのだが、その言葉に恐怖しか感じないだろう。

 そして、冷静になった勝沢は、自分の立場がおいしい立場であることに気づくと、普段よりも頭がさえていることに気が付いた。

「そうか、こういう時にためのチェンジというシステムか?」

 というと、ななせは、勝沢が何を言いたいのかピンときたのか、

「それだけというわけではないんですけどね」

 と答えた。

「確かに、前から思ってはいたんだよ。箱型。つまり、店舗型の経営方式だったら、待合室の様子を見ることで、自分の相手をする男性が、顔見知りであるかないかをそこでチェックできるだろうが、デリヘルのように相手のところに行ってしまうと、知り合いとの間で、こういう行為が気まずいと思った場合に何もサービスができないとなると、それも今度は客側が損になることになるからね。それで、ただで1回はチェンジできるようにしているわけだ」

 というと、

「そうですね、一番、説明に信憑性がある理由というと、そういうことになるんでしょうね」

 と、ななせは言った。

「それにしても、どうして君が、デリヘルなどやっているというんだ?」

 この質問は、本来なら、一番してはいけない質問だった、縁もゆかりもない、一度きりの相手だということであれば、そのことは、プレイには一切関係のないことだし、個人のプライバシーへの浸食になるからだ。

 女の子も一番言いたくない話であるのは、当然で、そんなことは、勝沢くらいになれば、当然のごとく分かっていることであろう。

 それでも聞くのは、勝沢の中で、

「彼女が聞いてほしいと思っているのではないか?」

 と感じたからだ。

 女の子としては、まず言い訳をしたいのではないだろうか? さっきまでは、つまり体面するまでは、立場としては、

「風俗嬢と客」

 という、縁もゆかりもないはずの相手同志だったはずだ。

 しかし、実際には、昼職の上司と部下だったのだ。これほど気まずいものはない。

 もちろん、これは、実の親と子だというのであれば、もっと気まずいだろうが、チェンジすればいいのだろうが、もっとも、問題はその後であろう。いくら、娘が成人していて、就いた職が風俗だというだけのことだが、さすがに親によっては、

「辞めさせよう」

 とするに違いない。

 上司にはそこまでの権限はないが、問題は昼職の方である。バラされてしまうと、ななせは、仕事をできなくなってしまう。今のままでも十分、精神的に痛手なのだが、まわりに知られさえしなければ、何とかなると思っていた。

 このショックも一時的なもので、

「昼職をクビになったら、どうしよう」

 という意識が強いだけだった。

 まるで今のななせは、

「俎板の上の鯉」

 のような状態で、目の前にいる男の言いなりにならないといけない状態だったのだ。

 勝沢はそのあたりのことは、最初から分かっていて、立場的には自分が絶対有利だと考えていたことだろう。

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