第5話 ルナ
「風俗で知り合ったその子をずっと気にしていた」
というのは、もちろん、
「風俗嬢としての彼女のことしか知らないからだ」
ということで、
「彼女が普通のOLをしていたら、どんな感じなのだろう?」
ということを考えていたとすれば、その思いがどのようなものかというのを、想像することはなかっただろう。
それはきっと、今まで入った風俗の女の子すべてに、感じたことだろうからである。
というのも、これまで女の子と二人で過ごした時間というのは、どのほとんどが、風俗嬢と、お店の中でのことであった。
正直、
「俺はモテないんだ」
と思っていたのだ。
その理由の一つに、
「俺が、風俗に染まってしまったから、普通の恋愛などできるはずがあい」
と考えたからで、その考えは間違っているわけではない。
ただ、自分が必要以上にそう考えていることを、
「被害妄想だ」
と思い込んでしまったことが大きな理由だったのだ。
どうしても、風俗の女の子としか話をしていないと、風俗嬢に対しては、会話の自信があっても、他の子に対して会話をする自信がない。それどころか、他の女の子に対して、臆した気持ちになると思っているのだ。
つまりは、何を話していいのか分からない。こう感じることで、明らかに、相手にマウントを取られてしまうに違いないと感じるのだ。
それは、勝沢のような男にとって、実にきついことであって、彼のような男は、女の子に対して、
「自分がマウントを取っていなければ、とても、会話をしても太刀打ちできない」
と思っている。
相手が風俗嬢であれば、風俗経験豊かということで、自分なりに対等に相手ができると思い込んでいる。
それが、
「相手が、客だ」
という意識で、こちらに接してきているので、当たり前のことだろう。
客を相手に怒らせるわけにもいかず、気持ちよくなってもらって、また指名してもらうことが大切なのだ。
だから、彼女たちにはマウントは関係ない。あくまでも、指名してもらえるかということが大切なのだ。
傍から見ていると、そんなことは普通に分かるのだろうが、当事者ではなかなか分からない。
しかも、色恋的なサービスを受けている方としては、いつのまにか、嵌らないつもりでいても、自分が色恋に嵌ってしまっていれば、そのことに気づかないのも当たり前のことであった。
要するに、
「灯台下暗し」
ということもあり、案外、自分のことを一番分かっていないのは、自分だということになるのだった。
そんな時に思うのが、
「鏡に映った自分の姿を想像した時だった」
自分の姿は、鏡に映すか、動画などに撮るかしないと見ることはできない。それを思うと、
「自分のことは自分じゃ分からない」
ということである。
ただ、そのことを、意外と自覚することはなかなかできない。だから、自分のことを顧みたり、考えたりするときというのは、妄想だったりすることが多いのだ。
妄想というと、意外と自分が妄想の世界にいるのか、それとも、リアルに感じているのかが分からないことが多かったりするものかも知れない。
風俗嬢の彼女と話をしていると、普段の自分をいかに感じるか、ふいに考えることがある。
それは、ふいに感じるのであって、ふとした雰囲気と感情がマッチした時ではないだろうか。
というのが、風俗嬢との逢瀬の時間ではないかと思うのだった。
もちろん、他の女性との時間を知らないというのも、その理由なのだが、風俗嬢と一緒にいると安心できるのだ。
なぜなら、自分がマウントを取っていようがいまいが、相手がちゃんと、受けてくれるのだ。
会話にしても、身体にしても、痒いところに手が届くのである。
そんな、風俗嬢との会話や、二人だけの時間は、実に貴重なものだった。
そもそも、勝沢は、人といるよりも、一人の方が好きな方だった。
「孤独」
という言葉とは少し違い、最近よくある、
「ソロ活」
などというものだと自分では思っている。
特に、世界的なパンデミックが起こってからというもの、
「まわりと距離を持つ」
あるいは、
「人と接しない」
という行動制限などが起こってからは、ちょっと前からあった、
「一人カラオケ」
「一人焼き肉」
などと、ソロ活がそれこそ、ブームになってきて、
「これって、遅れてきた、俺の時代なんじゃないか?」
というようなことを考えたりもしたものだ。
だが、
「一人でもいい」
と思うようになったのは、風俗に通うことで、その個室という雰囲気が好きだからだろう、
もちろん、女性と二人きりの部屋ということもあるが、待合室で待っている時間、そして、久しぶりに会ったその時のリアクション、すべてが新鮮だった。
実は、たまに、初めての女の子を指名することもある。別の店でのことなのだが、それは、
「オキニにバレたくない」
という思いもあるが、それよりも、
「他のまったく知らない店で、一から新鮮に知り合いたい」
という思いがあるからだ、
その時は、店に行く前から、店についてからも、そして待合室の時間であっても、そのすべてが新鮮で、待っている間でも、待たされているという感情ではなく、楽しみを感じているという待ち方をしていると、それこそが新鮮だというものである。
だから、最近の勝沢は、
「新鮮」
という言葉を、やたら使い始めた。
それは、心地よい気持ちを総称していう時であったり、曖昧な気持ちを表す時、そして、自分でどう表現していいか分からない時にも使えるという意味で、
「便利で都合のいい表現」
だと言えるだろう。
しかし、そんな言い訳じみた意味ではなく、本当に、
「新鮮という言葉自体が新鮮なんだ」
という、まるで禅問答なのか、笑い話なのかと思えるような、どちらとも取れるという意味で、幅広いというところに結局戻ってくるという、
「魔法のような言葉だ」
といえるのではないだろうか?
そういう意味でも、彼は、新鮮という言葉が好きだった。
そんな彼女が話していたのは、ある意味、
「ビックリな告白」
であった、
それを言い方を変えると、
「カミングアウト」
とでもいうのだろうか、彼女のカミングアウトは、
「私ってレズだったのよ」
ということであった。
レズというと、
「百合」
という言葉でも表されるし、
「ルナ」
という言葉でも表されるという。
「そうか、そういうことで、君は、ルナだったんだね?」
と、勝沢は納得した。
彼女も、勝沢なら気づくだろうということを最初から分かっていたのか、それを言われて、ニンマリと笑顔で応じたのだった。
「ええ、そう。お察しの通り、レズの隠語である、ルナという言葉を私は源氏名に使った。ひょっとすると、ゆりだったり、ルナという源氏名を使っている人の中には、同じことを考えている人が多いかも知れないわね。もっとも、自分から源氏名を選べる人で、最初から店で決められる人は、そうもいかないでしょうけどね」
といって微笑んでいた。
「どうして、それを今の僕にいうんだい?」
と聞くと、
「だって、あなたなら、きっと私のことをすぐにわかるだろうと思ってね。あなたに見透かされるくらいなら、こっちからさっさと明かした方がいいもの。これはあなたとの間の一種の知恵比べのようなものよ」
と、今度は怪しく笑った。
なるほど、ルナという女は、客とキャストというだけではなく、たまに、挑戦的なところがあった。
「私はね。あなたのような知的な男性を見ると、挑戦してみたくなるの。それは知的センスを争ってみたいというのか、私の抵抗のようなものというのか、あなたになら分かってもらえると思っているわ」
確かにルナが挑戦的なところがあるのは前から分かっていた。
その挑戦的なところというのがどういうことなのか、正直ハッキリと言えるところではなかったが、ルナの身体の相性も、どこか、ルナがこちらに合わせているようで、時々、身体をくねらせて、抗っているように感じた。
これが、他の女であれば、じらして、こちらを挑発しているかのように見えるのだが、ルナは、抗って見えたのだ。
それがどこから来るのか分からなかった。ルナという女性は、挑発はしてきても、抗うことはないと思っていたので、その態度は正反対だった。
しかし、彼女がレズだと分かると、どこか、勝沢に対して、オンナにはありえない反応があり、それが抗うことを示していると感じていたのだろう。
レズといっても、男を受け付けないという人ばかりではない。ルナのように、二刀流もいるのだ。
しかも、ルナの場合は、仕事上。男を受け入れているだけだというわけではない。もし。そうであれば、きっと最初から、オンナがレズであるということは、勝沢くらいになれば分かるというものだ。
勝沢にとって、
「レズの女性と絡むのは初めてだが、それが風俗嬢というのは実に俺らしい。なぜなら、俺が風俗嬢以外の女を相手にしないからだ」
という分かり切っていることを思い出させた。
それだけに、ルナからすれば、カミングアウトだったのかも知れないが、勝沢からすれば、カミングアウトでも何でもない。
「俺が、風俗嬢だけしか相手にしないという方が、ある意味よほどのカミングアウトなのかも知れない」
と感じるほどだった。
そのことを、ルナは知る由もないのだろう。
今までの、レズ経験について、話し始めた。限られた時間内ではあったが、何度も相手をしてもらっている相手、その彼女のカミングアウトであれば、限られた時間など、関係ないと、勝沢は思うのだった。
ルナは表記上の年齢は、25歳だった。
ということは、
「大体、30歳残後うらいだろうな」
と、勝沢は感じていた。
店にも、嬢にもよるだろうが、
「大体公表年齢の5歳くらいは上だろう」
と思っていた、
ルナの落ち着きを見ていると、30代と言われても十分な気がしているし、話をしていて、時々年齢を匂わせる会話では、30代でなければ分からないような話も出ていたからだった。
勝沢は、あまり、嬢の実年齢にこだわっているわけではない。ただ、気になるとすれば、会話を合わせたいと思う時、大体の年齢を知っている方が便利だと感じる。そういう意味で、ルナとの会話で30代を匂わせるのを感じたので、30代に合わせたような会話をしていたのだ。
それに、35歳近くの勝沢からすれば、25歳と言えば、世代がひと昔違う、会話が10歳違いと5歳違いということの違いが分かっていれば、話の仕方も変わってくるというものだ。
勝沢が、相手の女の子の年齢を気にしない人間だということを、ルナの方も分かっているので、敢えて、年齢を隠そうとはしない。しかし、自分から敢えて、年齢を明かすようなことをしないのも、ルナという女の魅力の一つなのだと思うのだった。
彼女は、どちらかというと、そのさりげない態度で、相手に気を遣わせないようにしているというのが見て取れた。
そのことは、勝沢も分かっているので、その気持ちが、恰幅の大きさを感じさせ、気持ちいいくらいに、相性が合うと感じていたのだった。
そんなルナがレズに最初に嵌ったのは、大学時代だというから、もう、20年近くも前のことだろう。
「私ね。元々、レズの気があったと思うの。それを先輩に見抜かれたのよね」
というではなにか?」
「どうして分かったんだろうね?」
と聞くと、
「どうやら、私は、隠し方が下手というか、露骨に見えたらしいの。レズを隠そうとして、必死に、男性に媚を売っている姿を見ると、その健気な様子が、却って滑稽だったって、言われたわ」
という、
「それがレズの相手だったと?」
「ええ、最初に教えてくれた人。その人がいうには、素質があるっていうのよ。私には、何がなんだかわかっていなかったのね。正直自分ではレズだとは、その時感じていたわけではなかったからね」
という。
「その人がルナにとっての、いわゆる先生だったわけだね?」
と聞くと、
「ええ、そうね、だけど、その人は精神的な先生だったって言えるわね、あの人は決して、私を開発しようとはしなかった。しかも、レズだということを看破したくせに、その後はしばらく、レズについての話題を一切出さなかった。私としては、言われれば気になるじゃない? でも、一切触れようとしないから、却って気持ち悪いわけよ、そのくせ、その時から私に対しての視線がすごいの、だけど、それは私の勘違いだったのね」
というではないか。
「どういうことなんだい?」
と聞くと、
「その視線は、私の被害妄想だったの、別にその人は私をオンナとして見ていたわけではないのよ。それよりお、女性として見ていたというのかしら? その発想が私の中の隠れていた、女性に対しての女の部分を引き出すことになったのね、今でも、その時のその人の視線が私のレズ性を引き出したのが、本当にその人の死戦だったのかどうか分からないんだけどね。でも、私はそう信じているし、そう信じたいというところかしらね?」
とルナは言った。
「ルナが、その話を今しているということは、その時の答えが、最近になって分かってきたからだと思ってもいいのかい?」
と聞くと、
「ええ、そうなの。今までにいろいろな女性とレズをしてきたけど、最近になって、私を顧みることをさせてくれる人が現れたことで、自分でも、今までにない何かが現れたということを感じたのね」
というのだ。
その時から、自分では、
「レズに目覚めた」
と思っていた。
しかし、自分が、
「タチなのかネコなのか?」
どちらなのか分からないということだった。
レズビアン用語では、
「タチというのが、責める役」
そして、
「ネコというのが責められる役だ」
ということで、最初はいろいろ試してみたが、分かったこととしては、
「自分が相手によって、タチにもネコにもなれる」
ということであった。
それを知った時、一瞬不安がよぎった。それは、
「自分が器用貧乏で、どちらも行けることで、最終的に中途半端に終わってしまい、結局パートナーを見つけられ会いのではないか?」
ということであった。
実際に、それまで身体を重ねてきた、レズの相手からは、
「あなたとは、ペアになれる気がしないの」
と言われ、一抹の寂しさを感じさせられてきた。
だから、自分が与える方であっても、与えられる方であっても、徹することができないのであれば、
「この先、レズとして生きていくことは、自分でいばらの道に足を突っ込むようなものではないか?」
と感じてしまうと思うのだった。
そのせいで、レズということに気づかせてくれた、大学時代の先輩を、憎むことすらあった。
「あの時、私の余計なことを言わなければ、私がこんない悩むことはなかったおに」
と感じたからである。
しかし、その考えが一番いけないのだった。
そもそも、人に言われたからといって、それは気づかせてくれただけのことであって、自分だって、そのことに感謝こそすれ、怒るなどということはなかったではないか。
もし、あの時、
「余計なことを言われた」
と思ったのだとすれば、少しは、
「あんなこと言わなければ、こんな気持ちになどなるわけはない」
と思ったものだ。
だが、その時の気持ちがあるから、今回自分の性癖が分かったことで、自分が器用貧乏だと思ったのだ。そうでなければ、もう少し楽観的に考えるだろう。
「楽観的に考えることが、レズの深みに嵌るということを、自ら知ったのだ」
とルナは自覚したのだった。
かといって、ポジティブに考えることが、いいというわけではない。
ポジティブと、楽天的という言葉は意味としては似てはいるが、若干違っている。ネガティブならまだいいのだが、楽天的だということであれば、躁鬱症の躁状態のようであり、ハッキリと前が見えていない状態であり、下手をすれば、
「遠くの方は見えているのかも知れないが、目の前のことに気づくことはない」
というような、前述の、
「灯台下暗し」
と同じになってしまうのではないだろうか?
つまり、
「まわりのことは分かったとしても、自分のことだけは、どうしても分からない」
というような感じになりはしないかということである。
しかも、自分がレズであるということを知らされたのは、自分で自覚したわけではなく、まわりから言われたのだ。
普通であれば、人への助言というのは、あまりしないのが世の中なのに、敢えていうということは、それだけ、ルナのことが、気になったのか、心配に感じたのか、そのどちらかなのであろう。
そんな、迷走を繰り返している時、ルナの前に現れた女性がいた。
彼女は、同じレズだったが、完全にネコだったという。ただ、ネコというのはレズの間だけであり、実際に、女の子同志として話をしている時などは、完全に相手の女の子が主導権を握っていたという。
だからこそ、その女性がいうには、
「そんなに、タチだネコだといってこだわる必要なんかないのよ、あくまでも、お互いの相性がどのように合うかどうかというところが問題なだけなんだからね」
と言われたという。
確かに、普段と行為の中で、これほど、豹変するといってもいいほどに変わってしまう相手も珍しい。彼女を知り合うまでも、回数はかなり少なかったが、レズを求めていたことは確かなようで、実は、地下でやっているレズのお店というのがあり、そこでは、ルナのような自分を分からない人が集まってきては、行為を行ったり、パートナーを探したりしていた。
元々はバーのようなところで、
「なぜかうちには、引き寄せられるように、レズのお客さんが来るようになったの。だから、地下で、レズを救済するようなこともしているのよね。あくまでも合法ではないだろうから、地下ということね」
といっていた。
当然届けているわけでもないし、ただ、風営法に則った形をとっているので、大っぴらに違法だとは言い切れないだろうが、曖昧なところで、
「疑わしきは罰せず:
ということで、違法行為にならずに、営業ができているのだが、
「類は友を呼ぶ」
というのか、オーナーがレズということもあって、
「レズが集まってくる」
ということで、裏の世界では有名だったようだ。
「だけどね。来る人たちは皆、そんな話も、うちがレズビアンを地下で奨励しているということも知らずに来るのよ。本当に偶然なんでしょうけど、何か引き付けるものがあるのかも知れないわね」
というのであった。
ちなみに、地下というのは、
「BFでやっている」
という意味ではなく、
「地下アイドル」
というような、インディーズ的な意味で、地下と呼んでいるだけで、
「埋もれていて、表に出せない」
という意味が大きいのかも知れない。
そもそも、地下アイドルなどという言葉、どこの誰が言い出したというのか、本来はそういう意味ではなかったはず。
地下アイドルというのは、
「当時、アイドルが多様化してきて、何でもできるという触れ込みが多くなったことで、単純に、昔のような純粋なアイドルのことを、地下アイドルと呼んでいただけだったのである」
と言われている。
つまり、
「野球などのスポーツでいう2軍というイメージとは、違っていて、
「今と違い、原点に戻って考えた」
ということで、使われるようになった言葉だったのだ。
もちろん、
「2軍」
あるいは、
「予備軍」
という言葉の意味が含まれているということなのだろうが、
「物はいいよう」
というのか、しかし、問題は本人たちだけではなく、まわりも皆が、
「予備軍」
のように思っているのは間違いないようなので、定着するまでに時間が掛からなかったのは間違いないだろう。
それだけ、
「地下」
という言葉には、暗く、冷たいというイメージが定着しているということになるのだろう。
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