二、三四人目 幸せなサラリーマン前半

 おっさんが去った後、僕は3万を左にあった棚にしまった。

そうして僕は皿を洗ったりとか言葉にするだけでつまらない作業を行った。

「昔は何をしても楽しかったんだけどなぁ」

腰の辺りにある、キッチンで作業しながら小言を言っていると

 「大将やってる?」

若い男性がのれんを潜って入ってきた。

スーツを着て、手には鞄を持った男性でネクタイが少しずれていた。

男は言った。

 「これ言うのが夢だったんですよね。」

男は嬉しそうに話していたが彼の体に溜まっている疲れは彼の感情よりも

遥かに感じ取りやすかった。

 「いらっしゃい!」

彼があまりにも嬉しそうにしていたので、こちらも釣られて

いつもよりも少し張り切って返した。

 「かなり暗くなってきましたね。」

僕はそう言いながら、カウンター上にあったランタンに火を灯した。

 「おまけに、こんなに寒いなんて笑えないですよ。

 あっ、ビールを一つ」

彼がそれを話しているのを聞きながら、用意していたおつまみを

彼の前に置いた。

 「頼んでないですよ」

彼は少し驚いたように僕に言った。

 「サービスですよ、ほら朝マックってあるでしょ?

  そんな感じですよ。名付けて会社お疲れ様サービス」

僕はそう答えた、そして注文されたビールを彼の前に置く

 「ひどい、ネーミングセンスですね」

ビールを飲みながら笑って彼が答えた。

ランタンの放つ暖かい光が二人を照らす

 「社会に出て、最初の年の感想はどうですか?」

まな板の上にある具材を切りながら僕は彼に質問した。

彼は少し震えた声で

 「とっても疲れました」

そして、僕は切った具材を鍋にいれながら彼の言葉に続けた。

 「わかりますよ、その気持ち。」

彼は僕のその言葉を聞いて安心したのか、話しを続けた。

 「僕、小さい頃は信じてたんですよ。

 きっと社会に出たら自分の過去から解放されるって、

 みんな僕を中身で見てくれるって、そう信じてたんですよ。」

彼の声は少し感情的にそして悲しそうになっていく

 「でも違った、むしろ昔の方が仲間がいて楽しかった、

 今なんてただただ毎日疲れて、疲れてそれの繰り返しですよ。」

彼の声は感情の揺れを表すように震えていた。

僕は彼の辛い毎日の片鱗を見せられた気がする。

しばらくの間、揺れる炎の光の揺れが感じ取れる。

そしてやっと僕は口を開けた。

数多ある言葉の中から彼を傷けない言葉を選ぶのは

無理だった、だけど彼がこの間を辛いことを思い返す時間に使わない

ようにするためには、何かを言うしかなかった。

 「よく、頑張ったよ。

 僕なんかが理解できないほど。」

僕は鍋の中にあるものを混ぜながら間をなるべく開けないように話した、

彼が話さなくてもいいように。

 「疲れは雷なんですよ、逃げ場がないと移った先の物体を

 壊しかねない· · ·」

僕が続きを話そうとしたら

 「じゃあ、避雷針をつくればいいんですか?」

彼が遮る、しかしその声は全然聞き取れるような声の大きさ

じゃなかった。

 「その通りです、だから無理しないでください、それでもやはり

 溜め込んでしまったなら、うちにきてください。

 満足のいくまで話しを聞きますよ。」

僕が続けた、ふと彼の方を見ると彼は頭を机に置いた手の上にのせて

丸くなって寝ていた。

本当に疲れてるんだな。

 僕はさっきまで鍋で煮込んでいた具材を取り出しそれをスープ用の

弁当箱に入れた。

そして左の棚の三万の一個上の引き出しから

うちの店のシールを取り出し貼った。そのシールには僕の連絡先と

{会社お疲れ様サービス}と言う文字が書いてある。

しばらく、ランタンの炎を眺めて考え事をした。

そして自分の気持ちの整理がついて余裕が出来たので、周りの

様子を屋台の横から見た。

夜の町はここからが本番のようで、さっきよりも賑やかになっていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして、暗くなったことでより一層ネオンのギラギラとした光を感じ取れる時間帯になった。

 「こんな賑やかになるんだな」

自分の変わってしまった故郷にこんなにも人が集まり、

賑やかな夜を演出する。

それを演出する人が皆幸せなら僕は自分の故郷がもっと好きになった

だろうに、そう思っていた。

 しかし、思った以上に人が居たのでどうせならここで

また昔のように屋台と向き合うことに決めた。

そこから、いろいろの具材を切ったり皿を洗ったりレシピの確認

などなどを行った。

 「こんばんはー」

少しガラガラして低い声の男がのれんを潜って入ってきた。

 「いらっしゃい」

僕は返した。

 「いやー、近頃こういう移動屋台が恋しくになりますな」

彼は穏やかな笑顔をこちらに見せながらさっきの人の横に座った。

 「ほら、辻くん入っておいで」

 「こんばんは」

辻と呼ばれた男がのれんを別けて入ってきた。

 「お二人はどういった関係何ですか?」 

僕は辻さんが座ろうとしてる時に聞いた。

 「飲みに誘ったんですよ、部下を」

男は穏やかな声で言った。

 「よろしくお願いします」

男は、愛想よく僕に言った。

 「では、そこにある鍋をくださいな。」

この人からは年相応の余裕を感じられる。

 「あれ、佐々木じゃん!」

寝ている男に向かって辻さんは少し大きい声で言った。

 「こら、辻くん」

年配の男性が焦ったように言った。

そして佐々木君は目を擦りながら丸くなっていた背筋を

伸ばしたあとに言った

 「あっ、部長と辻さん」

少し驚いたように言った。

 「飲みに行くなら、一緒に来ればよかったのに」

辻さんは少し明るくどこか軽んじているようにそういった。

僕は少し腹がたった。

 「すみません部長、辻さん」

元気がない声で佐々木さんは言った。

 「気にしないでよ、今日は金曜日だからね。

  人それぞれやりたいこと有るだろうし。」

部長さんはそういった。

 「いやいや、先に帰ったんですよ?僕たちよりも、部長よりも先に!」

なんとも言えない気持ちはこういう気持ちなのか。

 「まあまあ、いいじゃないか、今日は飲もう

 ビールをください、佐々木君はどうする?」

部長さんは右にいる佐々木君の方を見て言った。

僕は頼まれた、鍋の中から具材を取り出しそれに少しの汁をかけて

部長さんの前に置いた。

 「じゃあ、僕もお願いします」

少し元気が出たのか声が明るくなっていた。

 「という事なので、ビールを3杯ください」

部長さんはこちらに振り返ってから言った。

 「わかりました!」

僕はそう言いながら、部長さんと辻さんの前におつまみを置いた。

 「ごめんね佐々木くん、部長だからって

 無理に付き合う必要は無いんだよ?」

 「いえいえ、いつもお世話になってますから

 久しぶりに話す機会が出来て、むしろ嬉しい限りです!」

僕はビールを注ぎながらその話しを聞いていた。

佐々木くんの顔は見えないが、きっと笑顔なんだろうなと

親でもないのにそう思った。

 「てか、部長聞きました?」

ずっと静かだった辻さんが言った。

 「というと?」

 「最近、魚どもの被害が急増してるらしいですよ。」

その瞬間炎の音がランタンのガラス越しに聞こえる程に

場は静かになった気がした…。

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