第246話 この声

 よし!よし!

 やっと一撃らしい一撃が入った。


 ジュピタは残った腕で片腕を押さえ、顔を歪めている。


 『木神』は、肩を上下に動かすほど呼吸を荒くしている。


「そんなんじゃ、せっかくの双剣の意味が無いな」


「……」


 自分よりも実力が下の相手に対して舐めプなどをしているからこうなるのだ。悔しすぎて反論すらできないか。


「どんな気持ちだ?あれだけ馬鹿にしてきた相手にこうして致命傷を与えられるのは」


「……くくっ。はっはっは!たかが腕を一本斬り落としたくらいでよくもまあそんなに威張れるなぁ!」


 確実に劣勢になったというのに、どうしてこんなに余裕をこいていられる?


 ジュピタは双剣の一本を抜き、なおも戦闘態勢に入っている。斬られた腕からは血がボタボタと落ちているが、もう表情はさっきと同様の余裕の表情に戻っている。


 不気味だ。普通、腕が一本ない状態でこんな顔してられないぞ。ラルタリオンくらいだろ、そんな奴。


 攻められる前に、攻めるーーー!


「ーーー僕がまだ本気を出していないことを、君は理解しているのかい?」


「ーーー」


 俺が動き出そうとした時には、もう既にジュピタは俺の眼前にいた。


 そして、目にも留まらぬ速さで剣撃を繰り出した。


 俺の腹から血飛沫が飛び散る。致命傷は免れているが、もちろん痛みは健在だ。


 更に、さっきと同じように校舎側へーーー


 ではなく、俺は真上に蹴り上げられた。


 斬られた腹を蹴り上げられ、更なる痛みが俺を襲う。地上がどんどん離れていき、体は宙を舞う。


「ーーーははっ!」


 ジュピタの高らかな笑い声を俺の鼓膜が捉えた瞬間に、今度は背中から叩き落とされる。今度はどんどん地上が近付いてくる。


 俺はとっさに魔術を放ち、衝撃を緩和しようと試みる。


 が、真下には剣を持ったジュピタ。このままでは串刺しにされてしまう。


 俺は魔術を放つことから剣でジュピタの構えている剣を受け流しつつ着地することにした。


 上手く受け流すことに成功し、着地することもできた。幸いにも最悪の事態は避けることが出来た。


「ごめんね。君は確かな実力を持っている。手加減をするに相応しくない人間であることは認めよう。

 ーーーまあでも、僕が本気を出せば君はすぐに死んでしまうけどね」


 その言葉が聞こえた途端、体が動かなくなった。


 ーーーさっきの攻撃が来る!


 と思った時にはもう遅い。

 先程よりも金縛りの継続時間は短かった。これは何を意味するか。


「か、は……」


 『時と共に心臓を止めた攻撃』だと言う俺の推測が正しければ、止める時間が短ければ短いほど、攻撃側の心臓への負担は軽くなる。


 自分は苦しまずとも、相手に攻撃をできるのだ。さっきのこの攻撃はやはり、俺に対する『舐めプ』だったと捉えていいだろう。


 第六位の『木神』の本気の攻撃をモロに食らった俺は、膝から崩れるように倒れた。


「さて……もう十分だろう。君はよくやったよ。第六位の僕に対してここまでやったのは、『剣帝』と『魔女』くらいだった。まあさすがにあの二人の方が強かったけど、君もなかなかのものだったよ」


「ーーー」


 今の一撃……いや、今の連撃は、多分致命傷になっている。


 モノクロの視界が徐々に黒一色になってきている。ここにきて疲労も襲ってくるっていうのか。


 『鳳凰剣』を握り直そうと目の前の剣に手を伸ばすが、届かない。体がほとんど動かない。


 クソ……あと少しだったのに……!


「終わりにしよう、『稲光』。あの世で父親と仲良くやるといい」


 ……そうか。『剣王』は『九星』の使者だったか。

 『剣帝』ルドルフが死んだことも、もう既に情報が渡っているんだろう。


 もうどうしようもない。体は接着剤で地面にくっついているかのように微動だにしない。


「……ああ。最後に何か言い残しておきたいことはあるかい?ソルに伝えておくよ」


「ーーー」


 どうしてこいつは片腕を失くしているのにこんなにピンピンなんだ。どれだけタフなやつなんだよ。


 ……ロトアと最後に顔を合わせたのは、アラキアに向かう時に家から見送ってくれた時だ。


 ロトアだって、リベラだって、エリーゼだって、未だにどこにいるのか、そもそも生きているのかすら分からない。俺は、アレック以外の誰とも再会出来ずに終わってしまうのか。


 俺が死んだら、学院は壊滅し、そして最悪この街ごと破壊されてしまうだろう。趣味の悪い『九星』のことだから、腕を失った腹いせにこれくらいはするはずだ。


「……何も無いなら、今度こそ終わりにしよう」


 頑張ってくれ、アレック、ナディア、ロレッタ、アーシャ。お前ら特待生で、少しでも時間を稼いでくれ。ごめん。


 これまでに、俺は何度も死にかけた。その度に運良く助かっていたが、こんな状況では誰も助けになど来れまい。


 色んな人の顔が浮かぶ。人生で何度も走馬灯を見るなんてことはそうそうないはずなんだが。


「ーーー」


 ジュピタは剣の剣先を俺の心臓の真上にトンと置き、


「じゃあね、稲光くん」


「ーーー」


「『剣帝』によろしくねーーー」


「ーーーうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 その剣先が俺の胸を貫く寸前、ジュピタの握っていた剣は音を立てて飛んで行った。


 どこか聞き覚えのある女性の声と共に。


「お、お前……どうやってこの空間の中に……」


「ーーー気合と根性って感じかしらね」


 誰だ。喋り方的にロレッタか?あまり耳も聞こえなくなってきているから判別が難しい。

 いや、中にいる人間が動けるはずがない。時が止まっているのだから。


 となると、外部からの助けが来たのか?しかしどうやってあの硬いドームを破ったんだ?


「……邪魔をしないで欲しいなぁ。そもそも君は誰なんだい?もしかしてこの男の仲間なのか?」


「……ま、そんなところね」


 俺は僅かに動く顔を少しだけ動かし、上を見上げる。


 俺は、目を見開いた。


 赤く、ボサっとした長い髪。綺麗なボディラインに、凛々しい顔。そして、ロレッタによく似たこの口調。


「待たせたわね、ベル」


 間違いない。この声はーーー


「ーーーあたしはエリーゼ・グレイス。火流神級剣士にして、現『剣神』リベラータ・アンデルの一番弟子よ」


 俺の、最愛の人間であった。

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