第247話 逃走

「エ、リーゼ……」


「セレスティア!ベルに治癒魔術をかけなさい!」


「分かった!」


 セレスティアと呼ばれたもう一人の女性が俺の元へ駆け付け、治癒魔術を施してくれている。


 セレスティアに運ばれて校舎の壁にもたれるようにして倒れた俺は、エリーゼの方を見る。


 エリーゼは、最後に見た時からかなり成長していた。


 背もすらっと高く伸びており、少しだけ丸みを帯びていた体はキュッと引き締まり、豊満に実った二つのメロンがくびれによって引き立っている。


「……へえ。剣神の弟子か。それは期待が出来そうだーーー」


「ーーー喋らないで」


 エリーゼは物凄い速さで動き、ジュピタを切り刻んだ。


 何だ今のは。全く見えなかったんだが。


「ゲホッ、ゲホッ……」


「……ベルに手を出すようなクソ男は、絶対に許さないわ。あんたが死んでも殺してやる」


 死んでも殺すって……オーバーキルってことか?恐ろしいことを言うようになったな、エリーゼ……


 いや、普通に『エリーゼ』って言ってるが、どうしてエリーゼはこんなところにいる?


 今さっき、『現『剣神』リベラータ・アンデルの一番弟子』って言っていた。リベラータっていうのは、もしかしてあのリベラのことなのか?


 剣神の弟子ってことは、エリーゼは『剣神道場』の剣士だってことか?ということは、このセレスティアって人もそうなのか?


 色々疑問が浮かぶが、今はそんなに野暮なことは考えていられない。……いや、決して野暮なことでは無いんだが。


「死んでも殺す、か。それなら、僕が死ぬ前に君を殺してあげるよ」


「ーーー」


 まずい。エリーゼの動きが止まった。あの攻撃でエリーゼを斬るつもりだ。


「セレスティアさん……!早く行って……!」


「え?でも……」


「ーーー早く行け!エリーゼが死ぬ!」


 セレスティアは俺の叫びを聞いて、とっさにエリーゼとジュピタの所へ飛んで行った。


 ゆっくりとエリーゼに近づくジュピタに、セレスティアは剣を抜いて襲いかかる。


「がっ!」


 セレスティアの突撃により、ジュピタは吹き飛ばされた。それと同時に、エリーゼは再び自由を手にした。


 危なかった……俺が叫ばなければ、エリーゼは今頃肉片になっているところだった。


 セレスティアがかけてくれた治癒魔術は少しだったが、さっきよりは幾分マシだ。体が少しは動くくらいには回復した。


「次から次に邪魔を……!」


 ジュピタは顔を歪めて怒りを顕にする。まあ、獲物を仕留め損なえばそりゃイライラもするだろう。


 エリーゼとセレスティアは横に並び立ち、ジュピタを迎え撃つ体勢に入る。


「あたしはこの場にいる誰も死なせるつもりは無いわ。あぁ、あんたを除いてだけどね」

 

「……中々面白い冗談を言ってくれるじゃないか、女。……だけどね」


 ジュピタは、俺の視界から一瞬外れた。


 そして、突然俺の目の前に現れた。


「ーーー君たちに興味はないんだ。殺すのは、この男だけでいいからね」


 ジュピタは不気味で不敵な笑みを浮かべる。手に握っていた剣は双方バラバラに散らばっており、ジュピタは何も持たず、ただ拳を握っている。


 ーーーそして、ジュピタは俺の胸のあたりを、その拳で貫いた。


「ーーーぁ」


「「ーーーっ!」」


 声にならない叫びをあげ、全身から力が抜ける。


 ジュピタの腕は、俺の胸を貫通したのだ。


「じゃあ、今度こそさよなら、稲光。改めて、『剣帝』によろしくね」


 ジュピタは腕をスっと抜くと、そのまま逃げるようにして走っていった。

 否、逃走したのだ。


 人数不利、そして総合力で劣っていると判断したジュピタは、逃走という選択を取ったのだ。


 その中で、せめて一番の獲物だけでも仕留めておこうと、二人が気を逸らしている間に俺にトドメを刺しに来たのだろう。


「……っ!」


 エリーゼは弩に弾かれたかのようにサッと動き、ジュピタの残していった剣を拾い上げた。


 そして、エリーゼは狙いを定め、それを逃走して行ったジュピタに思い切り投げた。


「ーーーああああああああああああ!」


 エリーゼは、逃げていったジュピタに向かってそう叫んだ。


 視界が少しづつ暗くなっていく。耳も少しづつ聞こえなくなっていく。


 エリーゼとセレスティアがこちらにやってくるのは確認できるが、声はあまり聞こえない。


 もう一人、別の女性が来たのも見えた。が、やはり声はあまり聞き取れない。


「ーーー!ーーール!」


「ーーー」


 ダメだ。目を開こうとしても勝手に閉じていく。脳の命令を聞いてくれない。


「ーーーか!ーーール!」


「ーーール!ーーがい!ーーないで!」


 俺は二つの聞き覚えのある女性の声を聞きながら、ゆっくりと、目を閉じた。

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