第245話 『時』と『心臓』
「面倒な奴め……!」
「俺は生憎、『潔さ』を母さんの腹の中に置いてきたから、そう簡単に諦めるなんてことはない。残念だったな」
正直、自分でも驚くほどのスピードで動けた。まさかここまでとは。
恐らく、従来の雷脚とは比にならないくらいの速さだ。これだけ速く動ければ、一瞬だけでも相手を圧倒できるかもしれない。
もう一度ーーー、
「ふっ!」
雷脚の時よりも遥かに大きな轟音が響き渡る。このモノクロ状態のドームの外まで響いているのかは分からないが、自分で使っていて鼓膜が破れそうなくらいの音だ。
鳳凰剣を振りかぶり、ジュピタの首を狙う。
火流の魔力を込め、首を捉えようとする。
だがーーー、
「……くっ!」
「無駄だって言ってるだろう」
またこれだ。また金属のような硬さで俺の攻撃を弾いた。
普通、体に当たった剣が金属音をあげることなどない。というか、体に当たるとかいう表現はあまりしない。
素早い動きで俺に反撃してくるジュピタ。俺は剣で辛うじて受けたが、あまりの勢いに吹き飛ばされた。
すぐに体勢を立て直し、もう一度ジュピタに『炎雷脚』を使う。
が、使うどころか立て直すことすらできない。
何だ、これは。どうなってる?
体が動かない。金縛りにあっているかのように、意識だけがある状態。首から下……いや、首も動かない。動くのは眼球のみだ。
体に力を入れようと試みても、全くダメだ。
『木神』はゆっくりと俺の方へ歩いてくる。背中にしまってある双剣を片方だけ抜き出し、それを握る。
不敵な笑みを浮かべ、そして、俺の目の前から消えた。
「ーーー!」
やっと解放されたーーー
「ーーーぁ」
瞬間、身体中に激痛が走った。
肉が斬れた音がした。
確かに解放はされた。手も足も動くし、首も動く。ただ、激痛だけが遅れてやってきた。
そして何より、息が苦しい。まるで今の今まで呼吸をしていなかったかのように。
ーーーいや、俺は多分、今の今まで呼吸をしていやかった。していた感覚がない。
「はぁ……はぁ……!」
何が起きたのか理解できない。あるのは痛みと苦しさのみ。
それとーーー
「ーーーはぁ……はぁ……」
ジュピタも息を切らしているのだ。
この空間には俺とこいつだけ。この痛みと苦しさの元凶はジュピタ以外の誰の仕業でもない。
俺に攻撃をすることが可能なのはジュピタのみ。そのジュピタが息を切らしている。これまでの戦いで一度も苦しそうな素振りを見せなかったジュピタがこうなっているのだ。何かと関係があるのかもしれない。
「はぁっ!」
「くっ……!」
ジュピタに鳳凰剣を振りかざし、再度首を狙う。
流石の反応速度でまたも弾かれるが、未だ苦しそうな表情を見せるジュピタ。
畳み掛けるなら今しかない。
剣を片手に握り、もう片方の手で魔術を放つ。魔術を放った瞬間に急加速し、放った魔術に追いつく意識で脚を回転させる。
「あぁぁぁぁぁあ!」
渾身の一撃は、尽く弾かれてしまった。金属音が鳴り響き、まるで大きな岩に向かって剣を振り抜いたかのように腕全体に痺れがきた。
剣の攻撃は効かなかった。がーーー、
「……っ!」
追いつく意識で突っ込んだつもりが、俺は魔術を追い越していた。
後から遅れて来た魔術はジュピタの顔面の僅かに右を掠めた。
結果として魔術も剣術も失敗に終わった。もう切れるカードは残り少ない。
「ーーー」
しかし、一つだけ得たものがある。
「ーーー」
俺は攻撃の速度を上げ、全ての攻撃を命中させることに集中した。
ちぎれそうな腕を死ぬ気で回転させ、鳳凰剣をこれでもかというほどジュピタの体に振りまくる。
もちろん、その全ては無効化されている。手応えなんて全くといっていいほどなく、代わりに金属音だけが鳴り響く。
だが、それでいいのだ。
「ーーー」
ジュピタは反撃をしてこない。俺の攻撃を防ぐのに精一杯だからだ。
一進一退の攻防……というより、一進五退くらいの比率だったが、ジュピタは俺が一度攻撃をする度に俺に倍以上の威力と回数で反撃をしてきた。
攻撃が効かないというのは、今となってはもうどうだっていい。反撃をされなければ。
「ーーー」
俺はジュピタの表情を見る。その表情は、俺がこうして激しい連撃をし始める前から全く変わっていない。
そう、全く変わっていないのだ。
「ーーーくぅっ……!」
止まりそうになる腕を奮起させ、尚も俺は攻撃を続ける。
ジュピタは恐らく、というよりほぼ確実に、『時』を操ることが出来る。
このドームに包まれてから、学院内にいる生徒たちの動きは完全に停止した。そしてその証拠に、学院のシンボルである大きな時計台の時計が動いていないのだ。
そして、さっきの金縛りのようなもの。あれもそうだろう。空間内の俺とジュピタ以外の時間を停止させていたジュピタは、俺の時間までもを停止させたのだ。
俺が息苦しくなった理由。それは、時間と共に俺の心臓も停止していたからだと思う。約五秒間だけ、心臓が停止していたのだ。
それと同じ考え方をすれば、ジュピタは攻撃を受ける際、無効化するために自分の周りの時間と自らの心臓を止めていることになる。
だから、間髪入れずに攻撃をし続ければーーー、
「くっ!」
「ふっ!」
ジュピタの表情が動いた。感情のない真顔から、先程同様苦しむような顔になった。
ジュピタは俺の目の前から一瞬で消えた。
後ろに退いたのが見えた俺は、すかさず追撃を狙う。
ーーー速度では、俺の方が勝っている!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
狙いがずれたのは誤算だ。だが、俺はーーー、
「ーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
ジュピタの片腕を、斬り落とした。
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