第244話 『炎雷脚』
ジュピタも再び双剣を抜き出し、俺の斬撃を受け止める。
キンという高い金属音が、沈黙に包まれる学院内に響き渡る。
渡り合えている……と捉えるのは早計だ。相手は明らかに本気を出していない。
素早い斬撃の合間に見えるその表情は余裕に満ちている。
ほぼ本気で戦う俺と、恐らく本来の実力の半分も出していないジュピタとでは、実力差が歴然。普通に戦えば勝ち目はない。
「っ!」
「ぐっ……!」
鋭い蹴りを食らい、校舎の外壁まで吹き飛ばされる。外壁は衝撃に耐え切れずにひび割れた。
俺は脚に魔力を全力で注ぎ、溜め、解放する。
稲妻の如く、一直線にジュピタに向かって突っ込んで行く。
『鳳凰剣』に魔力を注ぎ、振りかぶる。
「甘い」
「くあっ……!」
みぞおちにまた鋭い突きを入れられ、思わず跪く。
もちろん、殺しにかかってきている相手の前でそんな軽率な行動を取れば、
「ーーーっ!」
当然、追撃をされるに決まっている。
俺はうずくまったところを脇腹に蹴りを入れられ、再び校舎の方へ吹き飛んだ。
「抵抗しないなら、楽に終わらせてあげることだってできるけど」
「こんなところで終わらない」
「君の敗北は、戦う前から決定している。この状況を見てもそれが分からないのかい?」
本気を出さずともこの強さであるジュピタと、全力で戦ってこのザマである俺とでは、レベルが違い過ぎる。
傷だらけでボロボロの俺の体と、傷一つ……どころか、土汚れ一つついていないジュピタの体を見れば、そんなことは一目瞭然だ。
「……本気を出していないんだろ?」
「まあ、本気を出すほどの強さでは無いからね、君は」
ちっ。一言多いんだよ、こいつ。
とにかく、こいつと真っ向からやり合うこと自体が愚策なんだ。どうにかして別の戦い方で戦わないことには、この絶望的状況を打開することは出来ない。
剣術で勝負を仕掛けたところで、接近戦でも圧倒的に相手に分がある。何より、双剣というのがずるい。
俺も双剣を使う、ということは出来なくもない。『草刃』を二本作れば。だが、片手剣にしようが双剣にしようが、接近戦では勝ち目は無いのに変わりは無い。
「『炎弾』」
こうしてどれだけの魔力を込めて魔術を放ったとしても、体に直撃したところで相手の体には何の変化もない。
何かからくりがあるはずだ。それを解くことが出来れば、俺にも勝ち筋が見えてくるかもしれない。
戦っていく中でそれを見つける。それは至難の業だと言える。
しかし、それ以外に方法はない。それをやる他ないのだ。
「はあっ!」
「……」
手で攻撃を弾くこともあれば、そのまま受けることもある。無論、受けたところで無傷ではあるが。
弾くタイミングは不定期だ。特定の属性の魔術が効くというわけではなさそう。
ジュピタは拳で俺の攻撃を弾いていく。俺もそれほど速い速度で攻撃をしているわけではないからこいつも防ぐのは苦じゃなさそうだ。
「いい加減見苦しいよ。さっさと降参したらどうだい」
「ぁ……!」
声にならない嗚咽をあげて僅かに動きが鈍った。その隙をついてジュピタは俺を再び後者の方へ蹴り飛ばした。
再三校舎に激突し、その度に強い衝撃で脳が揺れる。意識が飛びそうだ。
校舎はもうヒビだらけ。校長が直してくれるだろうが、あまり傷はつけたくない。
「『稲光』。何が君をそこまで奮起させる?」
「……」
「君では僕に勝てない。それは僕も、そして君だって理解しているはずだ。それなのに、君は諦めようとしない。それは何故だい?」
「……」
諦めたくない理由はいくつもある。男として、最後まで諦めたくないという気持ちもあるし、諦めるなんて俺のプライドが許さないというのもある。
だが、一番強いのは、まだ俺はやり残したことがあるからだろう。
「もう喋ることが出来ないくらい消耗したのかい?」
「……」
俺は、まだアレック以外の誰とも再会を果たしていない。それが一番の理由だ。
リベラも、エルシアも、エリーゼも、それにロトアだって、きっ今もどこかで生きているはずだ。それなのに、俺がこんなところで死んでどうする。
俺が死んだなんて知ったら、皆はきっと悲しんでくれる。この世界に来る前は考えられなかったことだが、俺は確信している。
みんな俺のために泣いてくれると、信じている。
でも、俺のせいでみんなを泣かせるなんてことはしたくない。
「ふぅ……」
深呼吸をして、乱れた呼吸を整える。呼吸が乱れていては、自分の思い描く動きが出来ない。
そして、ゆっくりと神経を集中させる。
「……何をした?」
俺は呪文を唱えずに、『魔力集中』をしている。
俺は常にこの状態にあるが、それだけでは足りない。いくら魔力に困らなくとも、使い続ければいつかは尽きる。エネルギー切れが戦いの最中で起きたりすれば、それこそ俺の負けは確定する。
集中させた魔力は、どんどんと俺の身体の中に入ってくる。そんな感覚が駆け巡る。
「今更小細工をしようって言ったって無駄だ。君の抵抗は全て無駄になる」
「ーーー」
こいつの言っていることは真に受けちゃいない。どれだけこいつが俺に諦めるように仕向けたとしても、決して諦めることは無い。
校舎の壁に右脚の裏をつける。そして、そこに魔力を集中させる。
『鳳凰剣』を握り締め、もう一度『雷脚』の準備をする。
分かっている。俺の雷脚のスピードでは、こいつに傷を負わせることなどできないと。
それならばーーー、
「ーーー『
俺の強みを生かすしかない。
俺は昔から、合技を編み出すのが得意だった。『火雷拳』然り、『水雷刀』然り。
『炎雷脚』は、前者の感覚と似ている。身体が覚えていてくれた。
燃え盛る炎に雷が落ちれば、爆発的な反応が起こる。これは俺独自の見解だ。
しかし、あながち間違ってはいない。実際、『火雷拳』で威力が跳ね上がることは証明できていた訳だし。
今でこそ使えないものの、その爆発的な反応を利用することで、本来の速さよりも遥かに速いスピードで動くことが可能になると思ったのだ。
「うああああ!」
「くあっ……!」
そしてその俺の考えは正しかったようだ。
俺は今、初めて『木神』に一撃を入れた。
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