第243話 逆境に燃えよ

 ーーーベル視点ーーー


「はぁ、はぁ……」


「君の力はそんなものなのか?ウラヌスを殺したくらいだから少しは楽しめそうだと期待していたんだけど」


 ウラヌスを殺したのは、厳密に言えば俺ではない。勝手な期待をされてしまっては困る。


 色を失った視界。相手からはどう見えているのかは分からないが、相手の放つ魔術の属性は本当に間近に来ない限り分からない。


 自分が不利になっては意味が無いため、きっとジュピタからはちゃんと色がついて見えているのだろう。


 どの流派の魔術を放ってくるか全く分からないというのは、恐怖でしかない。

 真反対の属性の魔術で対消滅させるか躱すかが定石だが、色の判別がつかない以上、六分の一の確率に賭けるのはあまりにも無謀であり、ハイリスクだ。つまり、後者しかない。


 そしてジュピタは当然ーーー、


「ーーーっ!?」


 近接戦闘にも優れている。両手に握られている双剣を振り回して俺を切り刻もうとしてくるため、俺は『鳳凰剣』で必死に防ぐのみ。


 近くにいても離れていても、どこからでも攻撃を仕掛けることが出来るジュピタ。それは俺も同じだが、一つ一つの攻撃の威力の桁が違いすぎる。


「『雷弾サンダーショット』!」


 そして何より、ジュピタの体に直撃しているはずの魔術は全く効かないのだ。


 もう何度も直撃させている俺の魔術は、ことごとく無に帰している。


「……もう君の魔術は見飽きたよ。他にないのかい?」


「……どうしてすぐに殺そうとしない?お前の実力なら、俺なんて瞬きする間に捻り潰せるだろ」


「僕は戦うことを好んでいる。そして、人が苦しむ姿を見ることも好んでいる。つまり僕は君と戦うことで、僕は同時に二つの快感を得られるからさ」


 ……とんでもねえ異常者だな。やっぱ九星はこんな奴らばかりなんだろう。


 『海王』よりも、『天王』よりも、こいつは遥かに強い。もちろんあいつらも強かったが、正直次元が違う。


 他に戦ってくれる仲間がいればまた変わったかもしれない。しかし、この空間の中で動けるのは俺しかーーー


「……っ!」


 俺は背を向け、全速力でこのドーム状の灰色の何かからの脱出を試みた。


 中に動ける人間が誰もいないのなら、この空間を脱して外からの破壊が出来ないか。


 なんていう俺の僅かな望みは、いとも簡単に打ち砕かれた。


「クソっ!何で……っ!」


「この空間は僕が創り出した空間だ。僕が解除するほかに脱出方法はない」


 『お願いします、解除してください』なんて言って解除してもらえればいいのだが、天地がひっくり返ってもそんなことはありえない。


 このままじゃ負ける。この状況を何とかしない限り、俺の敗北は決まっているようなものだ。


 外への脱出は不可能、敵に魔術は効かない。そして誰からの助けもない。戦えるのは俺一人のみ。


 紛れもなく、これまでにない『絶望的状況』である。


「ククッ……ハッハッハッハッ!いいね、その顔!たまらないよ」


「……」


「……でも、もうそろそろ君のワンパターンな攻撃には飽きてきたんだよね」


 ジュピタは背中に一度しまった双剣を再び抜き、構えた。


 そして、衝撃波と共に俺に突っ込んでくる。


「ーーー少し早いけど、終わりにしようか、『稲光』」


 気付けば、ジュピタは耳元でそう囁いていた。


 そしてーーー、


「ごふっ……!」


 抜いたはずの双剣は背中にしまわれており、腹部に鈍い痛みを感じた。


 ただ、これは刃物で切られた時の痛みではなく、殴打による痛みだ。


 痛い。すごく痛い。血を吐くくらいだから、相当痛い。


 こういう窮地に立たされた時、俺の隣にはいつも仲間がいてくれた。

 それも、俺よりも強い人間が。


「どうした、『稲光』ぃ!」


 俺は自分では『一人でよくやれた方だろう』と自賛しているが、本当はいつだってその人に頼りっきりで、『自分がダメでも他の仲間がきっとやってくれる』という考えを持っていつも生きていた。他力本願もいいところだ。


 それは、昔のような力がなくなってからだ。


「少しは反撃をしたらどうだ?!」


「……っ!……っ!」


 全盛期の力があれば、俺は仲間に頼りっぱなしになることは無かったと思う。一人でも十分通用する実力を有していたためである。


 無論、今はそんな力はない。全盛期からは遠くかけはなれ、まるで別人になったかのようだ。


 もう一度整理しよう。外への脱出は不可能、敵に魔術は効かない。そして戦えるのは俺一人のみ。更に俺の力は全盛期には遠く及ばず、これまでいつでも隣にいた頼れる仲間もいない。


 そんなことを全て分かりきった上で、俺はーーー、


「ーーー『風炎』!」


 俺は、最後まで足掻く。


 死ぬ気なんてさらさらない。俺の敗北は、この学院、下手をすればこの大陸の壊滅を意味する。


 勝てる保証がない勝負に挑むことは無価値であり、無謀であり、無駄な労力を割くだけだ。俺はこれまで、心のどこかでそう思っていたことがあった。


 今は違う。


「何をしたっ!?」


 確実に勝てると分かりきっている勝負に挑むことこそ、なんの面白みもない。


 寧ろ、負ける可能性が一番高い勝負を覆すのが、男にとって一番燃えるのだ。


「『木神』。俺は絶対にお前に負けない」


「……」


 かつての最強剣士の形見を片手に握りしめて、俺は改めて地面を強く踏み締めた。

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