第241話 『木神』

「木、神……」


 そんなことが、あってたまるか。

 いずれ来るかもしれない襲撃に警戒しておこうと言った矢先の襲撃。


 嘘だと、言ってくれよ。『なんつって、ドッキリでした』って言ってくれよ。


「どうやってベルの居場所を突き止めた!?」


「君たちと接触のあった『使者』が伝えてくれたのさ」


 やっぱりか。予想は全くその通りだったらしい。


 戦力的にも、場所的にも、今この場で戦うというのは非常にまずい。逃げるか。


 いや、逃げると言ってもどこに逃げる場所があるってんだ?そんな場所はどこにもない。第一、確実に俺よりも速いこいつから逃げ切れるわけが無い。


 選択の余地などない。戦うしかないのだ。


「おいおい、なんの騒ぎだ?」


「大きな音がしたけど……」


「来ちゃダメだ!みんな逃げろ!」


 轟音を聞きつけた生徒たちがぞろぞろと寮から出てくる。この状況で無防備にそんな行動なんて取れば、瞬殺されてしまう。


「何でだい?いいじゃないか。君の死に様を皆に見てもらおうよ。安心して。は他の人間には危害を加えたりしない」


 ジュピタは腰に手を当ててそう言っているが、俺を殺し終えたらこの場にいる全員を皆殺しにするつもりだろう。お前の魂胆なんて丸見えなんだよ。


「ベル……」


「……やるしかねえ」


 腹は括った。言葉通り、やるしかない。


 エリーゼや、リベラ、エルシア達の顔が浮かぶ。走馬灯を見るにはまだ早いのにな。


 いいや、走馬灯なんて見るつもりはない。見る予定がない。


 俺は、常時腰に提げている、父・ルドルフの遺した『鳳凰剣』を抜き、構える。


「良いじゃん、良いじゃん。やる気に満ちたその表情。その威勢のいい顔がぐちゃぐちゃになった時が楽しみだよ」


「……顔の形変えてやるよ」


 全身に『草刃』を纏い、更に体勢を低くして構える。


「ベル!アレックーーー」


「ーーー次から次へと、邪魔ばかりされたら困るんだよ」


 聞こえたのは、アーシャの声だ。すっかり聞き慣れた、俺たちを呼ぶ声。


 その叫び声は、途中で途切れた。


「アーシャ!ねえ、アーシャ!」


「おい、あいつ何者だよ……」


「アーシャ先輩が……」


 アーシャの方を見ると、肩から胸の辺りにかけてざっくりと袈裟斬りにされていた。両断されていないのが幸いか。


 今こいつの手から出たのは何だったんだーーー


「ーーーあんた!よくもやってくれたなーーー」


「ーーー」


 ナディアの声が、またも途切れた。

 まさかと思い、恐る恐るナディアの方を見る。


 ナディアは無傷だ。同じくロレッタも。


 しかし、時間が止まったかのように皆ピタリと動かなくなった。

 俺の横で手を前に向けて構えているアレックも、ピクリとも動かなくなった。


 ジュピタの指が、パチンと鳴った瞬間から。


「……何をした」


「時間を停止させた。この学校の敷地内だけね」


 そんな魔術が存在するのか?見たことも聞いたこともなかったが。


 ジュピタは双剣を抜き、剣を振り回す。


「ーーーさて、もう邪魔をする人間が誰もいなくなったわけだ」


「ーーー」


 血気に溢れた表情。人殺しに慣れているらしい。


 こうして『九星』と対峙するのは初めてでは無いが、たった一人で挑むなんてことはこれまでには無い経験だ。


 『海王』の時にはラルタリオンが、『天王』の時にはフリーデルとリノが、隣にはいた。


 が、今回は誰もいない。

 周りに沢山の人間はいるが、動きを封じられては置物と同じだ。いないに等しい。


 俺は『鳳凰剣』、『草刃』、『雷脚』に魔力を込める。


 俺が負けたら、学院は間違いなく壊滅する。無論、ケントロンのこの街ごとやられてしまうかもしれない。


 よってたかって俺を腫れ物にしてきた生徒たちには、少なからず罰が下ってもいいと思うし、俺も何かをやり返してやりたいという気持ちはないかと言われれば否定はできない。


 だが、それとこれとは話が別だ。


 いくら俺が嫌われていようとも、俺は勝手にこいつらの命運を握る。勝手にこの街のみんなを背負う。

 いいように言えば、ざっとこんなもんだ。


 悪く、というか、良くないように言えば、ここで勝って恩を売る。


「『稲光』ベル・パノヴァ。僕は今から君を殺す」


「ーーー」


「ーーー『九星』の計画に、君という存在は異物だからね」


 ジュピタが両手を広げると、何やら上空の色がおかしくなってきた。


 色素を失い、灰色になってしまった。俺の目に何かをしたのか、はたまたこの空間に何かをしたのか。


 周りを見渡すと、ドーム状に灰色が広がっているのが確認できる。俺の目はおかしくなっていないようだ。


「準備は整った。始めようじゃないか」


 ジュピタはニタッと不気味な笑みを浮かべて、双剣の片方をクルクルと回転させるように真上に投げた。


「ーーーすぐに、決着をつけてあげようと思ったけど、せっかく邪魔者もいないわけだし、じっくりと楽しむことにしよう」


 そう言い終わる前に、ジュピタは目の前から一瞬で消えた。



 

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