第239話 ライナのテレパシー

 あれから一週間の時が流れた。


 周りからの冷酷な眼差しを受けて授業を乗り越え、疲労や心の傷をライナに癒してもらうという生活が続いた。


 最近、ナディアは人が変わったように優しく接してくれるようになった。正直、周りからの視線よりもナディアとの仲の方が気がかりだったため、少しだけ心のつっかえが取れたような気がする。



「ライナ、ごはんよ」


「めし」


「お風呂にも入ってねー」


「ふろ」


 最近は、このカタコトな人間語を聞くのが俺たちのブームになっている。

 一言喋る事に部分部分を復唱するライナがとても愛らしい。本人いわく、人間語の上達のために練習をしているんだとか。いい心がけだ。


『どうだ?人に囲まれて生活するのは』


『一人よりよっぽどいいね。皆優しいし』


『……獣族語はすごく流暢に話すな』


『そりゃそうだよ』


 こんな感じで、毎日他愛もない会話を交わしたりしてライナとの親交を深めている。


 しかし、とても平和な日常を送っているが、忘れてはならないことがある。


「そういえば、もう交流戦まで一ヶ月を切ったわね」


「ええ、もうそんなに経ったんですか」


 気付けばもう三月になっている。ケントロン大陸は温暖な気候であるため、これまで過ごしてきた冬よりも断然快適だった。


 交流戦は三月末。もう一ヶ月もない。


「代表はベル、アレック、アランやったか」


「そうね。道場はどんな剣士を出してくるのかしらね」


「こっちの代表選手の情報はあっちに渡してるのに、こっちには一切情報をくれないんだって」


「それが、長年の間学院が勝てていない要因の一つなのかもですね」


 へえ、そうだったのか。それは少し不平等かもしれない。


 まあ名前だけ知ってもって感じだから、勝敗にそこまで影響しているわけでは無さそうだが……どうなんだろうか。


 『剣神道場』は世界で最も有名な剣の道場だ。世界のあちこちから剣の道を極めようとやってきた手練の剣士がゴロゴロいる。


 『剣神』アベルは十八年前にクレアで起きた内戦にて既に死んでいる。『剣聖』ラルタリオン、ルドルフ、ロトア、クレア国王のリノによって撃破された。


 気になるのは、今の『剣神』は誰なのか。というかそもそも、後継はいるのだろうか。

 

「三位同士、二位同士、一位同士が戦う、みたいな感じかしら」


「きっとそうでしょうね。俺がエースと戦わなきゃならないのか……荷が重い」


 俺は今、かなり頭がグチャグチャだ。正直、キャパオーバーしてしまいそうなほどに。


 近く迫る交流戦のことももちろんのことだが、久方ぶりに『九星』に関係する人間が現れたり、学院内での俺の立場のことだったりと、考えなければならないことが山ほどある。


 特に『九星』のことについてだ。思えば、天大陸のセネグロ戦争の時に『天王』と対峙して以来、すっかり出てこなくなってきていた。


 あの使者は、果たして俺に向けて遣わせた者達だったのだろうか。


『九星ってなに?』


『九星っていうのは、魔人大戦を発生させようとしている悪い組織のことだ……』


 いや、ちょっと待て。俺の考えていたことは口に出ていたのか?


『出てないよ』


 え、なら何で……


『ベル兄。ライナは人の考えていることが分かるんだ』


 ……へ?嘘だろ?


『嘘じゃないよ』


 テレパシーが使えるってことなのか……にわかには信じ難いが……


『ライナ、君は何者なんだ?』


『……話せば長くなるし、あんまり話したくない』


「もう。ベルだけこのこと喋れてずるいわ」


「勉強しておけばよかったね、獣族語」


「す、すみません」


 ライナは話したくないみたいだし、無理強いしてまで聞き出すようなことではなさそうだな。

 

 しかし、目を見れば少しは察しがつくかもしれない。


 ライナの髪の毛は綺麗な金色。俺の髪の毛よりも濃い金色である。


 そしてその目。左眼は黄色、右目は紫色。

 そう。この子はオッドアイなのだ。


 この眼が、この子の能力を象徴している、と俺は推測する。


『まあ大体そんな感じだよ』


『そうだった!』


 俺の考えていることは全てライナにお見通しだったのを忘れていた。


「ご飯作ってくるわね」


「ウチも手伝うで」


「私も〜」


 三人はキッチンの方へ向かい、夕飯を作り始めた。


「ベル。ちょっと外を散歩しないか?」


「外は涼しくなってきたから、風に当たりに行くか」


『ライナは?どうする?』


『ライナはここにいる。ライナがいるとトラブルに巻き込まれるよ』


『そんなことないと思うけど……まあ、ここにいたいなら残っておきな』


「そする」


 俺はアレックと、何も持たずに外へ出て、涼しい風に当たりに行った。

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