第237話 新たな情報

 並の人間じゃなさそうな強さのパンチしてきやがる。歯が折れていないのが不思議なくらいだ。


「うらァ!」


「ほっ」


 さっきのは、まあ不意打ちの一種だ。うんうん。


 俺はいとも簡単に素早いパンチをかわし、反撃をしようとする。

 が、その直前で俺の手は止まった。


 このまま手を出してしまえば、学校外で問題を引き起こしたことになり、処罰が下されるかもしれない。


 やめよう。やられても、やり返してしまっては罪は同じだからなーーー


「『氷弾』」


「ぐはッ!」


「おぉい!何でやり返すんだよ!」


「え?だってベルが殴られたから……」


 その正義感はありがたいし嬉しいんだが、やり返したらダメだろ!


 あぁ、終わった。停学だ。退学だ。


「何しやがるッ……!」


「『蔦籠アイビーバスケット』」


 もういいや。何でも。


 俺は草流中級魔術の『蔦籠』を放ち、二人の身動きを封じた。

 ゴキブリみたいにモゾモゾ動いているのが滑稽で仕方がない。


 俺はボロボロの少女を抱き上げ、声をかける。


『大丈夫?』


『ーーー』


 意識はない。だが呼吸も脈もある。生きてはいる。


「アレック。治癒魔術をかけてくれ」


「ああ」


 アレックにそう伝え、男二人の前に立つ。


「ガキが……!覚えてろよ……」


「ふざけやがって……」


「このまま、この子みたいにボコボコにしてもいいんですが」


「「ーーー」」


 まあ、今の俺の立場上出来ないんだけどな。交流戦を控えた俺が外で問題なんて起こせば、どうなるか分からない。

 それに、ただでさえどん底である周りからの評判が下限界突破してしまう。それだけは避けなければ。


 俺が言葉で脅すと、屈強そうな男二人は押し黙ってしまった。


 クソガキに黙らされる気分はどうだい?

 なんて言ってしまえば後々の報復が怖いから言わないけど。


「……」


「……?」


 二人のうちの一人が何やら目配せをしている。その顔を見て、もう一人はニンマリと不気味な笑みを浮かべる。なにか企んでいるのだろうか。


 アレックは俺の背後で少女の治療を行っている。周りの人間は俺たちの様子を傍観しているだけで、介入してこようとはしない。


 ……あぁ、忘れてた。こいつらに財布は返しておかなくちゃな。


 俺は振り返って少女の抱いている財布二つを取った。


「これを返せば良いんでしょう?解きますから、これを返したらとっとと帰って下さーーー」


「ーーーほらよ」


 俺の足元に転がってきたのは、丸い形をした小さな物体。転がる音的に鉄球のように重たそうだ。


「何です?これ」

 

「ーーー爆弾だよ」


「ーーーは?」


「じゃあな、クソガキ」


 ーーーそして次の瞬間、その小さな爆弾は光を放ち、遅れて音、爆発を引き起こした。


「『水龍』!」


 最近覚えた魔術を使い、俺は爆発が広がるのを何とか食い止めた。


 店にいた店員、客もろとも吹き飛ぶ前に、店の中を一瞬で水で満たしたため、爆発の効果がかなり薄まったようだ。


 窓ガラスが水圧によって割れ、そこから水が噴き出す。しかしそれが功を奏し、水は行き場を失うことなく外に出ていき、水は徐々に引いて行った。


 奴らはどこだ。我慢していたがもう我慢ならん。


「……ぷはぁっ!ベル!大丈夫か!」


「何とか大丈夫だ。女の子は?」


「バッチリ持ってるよ」


 アレックが少女を庇うように抱いていたおかげで、少女とアレック共に無事だ。


 そして、店の中にいた人々たちも恐らく無事だろう。


「はぁ……はぁ……」


「何が起きたか分からなかった……」


 困惑するのも無理はない。爆弾が転がってから今に至るまで、恐らく二十秒もかからなかった。まさに一瞬の出来事といえよう。


 さすがに何人がこの中にいたかまでは把握していなかったが、全員無事だと信じたい。


「……お前さん達」


「……すみません。とっさの判断だったので、店の中がぐちゃぐちゃに……」


「何を謝っているんじゃ。お前さん達がいなければ、私達は今頃全員死んでいたよ」

 

 俺たちが来なかったら、もしかしたら被害は小さく済んでいたかもしれない。いや、それどころか爆弾なんて投げられていなかった気が……


「ーーー一瞬見えた奴らの腕には、『九星』の紋様が刻まれておった」

 

「「ーーー!」」


 俺とアレックは揃って絶句する。紋様が刻まれている、即ち『九星の使者』だ。


 使者を寄越しているってことは、もう既に俺の位置はバレている……?


 『太陽神』ソルは、定めた人間の未来が見えるとかいう話を昔聞いたことがあるが、どうやらそれは迷信だったらしい。超小型のドローンで追跡するという何とも原始的な方法だった。


 相当な耐久力がなければ、その小さなドローンは俺が転移災害に巻き込まれた時に消滅しているはず。

 つまり、標的は俺じゃないという可能性だってある。限りなく低い可能性ではあるものの、有り得ないとは言いきれまい。


「それは置いておいてじゃ。私たちの命を救ってくださり、ありがとうございます」


「いえいえ、とんでもない」


「こちらこそ、九星の情報の提供に感謝します」


 この店長らしき老人が腕を見逃していれば、情報を得ることは出来なかった。俺たちの方こそ感謝しなければ。


 老人は俺たちが身にまとっているローブを見て、


「お前さん達、もしかしてケントロン魔法学院の生徒さんか?」


「はい、そうです」


「……分かった。学院にお前さん達のしてくれたことをしっかりと伝えておくとしよう」


「……ありがとうございます、お爺さん」


「礼を言うのはこっちのじゃ」


 他の店員さん達や周りのお客さん達からも、次々とお礼を言われた。ここにいる皆の命を救うことが出来たのだ。


 ……少し買い物に出ただけなのに、こんなに大きなトラブルに巻き込まれるとは。まあ、巻き込まれるというか自ら飛んで火に入ったようなものだが。


 ともあれ、何とか無事だった。本当に良かった。


 エリーゼと再会する前に死ぬなんてことにならなくて。

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