第235話 ナディアの秘密

 ーーー三人称視点ーーー


 翌日。ロレッタとアーシャ、そしてナディアは、食堂にて昼食をとっている。


 ベルとアレックは、校長に許可をとって学院の敷地の外へ買い物へ出ている。たまたま午前中で授業が終わる日だったため、交流戦に向けて杖等の買い出しがしたいというアレックの要望をベルが承諾したのだ。


 こうして三人の時間ができるのは、実は少しだけ珍しい。基本的にアレックとベルとの五人がいつものメンバーになっているため、意外と三人きりの時間は少ない。


「……ねえ、ナディア」


「ん?」


「最近、ベルに対しての態度、冷たくない?」


「ーーーっ」


 ロレッタがそう尋ねた途端、ナディアの体が僅かにビクッと震えた。心当たりのある様子だ。


 ナディアは、交流戦に向けての選抜大会の準決勝が終わったあとから、誰が見てもわかるくらいにはベルへの対応が変わっていた。

 ちなみに、ロレッタとアーシャはその翌日から気付いていた。


「べ、別になんもあらへんで」


「何も無いわけないよ。最近おかしいよ?」


「何もあらへんったら!」


 ナディアが思わず声をあげると、その声は食堂中に響き渡った。満員の食堂内にいた生徒たちの視線が、三人の集まる席に向けられる。


 本当に何も無いならば、ここまで焦る必要は無いはず。そう見たロレッタは、更に詰める。


「あたしたちにも言えないようなことなの?」


「ーーー」


「……ナディア。本当に言いたくないならいいけど、何か悩みがあるなら打ち明けて欲しいな」


「言いたくないなんてのは許さないわ。モヤモヤするもの」


 ロレッタは、はっきりさせておきたいことは絶対にはっきりさせるタイプの人間だ。秘密なんて通用しない。


 三年間も一緒にいるナディアとて、そんなことはとっくに知っている。しかし、それでも隠し通したい秘密がある。


 そんなナディアに寄り添うような優しい視線を向けるアーシャと、対照に鋭い視線を向けるロレッタを交互に目に映しながら、ナディアは言葉に詰まる。


 このまま隠し通すのか、洗いざらいぶちまけて楽になるか。ナディアの中で、天使と悪魔のようなものが戦っている。


「ーーーもういいわ。ナディア」


「……へ?」


 ナディアは呆気に取られた表情でロレッタを見る。持っていたスプーンが落ちた音とともに、徐々に緊張が解れていく。


 しかし、解れていく緊張と同時に、ロレッタはナディアの耳元へ顔を持って行き、囁いた。


「ーーーあんた、ベルのこと好きになったんでしょ」


「ーーーっ!」


 ナディアの体中の毛穴から、ぶわっと冷や汗が吹き出す。顔はみるみる真っ赤になっていき、体温が一気に上がった。


 ロレッタは薄々勘づいていた。

 これまでに見たことの無いナディアの態度、行動。誰にでも優しいナディアが、突然ある特定の人物だけを避けるようになったのは初めてであり、違和感を感じていたのだ。


 アーシャも違和感を感じてはいたものの、そこまでの考えには至らなかった。ロレッタに比べて恋愛脳度数が少なかったと言うべきか、想像力が足りなかったと言うべきか。


 ナディアは咄嗟にティーカップを手に取り、紅茶を口に入れようとする。


「ぶわっちゃあ!」


 だが、震える手のせいでティーカップはカタカタと揺れ、熱々の紅茶が急に唇に触れた。反射的に手からティーカップが離れ、そのまま床に落ちて粉々に割れてしまった。


「はぁ……やっぱりそうだと思ったわ」


「い、いつから気付いとったんや?!」


「準決勝の次の日くらいかしら」


「えっ、そんな前から好きだったの?」


「う、うぅ……」


 ナディアは割れたティーカップを重力魔術で浮かせて机の上に乗せながら、若干涙目になる。


 『いつから知っていた』という質問は、最早その事実に間違いは無いと言っているようなもの。図星をつかれては、否定のしようがない。


「それで?どんな経緯で?」


「この際だから全部話してよ」


「……」


 嫌々ながらも、ナディアはベルに恋心を抱くに至った経緯を説明した。


 少し前、五人で『恋バナ』をした時に、ナディアは『自分よりも遥かに強くて、戦っても歯が立たないくらい強い人が好き』だと話していた。


 ナディアは、大会準決勝でベルと対峙した時に、途中までは互角以上の戦いを繰り広げていた。

 しかし、最後の『草刃』の爆発により、完敗を喫した。


 その時に、ナディアは悔しさ以上に、今までに感じたことの無い感情を抱いた。

 傷だらけで痛む体、泥だらけで気持ちの悪い体なんて気にならないくらいに、強い感情を抱いた。


 ベルが手を差し伸べた時、その手を拒んだのは、初めて抱く感情に戸惑い、パニックを引き起こしたためであった。


 それから数日間は、ベルの顔をまともに直視出来なくなっていた。顔を見れば鼓動が高まり、顔が熱を帯びるからだ。今では少々マシになり、顔くらいは見れるようになったものの、未だに自分から声をかけることは躊躇ってしまう。


 ナディアは認めたくなかった。自分が誰かに恋をすることなど、これまでもこの先も、無いだろうと思っていたためだ。


 しかしこうして、最も親しい友人に指摘されてしまった以上、認めざるを得ない。


「……ウチはやっぱり、あの子を好きになってもうたんやろな」


「〜っ!」


 恋バナが大好きな恋愛脳のロレッタは、ナディアの話を聞いている間ずっとキュンキュンが止まらなかった。無論、アーシャも同様である。


「……分かったわ。そういうことなら、早く教えてくれればよかったのに」


「だ、だって恥ずかしいやんか」


「……ふふっ。そう」


 ロレッタは心のモヤモヤが取れてスッキリした様子だ。


 その後、ナディアはロレッタとアーシャに諸々詰め寄られたのだった。

 

 


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