第6話 彼女の気持ち

 ひとまず、窮地は脱した。ロトアのおかげだ。それもこれも全て。


 彼女が魔術を教えてくれていなければ、見つかっていたのは時間の問題。それに、機転を利かせて目配せをしてくれたおかげで、魔術を使うという選択肢を示してくれた。


 頭が上がらない。


 というわけで、しばらくまた稽古はお休みだ。俺もエリーゼも、しばらくはもどかしい生活が続くが、エリーゼのためだ。我慢しよう。


 ある日、エリーゼは俺にこんなことを聞いてきた。


「ねえ、ベル。ベルってあたしのこと、どう思ってるの?」


「どうもこうも、大切な人だと思ってるよ」


「大切な人……って、どういう意味よ」


「文字通りだよ」


 そりゃ将来一緒に旅をすることになる人だからな。大切に決まってる。


「エリーゼはどうなの?」


「あっ……!あっあああ、あたし?そ、そりゃ……1番、大切な人よ」


 かなり照れながら言ってるな。可愛い。


 いつも通り、ロトアとルドルフは覗き見している。ロトアは顔を赤くして涙を流し、ルドルフもまた涙を流し、うんうんと頷いている。


「とっ、トイレ行ってくるわ!」


 そう言うと、エリーゼはいきなり立ち上がり、トイレへ向かった。


 そして、その間にルドルフに部屋に呼ばれた。


「な、何?父さん」


「ベル。これから話すのは、男と男の話だ」


 なんだなんだ。何が始まるんだ。


「それで、どうしたの?」


「エリーゼ様のベルへの接し方がおかしいとは思わないか?」


「はあ……」


 そうだろうか。別に、あれがエリーゼの素だから気にしていないが。


「ーーーエリーゼ様はお前のことが好きだぞ。男としてな。そして、お前もエリーゼ様が好きだろう?」


「はあ……えっ?」


 いやいや、無いだろう。俺は確かに、彼女に日々惹かれているのかもしれない。だが、エリーゼに限って、俺なんかを好きだなんてこと、あるはずない。


「ベル。お前はまだ小さいから、恋愛とか分からないんだろう。だから鈍感なのは仕方がないとしてだな。エリーゼ様はお前のことになると凄く全力になるんだぞ」


 体は小さいが、中身は高校生だぞ。なんて言えるはずないが。


 エリーゼは俺と話す時、楽しそうに話をする。それは別に、仲のいい友人同士なら普通のことなんじゃないか?


「それに、お前とロトアが魔術の鍛錬をしている間に俺とエリーゼ様は家に入って、お前の様子を見るんだが、目を輝かせてお前を見ている」


 それは俺じゃなくて、魔術に目を輝かせているのではないか。


 もっとも、エリーゼは魔術を使えないからな。


「決定的だったのは……直接言われたからな」


「何を?」


「『あたしは、ベルが大好き』ってな」


 ……ああ。そうか。そうだったのか。


 俺は今まで、人に好かれたことなんてなかった。女はともかく、男からも。忌み嫌われていた。


 そして当然、俺自身も誰も好きになんてなれなかった。両親でさえも、俺は愛することが出来ず、愛してなんて貰えなかった。


 故に、俺はずっと気が付かなかったのだ。


 ーーー彼女は、俺の事が好きなんだと。


 それから、俺はエリーゼを意識するようになってしまった。


 食事の時は、あまり俺は喋れなくなってしまった。


 しかし、彼女はそんな俺もお構い無しに家族と楽しそうに話している。俺はそんな彼女をふと、横目に見る。


 そして、目が合う。

 エリーゼは俺を見ると、必ず笑いかけてくれる。

 そして俺はルドルフを見る。ウィンクをしてくる。何だ貴様は。


 今まで抱いたことのなかったこの気持ち。初めて芽生えたのだ。


 そして同時に襲ってくる、本当にエリーゼは俺のことが好きなのかという不安と、俺なんかがエリーゼを好きになってもいいのだろうか、という不安。この2つは、毎日欠かすことなく俺に襲いかかってくる。


 この笑顔を見る度に、この笑顔が失われた時を考えてしまう。


 エリーゼが見つかってしまい、城に連れ戻されてしまったら。きっと俺は喪失感に包まれて発狂するだろうな。


 ……そんなことを考えるのはやめよう。今はこの笑顔を守るためだけに動くのだ。


 別のことを考えよう。


 それにしても、この世界のご飯は日本食と似ているな。かなり美味しい。


 もしもエリーゼと結婚したら、美味しいご飯を作ってくれるんだろうな。


 仕事から帰ってきて疲れ果てた俺を癒してくれるんだろうな。


 ……また、エリーゼのことを考えてしまった。


 はぁ。これが恋心というやつなのか。難しいな。


「ねえ、ベル!」


「なっ、なに?」


「お散歩に行きましょう!」


 行きましょう。行かせてください。父様。母様。


「じゃあ、母さんたちも着いていくわね」


「えー!ベルと2人がいい!」


「2人で歩けばいいさ。俺たちは後ろから着いていくだけにするからな。一応、見つかったらまずいんだからな、エリーゼ様」


「……はーい」


 2人で、か。まじでやばいな。顔に出ていないだろうか。顔と耳が熱い。くう、見られたくない。


 ルドルフは俺を見て、またウィンクをした。今この瞬間だけ、ルドルフが何かの神に見えた。


 ーーー


 これから俺は、エリーゼと散歩に行く。保護者同伴だが。


 家を出て、村を出る。この世界では珍しく、夜には魔物はほとんど出ないらしい。昼の方が活発だと言うのだ。


 約束通り、ルドルフとロトアは後ろから着いてくるだけだ。


 エリーゼは楽しそうにスキップをして俺の隣を歩く。


 可愛いなぁ。俺はこの子の笑顔が世界一好きだ。


 見つめていると、やはりエリーゼと目が合う。そして、ニコッと笑う。


 と、思ったのだが。


 今度はそっぽを向いた。え。どうしよう。ジロジロ見すぎて気持ち悪がられて、嫌われただろうか。


 エリーゼに嫌われたら、もう俺は誰にも恋なんて出来ない。ああ、どうしよう。


 と、その時。


 右手に、なにやら温もりが感じられる。

 ……エリーゼの手だ。


 エリーゼの顔を見ると、髪の色と同じくらい顔が赤くなっている。恥ずかしがっているのだ。


 バレないように後ろを向いて、ルドルフ、ロトアを見る。2人は何も言わず、ただ微笑んで頷いているだけだった。


 こんな幸せが、ずっと続くといいな。


 崩れて欲しくないな。


 突然人攫いがヒョイと現れて、エリーゼを連れて行ったりしないだろうか。


 いや、後ろには天才が2人いるもんな。その心配は無い。


 女の子と手を繋いで、道を歩く。


 ただそれだけの事なのに、俺は終始、心の臓が高鳴っていたのだった。

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