第5話 潜伏魔術

 ロトアは教えるのが上手だった。そのおかげか、思ったより俺の上達は早かった。


 始まって1ヶ月が経過した。


 俺はとりあえず、火流の魔術を上級まで習得出来た。これから、この火流を極めるか、幅広く魔流以外の流派にも手を出すかを決める。


 もちろん俺は、全ての流派を満遍なく使えるようになりたいとロトアに伝えた。

 ロトアはそれを聞いて、とても喜んだ。


 そんな順調な俺とは裏腹に、エリーゼはあまり上手く行っていないらしい。


 ルドルフから、まだ1本も取れていないという。彼女らは稽古を始めて1ヶ月と少しだ。その間、エリーゼはルドルフから1本も取れていないのだ。


 しかし、彼女は折れない。その向上心を心から尊敬する。


 彼女はすっかり、この家には慣れたらしい。最近は彼女から口を開くようになってきた。楽しそうに会話をする3人を見て、とても嬉しい気持ちに包まれる。


 エリーゼは、俺には最初からそんな感じだったのだ。しかし最近は、ルドルフやロトアにも心を開いたような感じがする。それが嬉しい。


 そして、エリーゼは最近早寝をするようになった。今まで夜な夜なエリーゼの自慢話やら稽古の話やらを聞いていたが、今はそれも無くなった。彼女も彼女なりに、神級になるとはどういうことなのか、理解出来たのだろう。良い兆しだとは思うが、どこか寂しいな。


 まあ、今までよりも睡眠時間は確保出来るし、悪くは無いがな。


 ーーー


 さらに2ヶ月が過ぎた。


 俺はあっという間に、魔流以外の流派で上級を習得することが出来た。とても順調だ。


 しかし最近、少し外が気になる。

 やはり予想通り、グローマンは捜索隊を出した。


 ついに村にも、多数の捜索隊が来ている。


 あいつらが村にいる間は、俺もエリーゼも稽古を控えた方がいいな。


 エリーゼも俺の考えを悟ったのか、家に籠るようになった。賢明だろう。


 そしてついに、捜索隊の人間が家にもやってきた。


「ごめんください」


「はーい」


 クソっ。出ちゃダメだ、ロトア。エリーゼが連れて行かれてしまう。


「グローマン様によって派遣された捜索隊です。最近、エリーゼ様の行方が分からなくなっています。何か知っていることはございますでしょうか?」


 畏まった男の声。ロトア。頼む。隠してくれ。


「エリーゼ様、ですか。申し訳ありませんが、私は何もお役に立つことは出来ません」


「左様か……承知した。ご協力、感謝する。今後また何か情報を入手した時は、連絡願いーーー」


「むっ。この中にエリーゼ様のにおいがする」


 嘘だろ?とんだ変態野郎だな。エリーゼのにおいを嗅ぐなんて。俺だけの特権だぞ!


 ……って、どうやらそうではないらしい。よく見ると、獣族だ。恐らく、普通の人間の何百倍かそれ以上の嗅覚を持っているんだろう。まずい。この状況はかなりまずい。バレるのは時間の問題。


 どうにかして、エリーゼを隠し通さなければ。


 ロトアが時間を稼いでくれている。そして、俺に目配せをしてくる。


 今こそ、使うんだ。魔術を。

 といっても、この2人に危害は一切加えない。

 使うのは、『潜伏魔術』。これは神流・上級魔術であり、覚えたてだ。

 成功するか失敗するかなど、今は気にしている場合では無い。やるしかないのだ。


「エリーゼ。僕に掴まって……」


 言葉を失う。エリーゼは酷く震えていた。


 どれだけの稽古を受けてきたのだろう。こんなに怯えるくらいだ。相当酷かったんだろうな。


 震えはなお止まらないエリーゼだが、一言も発さずに俺に従ってくれた。


「『潜伏ハイド』」


 小さく呟く。よし。成功だ。

 このまま俺の部屋まで行こう。物音は絶対に立ててはならない。

 よもや6歳(推定)でこんな窮地に陥るとは。異世界って怖い。


 そうして、なんとか物音を立てずに部屋まで辿り着いた。


 一旦潜伏魔術は解除だ。まだ慣れていないから、操るのは難しい。いつ勝手に切れるか分からないからな。魔力は温存だ。


 ……しんど。


「べ、ベル。あ、あたしのこと、見捨てたりなんてしないわよね?」


「何言ってるの。エリーゼのためなら何だってするさ」


「……」


 顔赤くしちゃって。可愛すぎだろ。


 まだ話し声は聞こえる。早くいなくなってくれ。家には何もいませんよーだ。


「む。においが無くなった。気のせいだったみたい。ごめんね」


「そう。じゃあ、また何か分かったら連絡しますね」


 扉の閉まる音が聞こえた。


 帰った。なんとかやり過ごせた。


 良かったぁ……


「ベル」


「ん?どうしたのーーーわっ!」


 安堵した俺を呼んだエリーゼを見ると、彼女はいきなり飛びついてきた。


 顔を見ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。


「怖いよぉ!怖いよぉ!あたし、城には戻りたくないよぉ!」


 震えるほど、泣くほど、怖いところなのか。城というのは。


 そう思いつつ、エリーゼの頭をぽんぽんと軽く触り、撫でる。


 この子は俺よりも歳上だ。だが、俺はこの子を守らなければならない。

 男は女を守るってのが仕事だからな。


 絶対に守り抜いてやるからな。エリーゼ。



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