第4話 強くなるために
俺はやはり、泥のように眠れた。エリーゼはというと……
……目の下に大きな隈を作って、俺より随分後に起きてきたのだった。
「眠れなかったの?エリーゼ」
「楽しみすぎて、眠れるわけ、ないわ……」
何でそんなに冒険に拘るのだろうか。まあ、可愛い子が目を輝かせているのを見るだけで俺はなんとも幸せな気持ちになれる。
エリーゼは、もう城に戻る気はないらしい。しかし、いつまでもこの家にいては、いずれグローマンが寄越すであろう捜索隊に見つかるのも時間の問題。さあ、どうしたものか。
もし見つかったらどうなるのだろうか。俺、ルドルフ、ロトアは処刑されて家を焼かれたりでもするのだろうか。
俺はこの歳で、1人の女の子を守ることになったのだ。しかも、ただの女の子ではない。王女だ。
俺は彼女を、護衛や周りの貴族『から』守るのだ。『護衛』としてではなく、彼女の良き『相棒』として。
「僕も楽しみだよ。でも、しっかり食べて、しっかり寝て、しっかり動かないと、大きくなれないよ」
「そうだけど……」
そんなことを話していると、コンコンと、戸をノックする音が聞こえた。
「ベル。エリーゼ様。朝ご飯だよー」
「はーい」
2人揃って返事をし、服を着替えて部屋を出る。
もちろん、エリーゼが着替えている間は別の方向を向いて、見ないようにしている。
ベルなら見てもいいのに、などと言っているが、そういう訳にも行かない。男としての尊厳があるのだ。
着替えを済ませ、2人でリビングへと向かう。
エリーゼは、朝食を食べた後、先程までのエリーゼが嘘だったかのように元気を取り戻した。
その後は、エリーゼの愚痴を聞く。グローマンの事、稽古を付けてくれる師匠の事、城内での生活のこと。俺はうんうん、と頷いて、たまに相槌を入れて、小1時間ほど聞いていた。
貴族の暮らしは面倒臭いな。愚痴を聞いて、拾ってくれたのがこの夫婦で良かったと、心からそう思えた。
そして、2人で話しているうちに、1つある問題点が浮かび上がった。
エリーゼは、誰にも見つかってはならないために、剣術の鍛錬が出来ないのだ。
俺は別に問題はない。ただ、エリーゼは神級を目指している。現在彼女は特級。1つ下だ。
外で稽古を受けようにも、まず稽古をつけてもらえる相手がいない。そして、無闇に外出をしてしまえば城へ連れ戻されてしまう。
どうしたものか。そうだ。ルドルフかロトアに相談してみよう。
そう思い、俺はまずロトアに相談してみることにした。
「ねえ、母さん」
「んー?どうしたのー、ベル」
「相談があるんだけど」
俺はロトアに、エリーゼのことを相談した。
迂闊に外に出れば、すぐに見つかってしまう。しかし、稽古をしなければ、エリーゼは強くなれない。
そこで、ロトアは驚くべき提案をしてきた。
「ルドルフなら、稽古を付けてあげられるよー」
なんと、ルドルフは剣士だったのだ。
ロトアによると、ルドルフはなんと、火流、魔流以外の全ての流派において特級であるという。そして火流は、『神級』である。驚いた。最初、俺は頑なに信じようとしなかったが、ロトアの話を聞く限り、嘘偽りのない事実であると思えてきた。
ルドルフに頼んで承諾を貰うことが出来れば、とりあえず師範の確保は成功だ。なにせ火流は神級だぞ。エリーゼの師範には持ってこいじゃないか。
ということで、次はルドルフだ。
ルドルフは庭で木刀を振っていた。
「父さん、ちょっといい?」
「なんだい?ベル」
「エリーゼの、剣術の師範をして欲しいんだ」
「エリーゼ様の?」
ルドルフに、エリーゼの望みを話した。
彼女は、城には戻りたくないと言ったこと。
彼女は今火流・特級であること。そして、彼女は神級を目指していること。
そして彼女は、大きくなったら2人で旅をしたいと言ってくれたこと。
するとルドルフは、
「分かった。師範のことは受けよう。だがな、ベル」
「うん?」
「……人にお願いをする時は、本人が来るべきなんじゃないか?」
……確かに。一理あるな。
エリーゼを連れてこよう。
やっぱり、ロトアもルドルフも、良い親だな。甘やかしてくれる時はとことん甘やかしてくれるけど、教えなければならないことはしっかりと教えてくれる。
家に入り、エリーゼを呼ぶ。
「エリーゼ、ちょっと来て」
「どうしたの?ベル」
少し戸惑っているが、すぐに従い、着いてきてくれた。
素振りを再開していたルドルフに、再度面会する。
エリーゼに、直接頼むように言った。
エリーゼは案外、快く承諾してくれた。
ルドルフはもちろん、簡単に引き受けてくれた。とてもすんなりと。
これで師範の問題はクリア。次は場所だな。
家には手合わせには持ってこいの庭があるが、目立ちすぎる。
となると、どうするべきか。どちらかといえば、こちらの方が難問だな。
「場所のことで悩んでるんだろう?安心しろ。ロトアの結界魔術で、周りからの視認を不可能にできる」
「本当!?ルドルフさんとロトアさんって、凄いのね!」
「褒めても何も出ませんよ、エリーゼ様」
ということで、ロトアにお願いしに行った。
彼女もまた、難なく承諾してくれた。
これで準備は完了した。
ーーー
やる事もないし、2人の稽古を見てみるとするか。
まあ、あの優しいルドルフだ。それに、相手はグレイスの王女。手加減のひとつやふたつーーー
……すると思っていた。
エリーゼは、見ていられないほどに、ルドルフにことごとくボコボコにされていた。
それからというもの、稽古を終えて帰ってくるエリーゼは、傷だらけ、痣だらけ、コブだらけ。目はいつも潤んでいた。
その後は俺の魔力量の向上も兼ねて、ロトアと一緒にエリーゼに治癒魔術をかける。
いつも通り夕飯と風呂を済ませ、エリーゼと一緒に両親に一言告げ、部屋へ向かう。
「もう!何で勝てないのよ!」
「僕に聞かれてもなぁ……」
エリーゼは稽古が始まってから、ずっとこの調子だ。悔しいのだろう。
しかし、決して逃げようとはしなかった。
「あんなに毎日やられて、嫌にならないの?」
「城にいた時の師匠より100万倍マシよ。……でも、師匠より、ルドルフさんの方がずっと強いわ」
まあ、さすがは神級だな。特級も相当強いらしいが、それでも歯が立たないのか。ルドルフは想像以上のバケモンらしい。
「まだ1本も取れてないのよ?」
エリーゼはこんなに頑張っている。俺は、一生懸命頑張るエリーゼを見るのは好きだ。
だが、俺は何もしなくていいのだろうか。
エリーゼはこんなに頑張っているというのに、俺は……
2人で、旅をしたいと言われた。
俺はそれを受け入れた。
だがこのままでは、エリーゼに任せっきりになってしまう。
俺も稽古に参加するか。
いや、修学旅行の時に木刀を握ってみた程度の俺では、エリーゼやルドルフには通用するはずがない。
じゃあ、魔術を磨いてみるか。
エリーゼは前衛で、俺は後衛でエリーゼを援護。相性は抜群では無いか。
そうだ、魔術を磨こう。
そうしたら、俺もーーー
「ねえ、ベル?聞いてるの?」
「えっ?あっ、ごめん、何?」
悪い事をした。考えすぎて何も聞いていなかった。
少々機嫌は損ねたが、稽古のことを話しているうちに徐々に機嫌を取り戻していった。
今度は考え事をひとまず置いといて、エリーゼの話を聞いた。
彼女は俺と話す時、とても楽しそうにしている。無論、俺も凄く楽しい。
守りたいなぁ。この笑顔。
失いたくないなぁ。
よし、もう心に決めよう。
俺は、魔術師になる。
ーーー
翌朝。俺はまだ寝ているエリーゼを横目に、部屋を出る。
やはり早起きだな。ロトアは主婦の鑑だ。
「おはよう、母さん」
「おはよう、ベル。今日はやけに早いねー」
あくび混じりにそう言うと、振り返って野菜を切り始める。朝食の用意か。
「母さん。この前も頼み事をしたばっかりなんだけど、またわがまま言ってもいい?」
「どうしたのー?」
「あ、その前に。母さんって魔術師なんだよね?階級は?」
おっとしまった。つい目を輝かせてしまった。
「母さんは凄いのよー。魔流以外の全流派、神級なの。凄いでしょう?」
……うん?
魔流以外の全流派、神級?
エリーゼの嘘つき。天才ここにいるじゃんか。
「し、神級……?」
「あ、ベルのわがまま、母さんわかっちゃった。僕に魔術を教えて、なんて言うんでしょう?」
「あうっ……」
相手の考えを読む魔術でも使ったのだろうか。いや、今の質問は確かに安直すぎたな。容易に連想できてしまう。
しかし、俺の考えを見透かしただけで、嫌な顔なんてひとつもせずに引き受けてくれた。
こうして、俺たちの鍛錬の日々は始まった。
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