第3話 王女の夢
夕飯を待っている間、エリーゼの話し相手になっている。
「それでね、あたしは言ってやったの!『父さんなんか知らない!』って!」
しかし、驚くべき変わりようだ。本当にこの子はエリーゼなのだろうか。楽しそうに話をしている姿は、ただの幼気な少女だ。
「んー、でも、エリーゼにも悪いところはあるんじゃないかな」
「何でよ!」
どうやら、剣の稽古をサボっていたところを、父に見つかってしまい、ぶたれてしまったという。エリーゼは日々のきつい鍛錬が嫌になって、ここ最近は隙を見つけて逃げ出していたらしい。そりゃ、次代の国を担うかもしれないのに剣の稽古から逃げていては、王は務まらないからな。父は怒るに決まっている。
ちなみに、父というのは、現在のグレイス王国の王・グローマン・グレイスの事である。
「剣の稽古は確かに辛いと思う。といっても、僕は稽古なんて受けたことがないから、軽はずみにエリーゼの気持ちが分かるなんて言えない。それを踏まえた上で、言わせて欲しい」
「……何をよ」
「剣の稽古にも耐えきれないような人が、王になんてなれるのかな?」
「なっ……!」
「ベル!謝りなさい!」
「いえ。ベルの言うことには、一理あります。それに、彼は間違ったことなんて、一言も言ってないわ」
少々、生意気すぎたな。仮にも相手は王女だ。慎まなければ。
でも、エリーゼは俺の言うことは間違っていないと言ってくれた。良かった。
夕飯を済ませ、用意してもらっている自分の部屋へ向かう。エリーゼも一緒の部屋らしい。
大丈夫だ。相手もまだ9歳か10歳程度だ。そして、俺は……
年齢がわからんな。まあ、推定6歳ということにしておくか。中身は高校生だがな。
ゆえに、安心出来る。いくら男女が同じ部屋で寝るとはいえ、この年齢ではやましいことは無い。だろう。
何せここは俺のよく知る世界では無い。この世界の男女交際の定義が分からない。完全には安心出来ない。
もう夜10時頃。体が、もう寝たいと訴えてくる。
「とうっ!」という声と共に、ベッドへダイブ。
素晴らしい。今にもベッドに全身を包み込まれそうなほどに低反発だ。俺が今まで使っていたベッドとは大違い。
枕に顔を埋め、ゴロゴロとベッドの端から端まで転がっているところに、エリーゼが入ってきた。
「エリーゼ……」
「な、何よ、ジロジロ見て」
いやいや。可愛すぎるだろ。
昼に助けた時とは違い、整えられてサラサラな赤い髪の毛。そして恐らく、この家にあったパジャマを着ているのだろう。まだ子供であるがゆえに、決して魅力的な体という訳では無い。が、それがまた可愛い。
この部屋には、ダブルベッドしかない。ということはつまり、同じベッドで寝るということ。かといって、俺はロリに手を出すほど、恥知らずでは無い。
「……あのさ、ベル」
「どうしたの?」
「さっき『剣の稽古にも耐えきれないような人が、王になんて』、って言ってたわよね」
「ご、ごめん。僕、傷つけるつもりはなくて。ほんと、ごめん」
「何謝ってるのよ。あたしは改めてお礼を言いたいだけ」
安心した。襲いかかられると思って覚悟していたが、どうやらそういう訳では無いらしい。
「一般に、王になるためには、規定の剣階級に到達しなきゃならないの」
「剣、階級?」
やはりあるのか。剣や魔術における階級制度。
にしても、王には護衛がついているはずだ。別に、王が剣を振れなくとも、問題は無いのではないか。
しかし、どうやらそうもいかないらしく。
「まず、7種類の流派があるの」
「7種類もあるの?」
7種類とは。ありすぎでは無いだろうか。
「
ほう。かなり複雑だな。どうしてこう、異世界は物事を複雑にしたがるのだろうか。
「それは魔術も同じなの?」
「ええそうよ。ちなみに魔流は魔族にしか使えないわ。魔術も剣術も例外なくね」
エリーゼは片目を瞑って俺を見る。得意げに教えてくれているので、物知りだね、と褒めると「あ、当たり前よ!あたしは王女なんだから!」と頬を赤くしてそっぽを向く。この子、ツンデレタイプのお嬢様なのね。
「そして、魔術も剣術も、同時に資格を所持することも出来る。例えば、剣術は水流・上級を持っていながら、魔術では氷流・特級の資格を持つ、とかね。もちろん、剣術か魔術か、どちらかに専念して、複数の流派・階級の資格を取得することも可能よ。極端に言えば、7種類全ての流派、最高階級を取得することだってできちゃうわけ。まあ、そんな天才なんて存在しないけどね」
面白いなあ。異世界は複雑だけど、そこがまた美点である。
その後も、この世界のことについて色々なことを教えてくれた。
この世界ではかつて、2度の世界的な大戦があったという。魔族VS人間。1度目は400年前、2度目は150年前。
どちらも人間が勝利しており、魔族はその誇りに傷をつけられた。そのため、今でも人間と魔族はバチバチに睨み合っている。地球でいうアメリカVSソ連の冷戦状態にあるらしい。
そして、2度の大戦を鎮めたのは、今も伝説として語り継がれている『三英傑』。
『龍王』フィリアス、『帝王』ディオニス、『魔王』メルセデス。この3人の活躍で、『魔人大戦』は終結したらしい。
3人の現在の安否は不明、目撃情報は全く無いという。本当に、伝説上の人物となっているわけだ。
無論、異世界に来たからには一目見てみたいとは思う。だが、目撃情報が無い以上、きっと会えないのだろう。
エリーゼは剣術において、火流・特級を取得している。いずれは神級を取得したいらしい。
色々なことを話しているうちに、もう深夜である。
めちゃくちゃ眠たい。今瞼を閉じれば、多分もう寝れる。
「……実はね、あたし、王になんてなりたくないの」
「……え?」
今、俺は衝撃的なことを耳にした。おかげで目が覚めた。
「王に、なりたくないの……?」
「国の統治とか、政治とか、外交とか。色々めんどくさいのよ。あたしは王になんてならずに、小さな村で素敵な旦那さんを見つけて暮らしたいだけ。でも、そんなのお父様が許してくれない。だから逃げ出してきた。これが、いちばんの理由よ」
そうか。そうなのか。エリーゼは普通の家庭に生まれたかったのだ。
良くも悪くも、名家に生まれてしまったが故に、王になるための道を無理に歩いている。否、歩かせられている。
そう考えると、エリーゼはかなり可哀想だ。俺でもきっと逃げ出しているだろう。
「それでも、城には戻らなきゃならない。城に戻らなきゃ、剣の道を磨けないから」
「でも、エリーゼは剣術の稽古が嫌だから、抜け出してきたんだよね?」
「最近は特段厳しくなってきたの。治癒魔術で治してくれるとはいえ、半殺しにするかされるまで手合わせは終わらない。あたしはそれが嫌なの」
そりゃ、エリーゼも女の子だし、痛いのは嫌だろう。いやこういう言い方は良くないな。エリーゼも人間なんだから、というのが正しいか。
しかし、剣術を磨いていくならば、痛みは付き物。半殺しが嫌だからといっても、いざ本番、本物の敵を前にしても、果たして同じことが言えるだろうか。
だから、俺はこの子に問わなければ。
ーーー君はどうしたいのかを。
「エリーゼ。君は結局、どうしたいの?」
「……えっ?」
「君は剣術を磨きたい。でも、稽古は嫌なんだろう?城には戻りたくないの?」
エリーゼは黙り込む。自分が言っていることがおかしいことに気が付いたらしい。
「……あたしは、火流・神級がとれれば、それでいい。王になんてなりたくない」
そしてエリーゼは、真っ直ぐに、俺の目だけを見て。
「ーーーベルと、冒険がしたい」
……はい?
エリーゼ様や、何を言いなさる。
俺と、冒険がしたい?
「そ、それは、どういう……」
「文字通りよ!あたしは、ベルと冒険がしたい!」
冒険、か。
冒険って、何をするんだろうか。
そして、これは王女からのお誘いなのだろう。
「……大きくなったら、世界中を旅しましょう」
そう答えると、エリーゼは目を輝かせて抱きついてきた。
フワッと香るいい香り。ロトアの抱擁とは違い、力強い抱擁だ。……くるじい。
そうか。エリーゼの本当の望みは、王になることなんかじゃなく、世界中を旅することだったのだ。
でも、何で相手は俺なんだ?
「ほら、大きくなるためには適度な睡眠が必要だよ。もう寝よう」
「そうね!おやすみ!」
夜中に出してはならないような声量で、エリーゼは返すと、すぐにベッドに潜り、目をつぶったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます