第2話 王女

 その後、少女が目覚めるまで、ルドルフとロトアと共に談笑を楽しんだ。まあ、一方的な質問ばかりだったが。


 何故空から降ってきたのか。それは知るはずもない。早めに寝て、目が覚めれば空の上だ。


 何故ライトニングという名前にしなかったのか。社会的に死ぬからだ。


 そして、


「何で、咄嗟に治癒魔術が使えたんだ?」


「空から落ちてきて、意識が飛ぶ直前に、母さんの声が聞こえたのを思い出したんだ。それで、一か八か母さんを真似てみたんです」


 まだ慣れていないためか、敬語がどうにも抜けきらない。


 突然、髪をわしゃわしゃと掻き回される。ロトアの手だな。


 さっきから、やけに2人とも頭を撫でてくる。別に悪い気はしないのだが、いい加減髪がボサボサだ。


 まだこの世界に来てたかだか数時間。でも、俺はこの2人が好きだ。


 見ず知らずの、それも空から降ってきた子供に、こんなにも良くしてくれる。俺がこうして生き延びることが出来たのは、紛れもなくこの2人のおかげ。いわば、命の恩人だ。


 そんなことを思っていると、隣で唸り声が聞こえた。


 起きたのか。


「ん……」


「おはようございます」


 小さく、弱々しい声が聞こえる。


 彼女は、倒れている俺のために、叫んで助けを呼んでくれたという。それを聞き付けた村の人々が、ルドルフ達を呼び、俺たちを家に連れ帰ってくれたらしい。


 そして、ロトアが彼女をお風呂に入れて、こうして隣に寝かせてあげたという。


「2人にしてあげましょ」


「ああ、そうだな」


 いや、2人にはして欲しくない。互いに名前を知らないから、かなり気まずい。しかし、そんな俺のささやかな叫びは届くはずもなく、ルドルフとロトアは別室へと移動した


 しばし沈黙が流れる。このままでは俺が耐えられない。


 口を、開いた。


 ……少女が。


「さっきは、助けてくれてありがとう。そ、その、もう大丈夫なの?」


 俺は男だというのになんとも情けない。女の子に先に口を開かせてしまうとは。


 しかし、無視するわけにもいかず。


「はい。僕はもう大丈夫です。えっと……」


「エリーゼ。エリーゼ・グレイス」


 む。グレイス。聞いた事あるな。何だろうか。


 考える間もなく、覗き見をしていたルドルフとロトアが、前のめりになり、重なるように倒れた。


 そして、叫んだ。


「「え、エリーゼ様!?」」


 エリーゼ『様』?お偉いさんなのだろうか。


 いや待て。思い出せ。『グレイス』。ここは確か、グレイス王国、パノヴァ領、ラニカ村だ。そう。グレイス王国だ。


 そして、この子の名前はエリーゼ・グレイス。と、言うことは……


 ……王女だ。


 俺はとんでもない大物を助けたのだ。


 ーーー


「いやぁ、まさかベルが助けたのがエリーゼ様だったとは。息子が何か致しませんでしたか?」


「心配しなくとも、何もされていません。ベル様は私を助けてくれたのです。恩人ですよ」


 あのいじめっ子達はかなりまずいことをしたな。王女様を「臭い」といって殴ったり蹴ったり、あいつらもう国外追放とかされるんじゃあなかろうか。


 まああいつらもまだ子供だ。大目に見てくれはするだろうが。


「エリーゼ……様は、あのいじめっ子達をどうするおつもりでしょうか」


「元はというと、私が城から逃げ出したのが事の発端ですので。あの人たちをどうこうする権利は、私にはありません」


 寛大なお方だな。あれだけ罵倒されて、肉体的にも暴力を受けたにも関わらず、自分にも非があると認め、直接は罰を下さない。俺なら即刻手打ちにするな。いや権力濫用は良くないか。


「逃げ出した理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「父と少々喧嘩になりまして。頭ごなしに言い返してしまい、城を出てきてしまいました。一身上の都合で、上着で身を隠しながら行動していました。なので、誰にも声を掛けることが出来ずにいました。そこをあの方たちに襲われて、ベル様に助けていただいたのです」


 本当に人見知りか。まあ、流石は王女と言うべきか。話し方はかなり様になっている。


 俺は今、ベル『様』と呼ばれたな。王女なんだから俺なんて『砂利』とでも呼んでもいいのだが。


「そ、そこで。1つお願いがあります。どうか、しばらくここで匿っては頂けませんでしょうか?」


 当然の流れだ。彼女は今、私的な理由で城には戻れない。それなら、ここで匿って貰いたいというのが、自然な考えだ。


 ルドルフやロトアが、その頼みを断れるはずもなく。


「はっ。王女様のお望みとあらば」


「本当ですか?ありがとうございます。……それなら、まずはその堅苦しい態度をどうかおやめ下さい。対等な立場でお願い致します」


「わっ、わかりました」


 どこまで優しい人なのだろう。きっとこの人は次の王様になるだろう。


「じゃあ、夕飯にしましょう。すぐに準備するわね」


「わーい!ご飯だ!」


 驚いた。何故ならば、今の声はエリーゼの声であるからだ。あれだけ畏まった口調、態度で話していたエリーゼとは、まるで別人だ。


 子供らしい一面も、あるんだな。可愛い。




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