39 一緒に生きるんだ

 …………え?


 意味が分からなかった。リクは、何を言っている。

 虎二と明日香が感染しているだなんて、ありえないんだ。


 二人とも確かに噛まれはしたけど、エリクサーで治った。現に今、NADにならずに普通に俺達と過ごしてる。

 それを、俺の代わりにゆりが説明してくれた。


「うん、その説明は分かる。発症はしていない。だけど……感染はしてるんだ。エリクサーのおかげでNAD化はしていないけど、感染している」


 リクは息を吸って、重い何かを口から吐き出すように続けた。


「――あの二人の唾液や血液で、周囲の人間がNADになる可能性がある」


「バカなこと言うなよ! そんなわけないだろ!」

「鷹広君。気持ちは分かる。とりあえず話を聞こう」


 熱くなった俺を、健太が宥めてくれた。

 俺は椅子に乱暴に腰掛けて、深く息を吐いて脳を冷ます。


「鷹広達、血液検査をしたよね? あの二人の血液から、NADの血液と同じウイルスが見つかったんだ。エリナさんは反対したんだけど、他の男達が強引にあの二人を隔離、監禁することを決めた。確かに安全だけを考えるなら、正しい選択だとは思う」


 俺の目を真っ直ぐに見つめて、リクは言う。


「でも……でも鷹広。仲間なんだよね? あの二人は、大切な仲間なんだよね?」


 俺とマイと、健太とゆり。四人同時に立ち上がる。

 奪還を心に決めていた。話し合いなんて必要無かった。

 俺は立てかけてあった蜂須賀虎徹を手に取り、リクに言った。


「教えてくれてありがとう、リク」

「鷹広……。いい仲間が、できたね」


 リクはにっこりと笑った。


「明日香さんと虎二さんは、外の別棟に監禁されるらしい。もう時間が無い。急ごう」


 そう言って走り出したリクの後に続き、俺達は外へ。

 別棟の前では、エリナさんと無精髭のおじさんと、複数人の自衛隊員。

 そして彼らに囲まれて、病人のような白い服に着替えた明日香と虎二が歩いていた。


「明日香! 虎二!」


 俺の声に、二人が振り向く。


「二人とも、逃げるわよ!」


 マイも二人を呼ぶが、煮え切らないリアクションだった。


「……ここに来たってことは、話聞いたんだろ? 俺と明日香は感染してんだってよ。誰かをNADにするかもしれねえって」

「流石に、ね。迷惑かけちゃうし、一緒にはいられないかなって思ったんだ。感染させたく無いし、そんな危険にみんなを晒しながら生きるなら……」


 虎二も明日香も、二人とも事実を知って、納得してしまっていた。

 ……有り得ない。有り得ないだろ。


「勝手に決めるなよ! 勝手に行こうとするなよ! 俺達は、仲間だろ!」


 叫ぶ俺の元へエリナさんが歩いて来て、言った。


「私も、できるならこんなことはしたく無いわ。でも……」

「エリナさん、鷹広の大切な仲間なんです。返してくれませんか」

「リクくん、それは……」


 エリナさんは葛藤している。

 この場所を守る為、そして研究を進め真実を追い続けなければならないプレッシャー。犠牲無しには叶えることはできない使命。


 きっと、明日香と虎二の自由を犠牲にし、二人を研究の対象にすれば今までとは比較にならない速度と正確さで、成果は出るだろう。


「エリナさん。明日香と虎二を、どうするんですか?」


 エリナさんは視線を落とし、答えた。


「隔離するわ。もしも誰かに感染したら、そいつはまた走るNADになる。一体でも走る奴がいたら、周囲の人間を喰らい尽くす狂乱索餌きょうらんさくじの引き金になるわ。それだけはもう、起こすわけには行かない」


 ――狂乱索餌。

 あの学校を思い出した。生徒や先生がNADに喰われ、そしてまた立ち上がり、今度は喰らう側へ寝返り獲物を追いかけ回すあの地獄。もう、二度とごめんだ。


 でも、だけど。


「隔離して、どうするんですか?」

「……調べさせてもらうわ。色々な実験にも、付き合ってもらうことになる」

「どれくらい?」

「それは……分からない。絶対に安全と言い切れる成果が出るまでは、この別棟から外へは出られない。それがいつになるかは……」


 唇を噛みながらエリナさんは言った。

 この人は良い人だ。葛藤に継ぐ葛藤の中、皆の為に出した答えがこれなのだろう。


 ――だけど、俺達の答えは違う。


『そんなこと、許さない』


 一斉に、俺達四人は走り出した。

 訳も分からず放り込まれたこの世界で、さらに二人を閉じ込めるだなんて絶対にさせはしない。周りの不安や心配なんて、知ったことか。


 俺の脳裏に、いや、俺達の脳裏に、あの日高校で世界が変わってしまってからの日々が浮かぶ。

 辛いことは、山程あった。


 それでも。


 全員で力を合わせて、ショッピングモールを奪って俺達の城にした。

 ロジータで、毎晩一緒に夕飯を食べた。

 インテリアショップでいくつも夜を越して、いくつも一緒に朝を迎えた。

 探索に出て、迫る危険を皆で乗り越えた。


 楽しかったんだ。何も怖くなかった。

 ――俺達はこの世界で、一緒に生きるんだ。


 俺達を止めにかかってくる隊員達を、健太がボウガンを構えて牽制する。

 数人の隊員が、ガチャガチャ、と音を立てて一斉に銃を構えて健太を囲む。


「やめなさい! 死んでも撃つんじゃ無いわよ!」


 エリナさんの刺すような叫び声に、銃を構えた隊員達は引き金を引けず硬直する。

 その隙間を掻い潜ると、残りの隊員が俺達を取り押さえようと突進して来た。


「止まりなさい、君達!」

「えい!」


 ゆりが叫んで跳躍し、腕を顔の前でバツの字にして相手に向かって飛んでゆく。いつの間にそんな技を身につけたんだ。

 瞬間、無精髭のおじさんの太く大きな声が響く。


「危ない! こうさぎちゃんが怪我をしてしまう! 総員、小動物を愛でるが如く、優しくふわっと受け止めろ!」


 おじさんの指示に即座に反応した屈強な隊員達は、すぐさま両手を広げる。

 そして数人がかりでゆりを優しく抱きとめて、全員その場に倒れ込んだ。


 ゆりが作った相手の穴。俺とマイは迷わずそこを走り抜ける。


「明日香、虎二! 来い!」

「離れ離れなんて、許さないから!」


 後ろから追いついた隊員に身体を掴まれた。それでも下がるわけには行かない、全力で二人の方向へもがく。

 明日香と虎二は、もう目の前だ。

 必死に腕を伸ばして、俺とマイはそれぞれ、明日香と虎二の腕を掴んで引き寄せた。


「ダメだよ鷹広! 私達は――!?」

「やめろツインテ――!?」


 無我夢中で、なぜそんな行動に出たのかは分からない。

 もみくちゃでぐちゃぐちゃの状況の中――俺は明日香に、マイは虎二にキスをした。


 途端に、静寂。

 隊員達は、サッカーの試合でゴールを決められたチームのように、立ち向かってくることをやめてただ呆然と俺達を見ている。


 エリクサーを飲まなければ。

 だがさっき、止めに入った隊員達と揉みくちゃになった時に落としたのか、肩から下げていたペットボトルが見当たらない。

 ふいに、マイが自分のエリクサーを半分飲んでから俺に渡した。その残りを、俺が飲み干した。


 ガチャガチャと音を鳴らし、銃口が一斉にこちらを向く。


「くっ! 感染者が増えた! 処置を!」

「銃を下げろ!」


 一喝。無精髭のおじさんの声だ。

 そしてエリナさんは俺達を守るように、両手を広げて立ちはだかる。


「あなた達、恥ずかしくないの? 大の大人が、少年少女達のこんなに大きな決意を踏みにじる気?」

「いやっでもっ! このままだと危険が!」

「黙れっつってんのよ」


 急に声色が変わった。空気がピリッとする。

 大人の女性の、本気の怒りだ。


「いいこと? この子達、この若者達はね、危険を省みず誰かを助ける方法をここに伝えに来たのよ。あなた達に同じ事ができる? 基地から逃げ出して、銃を肌身離さず抱えてるあなた達を責めるつもりはないけど、この子達にその銃を向けるなら、話が変わるわ」

「しっ、しかし! ……俺達が、この研究所が危ない!」

「だったらまずあたしを撃ってから、この子達を殺すのね。安全のために」

「エリナさん!」


 リクが飛び出し、エリナさんをかばう。

 エリナさんは一瞬優しい穏やかな表情に戻り、そしてまた、隊員の男達を睨みつけた。


「あなた達、私を撃てないでしょう?」


 男達は黙ったまま、次々に銃を下ろしていく。


「犠牲を払ってでも守る強さのない男が、銃なんて持つんじゃないわよ」


 その言葉は、俺達の胸の奥底にも響いた。 

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