38 明日香と虎二
次の日、俺達はエリナさんに呼ばれた。
そこは沢山の散らばった書類とモニターの置かれた、研究室のような部屋。
エリナさんは俺達に椅子を用意してくれた後、自分もデスクに腰掛けて、長い足を組んで言った。
「昨晩は、よく眠れたかしら」
「もうぐっすりと。風呂も最高でした。ありがとうございます」
「いいのよ、お礼を言われるようなことじゃあないわ。さて、あなた達が今までどうやって生きて来たか、それと何か気になる事や気付いた事はないか、何でもいい、話を聞かせてくれるかしら」
俺達は、待ってましたとばかりに話をした。
高校でいきなりNADに襲われた事。ショッピングモールでは人間と戦った事。虎二と明日香が噛まれたが、納豆のおかげで発症しなかった事と、そこから生まれたエリクサーの事。
「……なるほど。すごいわエリクサー。まあ、納豆菌か。思いつきもしなかった」
エリナさんは俺達の話を聞きながら、恐ろしく速い速度でパソコンのキーボードをタイピングしている。記録を残しているのだろうか。
それが一段落したのか、エリナさんが手を止めて手元のコーヒーを一口飲んだ時に、ゆりが聞いた。
「あの、すみません。NADの正体と言うか、真実と言うか、もう分かっているんでしょうか?」
「今分かっているのは、あの凶暴化ウイルス……NADって呼んでたわね。NADウイルスは唾液や血液で感染するって言う事と、隕石の落下が何かしら関係している可能性があるって事くらいね」
ゆりの見立ては当たっていた。あの朝に落ちた隕石。
その日から、世界は狂った。
「ちなみにこれは、完全に私のSFじみた空想なんだけど……」
エリナさんは足を組み直して続けた。
「宇宙の構造が、私達の脳の構造と非常に似ていることを知っているかしら? つまり、地球が浮かぶこの宇宙は、一つの生命体の体内かもしれない。生きているなら、ウイルスが入れば免疫が働いて戦う。……なんだかね、思うのよ。宇宙にとって、私達がウイルスのようなもので、私達に対して免疫が働いたんじゃないかって」
なんだかスケールが大き過ぎて……でもなんとなく、そうなのかも、と納得できるような話だった。
エリナさんはパッとにこやかに、空気を切り替えて俺達に聞いた。
「ところで、どうしてあなた達は、エリクサーを伝えて世界を救おうだなんて思ったの?」
「どうして……。いや、深く考えてはいないですけど」
「生き残りの人達をみんな救いたい? 世界を元に戻して、今まで通りの暮らしがしたい? でも、残念だけど」
エリナさんは世界の現状を話してくれた。
走るNADのあまりの脅威に、秩序はもはや崩壊したこと。
銃を持った防毒マスクの男達は、自衛隊の数少ない生き残り。基地は壊滅していて、そのほか警察も、救急も同じ状態であること。
それを聞いても俺達は、誰も何もショックを受けなかった。
秩序はもう無い。気付いていた。知っていた。
ああ、そうか。
俺達は、世界を元通りにしようとは思っていない。
俺達が、エリクサーを持ってここに来たのは――。
「ここに来たのは、俺達がこの世界で、胸を張って笑いながら生きるためです」
「そう。うん、素敵よ」
エリナさんは、母のような優しい笑顔でそう言った。
「それじゃ、お話はここまで! あと一応、全員血液検査をさせてちょうだい。今までの世界みたいに気軽に病院なんていけないんだから、健康管理の為にも、ね」
「うわー……僕、注射苦手なんだ……」
「男子ってそうよねー、気合い入れなさい」
ばちん、とマイが健太の背中を叩いた。
そうして全員血液を採ってもらい、部屋へ戻った。健太はまだ青い顔をしている。
「お前……本当に注射苦手なんだな」
虎二が同情するように、健太を気にかけている。
「健太君、ちょっと横になりなよ。とにかくしばらく、ここで暮らせそうだね」
明日香が部屋に備えられているポットでお茶を入れ、みんなに配りながら言った。
「そうですね。食料の調達とか、手伝えることがあればいいんですが」
「確かにお世話になりっぱなしって言うのもアレだな。何か出来ることは無いか、後でエリナさんに聞いてみようか」
そう言いながら、俺はベッドで完全にだらけて液状化している。健太のように体調が悪くなるわけでは無いが、血を抜いた後って、なんだか眠くなるのだ。
少なくとも健太が回復するまでは、みんなで部屋で休むことにした。
雑談したり昼寝したりして過ごして、やがて窓の外の太陽が少し傾き始めてきた時。
誰かが来た。部屋にノックが三回響く。
「あ、はーい」
明日香が出ると、訪ねて来たのはエリナさんだった。
「あ、お休み中ごめんなさいね、ちょっと、
「え、あ、はい。みんな、ちょっと行ってくるね」
「なんだろな。ま、お前らはゆっくりしてろ、な」
二人はそう言って、エリナさんと部屋を出た。
そのまま数時間経っても、二人は帰ってこなかった。
▼
「あの二人、どこで何してるんだろう」
「あら、鷹広、心配なんでしょ」
「そりゃ心配さ、こんなに長くなりそうな雰囲気じゃ無かったし……何か美味いものでも特別に食べてるのかな」
「そう言う意味で言ったんじゃないのに、鈍感ね本当」
マイがよく分からないことを言っている。
明日香と虎二を気にしながら大人しく部屋で待っていると、再びノックの音がした。
「戻って来たみたいですよ!」
ゆりが嬉しそうにドアを開ける。が、そこにいたのはリクだった。
「鷹広。それにみんなも。話がある」
何やら思いつめた顔でリクは言った。
「どうした、話って」
「たまたまさっき、エリナさんと近しい警備の人が話しているのを聞いたんだ。驚かないで聞いてくれ」
「ああ、どうしたんだ?」
「――明日香さんと虎二さんは、感染している」
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