37 再会と安息

「鷹広、良かった……無事だったんだね」

「リクこそ! あれから、どうしてたんだ?」


 あの日高校で、リクとはぐれてしまった時を思い出す。大丈夫だと信じてはいたが、ずっと無事を祈っていた。


「あれから、必死で高校の外で逃げ回って、エリナさんが運転していた車に拾ってもらったんだ。それからずっと、ここでエリナさんの研究を手伝ってる」

「そっか……無事で何よりだ」

「そちらの皆さんは?」

「あぁ、全員、俺の仲間だ」


 リクが少し驚いた顔をして、そして何か安心したような顔で笑った。


「そっか、仲間。本当に、本当によかった、鷹広」

「再会できて、一安心ね。リクくん」


 エリナさんが優しい笑顔を見せて言った。


「鷹広君達、色々危険な目にあったでしょう。うちのボンクラ隊が見つけた時も、囲まれて危ない状況だったと聞いてるわ。ちびったりしてても笑ったりしない。ショッピングモールの件は後で報告が来るから、とりあえず待っていて頂戴」


 なんか要所要所で口の悪いお姉さんだ。博識そうで美人な見た目とそのギャップが、なんだか格好良く見えた。


「じゃ、僕はみんなの部屋を用意するね。ちょっとここで待っててよ」


 そう言って部屋を出たリクと入れ替わるように、あの無精髭のおじさんが部屋に入ってきた。

 健太が、椅子を鳴らして立ち上がる。


「あのっ、どうでしたか。MASAHIKO達は……?」


 あの四人がおじさんに続いて部屋に入ってくることを期待したが――会議室の扉は沈黙したままだ。

 絶望に身構えるように、俺達はおじさんの言葉を待った。


「……ショッピングモールは、凄まじい数のNADで溢れていた。とても建物内部まで進める状況じゃ無かった」


 健太が力無くうなだれる。全員が、無言で目線を落とした。


「だけど」


 おじさんはスマホを取り出して、撮った画像を俺達に見せた。

 そこには真っ赤なRV。もう動かない、MASAHIKO達の車。


「ほら、ここ。これ、君達の友達からじゃないかな」


 そう言って画面を拡大する。


 ――俺らは無事だ。また会おうぜ! IBARAGIのBrother達へ――


 スプレーで殴り書きされたメッセージ。それは、間違いなく俺達へ宛てたもの。


「間違いない! MASAHIKO達だ!」


 健太がおじさんのスマホをぶんどって、溢れた涙をそのままに叫ぶ。全員で健太の背中越しに画面を覗き込んで、口々に歓喜の声をあげた。


「ねえ、ここ。次に会ったら、もう一回きちんと言ってあげなきゃいけないね」


 明日香が画面に指を差す。IBARA“GI”、と書いてある。


「本当だ。なあ、早いとこあいつら見つけて、教育してやらないと」


 エリナさんとおじさんも含めて、一同が笑った。 


「さあ、今日はもう疲れてるだろうから、ゆっくり休むといいわ。ここにはお風呂もベッドもあるし、電気だって通ってる。若いのによく頑張ったわね」


 優しくそう言うエリナさんに向き直って、明日香が言った。


「あ、あの! 私達、伝えたいことが」


 ――そう、エリクサー。

 この人達にこそ、エリクサーのことを伝えないと。


「そうね、明日にでも腰を据えて色々話を聞かせて頂戴。でも、今日はいいわ。急ぐ必要は無いし、心身共にケアをする方が優先よ」


 エリナさんが、本当に俺達を気遣ってくれている事が伝わる。確かに疲れているのは本当だった。

 今日はお言葉に甘えて、エリクサーの話は改めて明日することにした。

 そこへ、リクが戻ってきた。


「鷹広。それに皆も、部屋に案内するよ」


 俺達はエリナさんとおじさんに、お礼を言って部屋を出た。

 そして――。


「ヒャッホーウ! 浴槽だァァァ!」


 ざっぱーーーん、と豪快に風呂に入る虎二。

 この研究所に務める人が入る風呂場だろうか。五、六人が入れるくらいの浴槽。その周りに銭湯のようにシャワーが並んでいる。


 本当に久々の浴槽は、天にも昇ってしまうかのような気持ちよさだった。


「極楽だぁ……マジヘブンだ……」

「ふぅー……生き返るねぇ」ドドゴゥン


 俺としたことが明日香達のいる女湯を覗きに行くことも頭には無く、ただただお湯に疲れを溶かしていた。


 俺達が風呂を上がって部屋に戻り、しばらくすると明日香達が戻ってきた。


「あー、いいお湯だった」

「ほんっと、やっぱ日本人は浴槽よね」


 ぽかぽかとした湯気が女子三人から昇っている。


「……みなさん、何してるんですか?」


 ゆりが怪訝そうに目を細めて俺達に問う。そう、とっくに風呂を上がっていた俺達は今、熱きタオリングトーナメントの真っ最中だった。 


 ――説明しよう! タオリングとは、タオルをしならせ鞭のように扱い、相手から一本をとる奥深きスポーツ。いや、武道だ。


 疲労を忘れて俺達はタオリングに精を出す。せっかく風呂に入ったばかりなのに、汗をかいて来た。


「全く、ほんと男子ってばか」


 明日香が呆れた顔で言う。


「違うわ明日香。そう言うセリフはね、こう言うのよ!」


 マイは腰に手を当て明日香を指差すと、いつものツインテールをほどいた風呂上がりの髪を、さらりとかき上げる。


「ほんっと、オトコって……」


 足を組んで座り、手の甲で頬杖をついて吐息交じりに言った。


「バ・カ♡」

「きゃー! エローーい!」

「……勉強になります」


 女子三人がおバカなトークで盛り上がり始めた。 


「何してるんだ明日香達」

「さぁ。でも楽しそうだね」

「お前ら放っとけ、もう手遅れだ。特にあの凶暴ツインテールはな」

「うっさい虎二!」


 スコーン! と虎二の頭で携帯用シャンプーの空ボトルが跳ねた。


「いてーなテメェ! やんのかコラ!」

「あら面白い、あんたがあたしに勝てるかしら?」

「上等だ!」


 そうして虎二とマイで、タオリング決勝戦が始まった。

 最初は拮坑しているように見えたが、顔を狙わない虎二に対して、容赦なくビシバシとタオルをしならせ叩きつけるマイに軍配が上がった。


 ショッピングモールを抜け出して身を隠せる場所が見つかる保証も無かったけれど、目的地がこんなに安全だったなんて、本当に運が良かった。


 全員で、簡易ベッドに横になる。

 いつものように他愛もない話をしながら、一人、また一人と寝落ちして、最後に明日香が寝たことを察した瞬間に、俺も眠った。

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