36 大人の組織
あらかじめ地図で確かめた研究学園都市へ向けて、俺達は車を走らせる。
ゆりがカーブに沿って、ゆっくりハンドルを切りながら言った。
「ガソリンが切れそうです。目的地はもう目と鼻の先ですが、いざという時の為にガソリンスタンドへ寄って行こうと思います」
「あぁ、ゆり、頼む」
全員、他に会話は無かった。MASAHIKO達の身を案じるばかりだった。
交差点に、小さなガソリンスタンドを見つけた。“災害対応ステーション”という看板が立っている、設備が生きている可能性は高い。
ガソリンスタンドに入って、ゆりは給油機のところに車を止めた。
車を降りて、改めてこの街の異様な静けさを実感する。
ガソリンスタンドにはもちろん、道にもどこにも誰の人影も無い。耳に入るのも、交差点へと繋がる大通りの街路樹が、風にさわさわと揺れる音だけ。
モール周辺には車や自転車などが所々に乗り捨てられていたが、ここいらは企業や研究所が密集しているからだろうか、それら生活の残骸はあまり見当たらない。
なんだか世界に俺達だけ取り残されたみたいだ。
俺が周囲を見渡す中、健太はMASAHIKO達のいたモールの方角をただただ見つめていた。
明日香が、給油機の液晶を操作しながら言った。
「ここは電気が通ってる。給油できそうだね。でも、お金入れなきゃガソリン出ないみたいだよ」
「そういや金使うのも久しぶりだな、よーし、ここは俺のおごりだ!!」
少しわざとらしかったかもしれない。俺は健太を元気付けようとわざと明るく振舞って、全財産の三千円を機械に投入した。
分かってはいたが、健太の反応は無い。
「も、もーう! 鷹広さんったらー、足りませんよーぅ!」
ゆりが俺の意図を汲んで、変に明るい口調で五千円を入れた。
それでも、健太の反応は無い。
しゅんとする俺とゆり。不気味なくらいに静かな街の中、ガソリンが注入される音だけが響く。
「おい、鷹広」
突然虎二が俺を呼び、顎で方向を示す。
――すぐそばの交差点の影から、NADの群れが姿を現した。
次から次へと湧き出て来て、NADの行軍は止まらない。数は……五十はゆうに超えている。
その時運悪く、ガコン! とガソリンのノズルが満タンを知らせた。
群れの先頭が音に反応し、歩いてこちらへ向かって来た。
距離が近すぎる。今から急いで車を出しても、その隙に囲まれてしまうかも知れない。
「明日香とゆりで車を出す準備を。健太、援護、頼めるか?」
「任せてくれ。これ以上、誰も危険に晒さない」
健太はそう言って身軽に車の屋根の上に登って、ボウガンに矢を装填した。目の光は消えてない、大丈夫だ。
「よし、じゃあ俺達はNADを押し返す。車の通り道を開くぞ!」
虎二とマイは強く頷いて、三人でNADの前に躍り出た。
「オ゛ルァァァァゴラァァァァ!」
マイが釘アンディを振り回しながら特攻する。まるで暴走機関車のように止まることを知らず、NADをなぎ倒してグイグイと攻め立てる。
「ったくツインテールが、囲まれちまうぞ」
ポジショニングと言うか、どう動いたらそうなるのかは分からないが、虎二は囲まれる事なくマイの周囲に群がるNADを全て一撃で、まるで作業のように片付けていた。
俺は二人のリーチの外にいるNADを、蜂須賀虎徹で片っ端から切り捨てる。
しかし切りが無い。走る奴がいないだけまだマシだが、斬っても斬っても次が来て、俺達は徐々に押し戻される。
このままじゃジリ貧だ。強引に車を出したとしても、この数のNADに突っ込んだらやがて止まってしまう。どうする。どうやって切り抜ける……。
考えながら戦い続けるが、NAD達は戦いの音に群がるように増え続ける。
俺達は、劣勢だった。
――その時。
「――てぇッ!」
鋭い声を合図に、パララララ、と言う無機質な音が周囲から聞こえた。
俺達を取り囲んでいたNADの体に穴が空き、バタバタと倒れて行く。決して大きく無い音に不釣り合いな破壊力で、全滅とは行かないまでもかなりのNADが倒れた。
「動くなっ!」
もちろんNADに言葉は通じない。今のは俺達に向けた言葉だ。
防毒マスクをつけた大人が、俺達に銃を向け近づいてくる。無意識に全員、黙って両手をあげた。
「君ら……高校生か? 今までよく、無事でいてくれた」
先頭で指揮を取っていた一人が銃を下ろし、防毒マスクを外した。四十代半ばくらいだろうか、精悍な顔に無精髭の、強面な見た目の割に柔らかい口調のおじさんだった。
「大変だったろう、もう大丈夫だ。感染はしていないな?」
俺達全員が頷くと、おじさんは大きな手で俺の肩をぽん、と叩いた。
その時、突然健太が駆け寄ってきておじさんに訴えた。
「友達がショッピングモールで戦ってるんです! お願いします、助けてください! これだけの銃と人がいれば、きっと!」
熱を込めて、おじさんの服にしがみつきながら懇願した。
おじさんは、健太の辛さや不安を一緒に背負ってくれるかのような、真剣な目をして答えた。
「ここから少し行った、あの大型のショッピングモールだな」
健太が頷くと、おじさんはバッと振り返り、防毒マスクの仲間達に告げる。
「総員、これより二手に別れる。一台はこの少年少女達を研究所へエスコートしろ。残りは全員俺と共に、予定通りショッピングモールへ向かう」
おじさんが告げると、大人達がぞろぞろとダークグリーンのいかつい車両に乗り込んだ。
「我々も丁度、あのショッピングモールに用があったんだ。さ、君達はあの車について行くんだ。後で戻る」
そう言っておじさん達の乗る車は、摩擦でタイヤを鳴らしながらモールへと向かった。
「ほら君達、早く離れるよ。運転は問題ないよな? 留まっていると襲われる」
残った大人が車に乗り込み、俺達を促した。
ジープに戻って、前を走り出した車を追う。
「ねえ、救助……なのかな?」
明日香が皆に問いかける。なんだか、実感が湧かない。
「統制された大人の組織のようです。少しは安心しても良いかもしれませんね。……健太、大丈夫だよきっと。MASAHIKOさん達も」
ハンドルを握るゆりが、バックミラー越しに健太を気遣う。
そんな健太は、先ほどと変わらずショッピングモールの方角を見つめていた。
男達の車に着いて行くと、すぐ近くの研究所の前で停まった。頑強そうなコンクリートの壁に守られていて、入り口には銃を持った守衛がいる。
先行する車の大人達がその守衛と言葉を交わし、中に入って行く。俺達の車もそれに続いた。
薄暗い地下駐車場で車を降りると、入り口の守衛に、全員一人ずつ目に懐中電灯を当てられた。感染していないかのチェックだろうか。
もちろん全員問題が無かったようで、研究所の内部へ通された。
会議室のような机と椅子だけの部屋。俺達を誘導してくれた男の人がペットボトルのお茶をくれて、ここでしばらく待っているように言った。
やがて扉を開けて入ってきたのは、白衣のポケットに手を突っ込んだ、長身で癖毛のロングヘアの女の人。
「久しぶりの生存者ね。こんにちは」
レンズの下半分だけにあしらわれた細いフレームの眼鏡が、やけに似合っている。
「私はエリナ。どうして世界がこんな事になっているのか調べているわ。よろしく」
まさに大人の女性。うちの連中にこの雰囲気を出せる女子はまだいない。
見惚れていたら、明日香に尻をつねられた。
「……あら。あなた」
エリナさんが、明日香の顔をまじまじと見つめている。
「え、あの……何か」
「生で見る方が可愛いわね」
「へっ? あ、どうも……?」
するとエリナさんは、おもむろにポケットから小さな何かを取り出した。
「これ……ドローンですか?」
「そ。この子で偶然、ショッピングモールであなた達を見つけてね。救助に向かおうとしたけれど、その時はこの辺に大きな群れがいて。すぐに動けず、ごめんなさいね」
「いえ、そんな事は」
ドローン。一切気がつかなかった。みんなにも気付いたか聞いて見たが、全員首を横に振る。知らない間に俺達が認知されていたわけだ。現代の技術ってすごいな。
「ちなみに、すぐにでも助けに飛び出しそうだった、危なっかしい困ったさんがこの研究所にいるのよ。あ、ちょうど来た」
扉の開く音がして、エリナさんが振り返る。
「鷹広!?」
聞き慣れた声がした。胸の奥からじわじわと、熱い感情が込み上げてくる。
この声を俺は毎朝聞いて、帰り際にはまた明日って、毎日その言葉を交わして。
――そう、そこにいたのは、リクだった。
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