32 三日月の笑顔
スガとの戦いは終わり、俺達は、RVを守っている仲間の元へと走る。
すると、なんと言うか凄まじいというか、えげつない光景が。
「お゛るァァァァァぁぁ!」
「ゴっら゛ァァァァァぁ!」
「クソが゛オ゛ンドルァァァァァ!」
マイが巻き舌で濁音シャウトを撒き散らしながら、残りのNAD達をバッタバッタと薙ぎ倒している。
ブレない下半身、破壊力を生み出す背筋。そして強化された釘アンディ。いつもの光景と言えばその通りなのだが、日に日に勢いがレベルアップしている。しかも半笑いだ、怖い。
「みなさん、終わったんですね!」
ゆりが片手でハンドルを持ち、開けた窓に肘をかけて言った。まるでチャラい若者が車内からナンパをするような仕草。
あまりに男前すぎて、助手席に座る健太がこれからお持ち帰りされるウブな女の子に見えた。なんだなんだこの様は。
皆が車に乗り込む。が。マイはまだ一人で戦い続けている。
「あっのバカ女!」
虎二はマイの元へ駆け寄ると、その背後からぐいっと強引に身体を持ち上げて、小脇に抱えて戻って来た。
「ちょ、あんた何すんのよ! えっち! 痴漢!」
「るせー黙ってろ! もう帰るんだよ!」
抱きかかえられた状態で暴れながら喚くマイを虎二は車内に放り込んで、自分も乗り込みドアを閉めた。
「じゃ、行きますよ!」
ゆりがアクセルを踏んでハンドルを切り、車は動き出した。
スガの取り巻き達がこちらを見ているが、特に言葉をかける気はない。
あいつらとはきっと、どんなことがあっても相容れることは無い。和解なんて選択肢も無い。
俺達の預かり知らないところで、関わり合わずに勝手に生きていればいい。
そのまま、俺達は国道を走り去った。
ショッピングモールに戻ると、あれだけいたNADの群れがいなくなっていた。
NADの消えた駐車場で、MASAHIKOとTAKAKOがバリケードを修復している。
「MASAHIKO! 一体どうやってNADを」
「なーに、あいつらと同じ方法だYO。SYACHOがキー差しっぱの車を探し出して来てな、アンプ積んで爆音で音楽鳴らして、U.Gと二人で遠くへ群れを誘導してる。そんで今、俺とTAKAKOはバリケードの修復をしてるってわけさ」
さすがはMASAHIKO達だ。全員無事だし、ショッピングモールも無事だ。
「ごめんMASAHIKO。車、撃たれた」
「いいってことYO。奴に目にもの見せれたのか?」
「あぁ、きっともう、手を出してくることはないと思う」
「何よりだ。そしたらYO、悪いけど最後の一仕事だけ手伝ってくれ。壁をぶち抜いたトラックを敷地の外に出してえんだ」
MASAHIKOが忌々しそうに、モールの一階に突っ込んだトラックを睨んだ。
「もしまだ動くんなら、駐車場でいいんじゃないか? 何なら別にそのままだって」
「それがYO、実はそれも落ち着かねえんだ。来てくれ」
MASAHIKOはそう言って、俺達をトラックの所まで連れて来た。
言っている意味が、俺達にもすぐに分かった。
――閉ざされた荷台の中から、何体ものNADの呻き声が聞こえてくる。
「……もしかして、このNADをモールの中に放つつもりだったのか」
荷台の扉をよく見たら、細い鉄パイプ一本だけで留められている。幸いまだ外れていないが、このパイプが抜ければ中のNADが扉を開けて出て来てしまうだろう。きっと、それが本来の作戦だったんだ。
「NADの呻き声を聞きながら眠るのはごめんだ。こんなの、さっさと敷地外に出そう」
「おうYO。エンジンぶっ壊れてなきゃいいけどな、っと」
MASAHIKOが運転席に飛び乗ってキーをひねると、ブルル、と音を立ててエンジンがかかった。
俺達は、ゆっくりと動くトラックに先回りして駐車場入り口の重いゲートを開けた。
トラックの後ろにはもう一台、TAKAKOの運転するコンパクトカーが追従している。
まずMASAHIKOにはこのまま離れた場所まで走って、NADごとトラックを乗り捨てて来てもらう。
その後、TAKAKOの運転する車に乗って二人で帰ってくる手筈だ。
しかし。
トラックとコンパクトカーが駐車場を出て、俺達がゲートを閉めた途端にパンっ、と大きな音が。
トラックのタイヤがパンクしたのだ。MASAHIKOはハンドルを取られて路肩に突っ込み、その揺れで荷台の扉を閉ざす鉄パイプが抜け落ちた。
荷台の扉が開く。すると、中から数十体のNADの群れがわらわらと姿を見せた。
NAD達は次々と荷台の扉から地面に落ちて、起き上がり、歩き始める。
でも、大丈夫だ。
MASAHIKOはNADに気付かれる前に、素早くトラックからTAKAKOの車に乗り移った。それに、こっちのゲートも閉めてある。
特に、大きな支障にはならないと思った。
ゲート越しに、作業のようにNAD達を片付ければいいと、思っていた。
「けっ、わざわざこんなに捕まえたのか……よ……?」
「そんな」
虎二と健太の声色が変わる。
「嘘……いやだっ……」
「ひどすぎるわよ……こんなの」
明日香は震える手で口を覆う。
マイは、アンディを力なく地面に落とした。
「もしかして、あの制服」
ゆりが俺に視線を向ける。
――見慣れたブレザー。
「あ……、あぁっ……」
――夕日を反射して輝く、三日月のヘアピン。
「あぁぁぁぁっっ」
――乙姫さん。
「乙姫さんッ! 乙姫さんッッッッ!!!」
「鷹広ォ!!」
ゲートを飛び越えようとした瞬間、虎二が俺のベルトを掴んで引き戻した。
「明日香ッ! 離してッ! 離しなさいよッッ!」
背後でマイが叫んだ次の瞬間、ばちんと大きな音が鳴った。
明日香が頬を赤く腫らしながら、乙姫さんへと駆け出そうとするマイを押さえ込んでいる。
全力で平手打ちをされてもなお、明日香はマイを通さない。
虎二も、駆け出そうともがく俺を全力で地面に押し付ける。
「ア゛ァァァァァッ!」
乙姫さんが他のNAD達と共に、俺達に反応してのそのそとゲートへ歩み寄り、がしゃんと音を鳴らした。
「走らない……。見た目からしても、もう、随分前に」
「うるっさいゆり! それ以上言ったら張っ倒すわよ!!」
「ごっ、ごめんなさいっ」
涙を滝のように流しながら、マイがゆりを睨みつけた。健太がゆりの肩に手を置くと、ゆりの目からも涙が溢れて来た。
俺は虎二に抵抗する事をやめて、腕で顔を覆って横たわる。
「……俺、大切だったんだよ、乙姫さんが」
「分かってる。きっと、乙姫ちゃんもだ。だからこそ、俺はお前を行かせねえ」
乙姫さんの笑顔が脳裏に再生される。三日月のヘアピンを輝かせる、弾けるような眩しいあの笑顔。
俺には、変わり果てた乙姫さんの顔を直視する事は出来なかった。
――しばらく、誰も喋らなかった。
やがて沈黙を破ったのは、健太だった。
「みんな、モールに戻って。僕がやる」
胃がびくんと脈打つ。分かってる。誰かがやらなければいけない。分かってる。
「うわあああああああん」
マイが普段の態度からは想像もつかないような声をあげて膝をつき、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、空に向かって泣いた。
「健太、マイをお願い」
明日香はそう言って健太を引き止めて、俺の側に転がる蜂須賀虎徹を拾った。
「明日香……?」
鞘から刀身を抜いた明日香が、駐車場のゲート越しに乙姫さんと向かい合う。
「乙姫さん。あなたとは、きっと良い友達になれた」
「ア゛ァァァァッ! ア゛ッ、ア゛ァァァァァ!」
「みんなが不安な時、いつも空気を和ませようとしてくれたの、知ってるよ」
「ア゛アアアアッ!」
「だから、乙姫さんとはぐれた後、私がその役目をしなくちゃって、思ったんだよ」
「ア゛ッ! ア゛ア゛アアッ!」
「ごめんね。……また、来世で」
「ア゛」
肉を貫く音がして、それきり、乙姫さんの声は聞こえなくなった。
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