30 蜂須賀虎徹
スガの手から放たれた破裂音。それと同時に、俺たちの乗るRVのフロントガラスが粉々に砕け散った。
「くっ、大丈夫かみんな!」
「け、拳銃!? あんなもんどこで手に入れやがった!」
「大方、警察のNADから奪ったものかもしれませんね。一旦下がります!」
……厄介なものを持っていやがる。
ゆりの判断で、俺達はスガの乗る運転席とは逆サイドの後方にぴったりと張りつく。
「飛び道具ならこっちもある。もう容赦しない!」
今度は健太が窓を開け、身を乗り出してボウガンの矢を放った。
矢はバンの後部ガラスを割り、奴らの車内に飛び込んだ。誰かに当たったかはわからないが、バンは大きく左右に揺れた。
「ゆり! 僕の位置をスガと合わせてくれ!」
矢を装填しながら健太が言う。
「分かった。健太、無茶しないでね」
ゆりがアクセルを踏み込み、再びバンと併走する。俺とスガの位置が並んだ瞬間、スガはせわしなく前方を気にしながら、また拳銃を構えた。
「ゆり、姿勢を低く! 健太、スガはもう構えてるぞ!」
ガン! とまた銃声が響く。弾は今度は助手席の窓を撃ち抜いた。
ゆりは低い姿勢のまま車を加速させ、健太はスガと並んだ瞬間――、ボウガンの一閃。
バンは急ハンドルを切ってガードレールに激突し、そのまま乗り上げて横転した。
俺達も車を止めて、太陽の日差しで熱を持ったアスファルトに足を着けた。
――さあ、戦争だ。
あいつ次第では、殺すしかない。
スガ達は横転したバンの中から、なかなか出て来ない。俺達も奴が拳銃を持っている以上、迂闊に飛び出すわけには行かない。
真っ赤なRVの影から、スガ達の様子を伺う。
しばらく経つと、取り巻き達が揃って両手をあげて出てきた。スガの姿は無い。
「お、おい! 降参だよ。悪かったよ。謝るから」
「黙れ! お前ら明日香とマイに何をしようとしたのか忘れたのか!」
顔を出して叫び返した瞬間、また銃声が鳴った。弾は俺に当たらず、RVのボンネットに火花を散らした。
直後、スガの声が響く。
「ヒハハハ! こっちにはこの拳銃があるんだ。弾もちゃーんと入ってたし、中々ラッキーだったぜ!」
「ったく、ホントに卑怯な奴らね」
仲間を囮に使ったんだ。本当に見下げた奴だ……。
――しかし、口裏を合わせた作戦かと思ったが、取り巻き達は焦っていた。
「す、スガさん!? 話違ぇっすよ!」
「あんたが降伏しようって言うから! なのになんで!」
「うるせえ!」
連続して二回、空へ向かって銃声が響く。
「す、スガさん……?」
「テメェら囮もろくに果たせねーで、俺に迷惑かけるんじゃねえよっ! あいつら潰してこいや! これで撃ち抜かれたくなきゃあな!」
取り巻き達は少しの逡巡の後、意を決したようにこちらへ向かってきた。
俺達は、別の脅威に気付いていた。
スガが馬鹿みたいに発砲したおかげで、銃声を聞きつけたNAD達が通りの影からゆっくりと俺達に近づいて来ている。
取り巻き達はスガに撃たれないことに必死なのか、全く周囲が見えていない。
これは逆にチャンス。もう少し、NADが近くまで来れば。
「健太、スガの拳銃を食い止められるか」
この距離でスガに手を出せるのは、ボウガンの使い手である健太しかいない。
「任せてくれ。ただ、矢を結構使ったから今の手持ちはあと一本。一回限りだよ」
「頼んだ。虎二と出る。あとはみんなで、ここでNADから車を守ってくれ。もしも走るNADが来たら、すぐに撤退だ。その時は大声で知らせて欲しい」
「わかった。鷹広、気をつけて」
「絶対ぶっ飛ばしてきてよね」
「私も、頑張ります」
全員無事に、絶対に帰る。俺達は互いに強く頷き合った。
「よし。虎二、行こう!」
「ああ、勝つぜ」
俺と虎二は、二人同時に車の影から飛び出した。
「オラァ!」
虎二は一番近くにいた取り巻きに、素早く拳を叩き込む。俺も鞘に入れたままの日本刀で、容赦なく別の一人を叩きのめした。
二人倒したところで、残りの取り巻き達が俺達二人を囲む。そこへスガが顔を出した。
「ハッハァー! 出てきやがったなクソどもがァァァ!」
スガは車の影から銃を俺達に向けた。だがその瞬間――。
健太のボウガンの矢が、拳銃を構えたスガの右手の甲を貫いた。銃声と共に弾丸はあさっての方角へ。
「いっ……イッテェぇぇぇぇぇぇぇ!」
「す、スガさん!?」
「スガのこともいいけど、自分達の心配をした方がいいんじゃないか?」
「な、なんだと! テメェら、囲まれてること忘れてんじゃねえぞ!」
「忘れてんのはおめーらだ。あんだけ騒いで、何が寄ってくるか思い出せよ」
スガと俺達を交互に見やる取り巻き達に、教えてやった。
NAD達はもう、俺達をぐるりと取り囲むように迫っていた。
「やっ、やべえ! NADがこんなに!」
「どうする? 共闘でもするか? ごめんだけどな」
虎二はそう言いながら、不敵な笑みで取り巻き達に詰め寄る。NADは俺達にとっても危険だが、虎二の力ならスガの取り巻き達と同時に相手をしても、余裕でお釣が来るはずだ。
「くそっ、このガキ共がァァァァ!」
追い詰められた取り巻きの威嚇を合図に、乱戦の幕が上がった。
襲いかかるNADに必死で応戦しながらも、それでも俺達を潰しにかかる取り巻き達を、虎二は殴っては身を躱して蹴り飛ばし、一人で軽々と捌いている。
俺は、バンの影に隠れているスガから一ミリも目を離さない。
「おいスガ。俺はお前を許せない」
スガは車の影から少しだけ顔を出したと思えばすぐに引っ込めたりして、せわしなく動いている。息も上がっていて、健太にボウガンで貫かれた右手が痛むのだろう。
実はもう残りの矢は残っていないとは言え、健太の操るボウガンの存在そのものが、スガの脅威になっていた。
「う、うるっせえぞクソガキ! ……あん? その刀、どこから持ってきやがった」
急に、右目だけをバンの影から覗かせるスガが、訝しげに俺に問いかけた。
「刀? それがどうした」
「お前、それ、モール近くの住宅街の屋敷から持ってきたんじゃねえか?」
「! なんで知ってる」
「クッ……ヒャハハ! 知ってるも何も、あそこぁ俺のジジイの家だ! えぇ? 腐れジジイが後生大事に持ってた刀、“蜂須賀虎徹”だろ? 俺がどんだけ頼んでも、触らせもしなかった刀だ! あのジジイが誰にも手渡すはずはねえが、ってことは……死んだか、あのジジイ」
「……何だって」
じゃあスガは、あのおじいさんの孫、なのか? 俺はおじいさんの苗字を思い出した。
蜂須賀……“須賀”。それでスガ……?
「いい気味だぜ……あのジジイ。死んで清々すらぁ! 俺を見る目が虫けらを見るようだった……今でも忘れねぇぜ。バチが当たったんだなぁ」
「お前は虫けらだろう。いいや、それ以下だ」
「んだとぉ?」
俺は完全に頭に来ていた。身を呈して、自分の妻を守った誇り高き男を、しかも自分の肉親を、ここまでコケにできるのか。
「お前は生きてる資格なんてない」
「テメェ、そっくりそのまま返すぜそのセリフ。死ねや! その刀は孫の俺が貰ってやるからよォ!」
スガは生きている左手で拳銃を構えて、俺に向けて引き金を引いた。
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