29 リベンジャー

 屋上の扉を開けると、虎二達がフェンスの金網から音の鳴る方向を睨んでいた。


「虎二、一体」

「見ろよ、アレ」


 虎二が顎でしゃくる先、騒音の正体は、一台の黒いバンだった。その隣にはさらにもう一台、中型のトラックが併走している。

 大音量で、ひどく歪んだギターのパンクを鳴らしながら、ゆっくりと向かって来る。


 ――その黒いバンに俺は、いや俺達には、見覚えがあった。


「あの車、スガか!?」

「オイオイ、スガって? ……あぁ、敵なんだな」

 

 張り詰めた俺達の空気を、MASAHIKOが察した。


 黒いバンがバリケードを突き破り敷地内へ侵入すると、助手席から一人の男が身を乗り出した。

 顔の下半分を包帯でぐるぐると覆っていたが、真っ黒なオールバックの頭と特攻服ですぐに誰だか分かった。思った通り、あの憎きスガだった。


 スガは手に持った拡声器で俺達に向けて言った。


「おいお前らー! 俺達の城を横取りしやがって。そんなおバカさんたちにはお仕置きしねえといけねえなぁ! 全員、NADになって死んじまえ!」


「ねえ、あれ!」


 明日香がバンの後方を指差す。

 ――爆音のギターの音に吸い寄せられるように、NADの群れが近づいて来ていた。


「あれをわざわざ、爆音で引き連れて来たのか!?」


 すると、バンと併走するトラックがブレーキをかけて止まった。

 男が降りて、運転席に何かを仕込んでいる……?


 ――次の瞬間、エンジンが唸る。無人のトラックが猛スピードで、モールの一階に突っ込んだ。


「ヤロウ! まじかよ!」


 大きな破壊音と共に、建物が揺れる。

 スガはヒャハハ、と拡声器で高笑いを響かせる。バンは音を垂れ流すのを止め、もう一箇所バリケードを突き破って、ゆっくりとモールを出て行った。


 NADの群れはもう、敷地内に入ろうかという位に迫っている。


「急いで一階へ!」


 とっさに指示を出し、全員で階段を駆け下りる。

 一階に着くと、トラックが壁を突き破って見事なまでの風穴が空いていた。


 その穴から外へ飛び出すと、スガのバンはモールに面した国道を走り去るところだった。

 身を乗り出しているスガが、舌を出しながら俺達へ中指を立てた。


「逃すか!」


 健太がボウガンを構えるとスガは慌てて中へ引っ込み、バンは走り去った。


「おい、どうする鷹広」

「ああ、決まってる」


 俺は深く息を吸って、熱を持った吐息と共に叫んだ。


「MASAHIKO! ここを頼んでいいか? 最悪一階はNADにくれてやれ、意地でも二階以上には入れるな!」

「おうYO!」

「俺達はスガを追う! 今奴らを叩かないと、きっと次はもっとエスカレートする。俺達に手を出してきたことを、後悔させてやる」

「私も、あいつを殴りたい」

「殴るどころじゃ済まさないわ。タマを切り取って食わせてやる!」


 俺も含め男子陣は股間を押さえて青ざめる。


「鷹広君、あいつら車だ。どうやって追いかけよう」

「虎二、あんた車とか盗めないの?」

「バカ言うな! 人のもん盗んだら泥棒だろうが!」

「ったくリーゼントのくせに!」


 どうする。走って追いかけるか? いやバカな、あっという間に逃げられる。


「オイオイオイ鷹広! これ使え!」


 MASAHIKOが車のキーを投げてよこした。


「俺らの車だ! そこの真っ赤なRV。傷つけんなYO?」

「助かる! ありがとう!」


 MASAHIKOは拳を突き出して返事をした。


 俺達は駐車場の車へと走り出す。

 しかしNAD達が突き破られたバリケードを越えて、俺達に接近していた。


「鷹広! 俺が足止めするから、行け!」

「僕も援護する!」


 虎二がNADへ向かって駆け出して、健太はボウガンを構えた。

 今は、全員でNADと戦っている場合じゃない。この場は二人に任せて、俺達は一刻も早く車を動かさなければ。


 MASAHIKOのRVのドアを開けて、運転席へと飛び乗った。しかし。


「えっと、なんだ? マニュアル車ってやつか? キーはここで、このレバーどこに入れるんだっけ」


 俺の家には車が無かったし、もちろん運転なんてしたことが無いからマニュアル車なんて全く訳がわからない。アクセルを踏めば進むのはわかるが、どうすればそこまでたどり着けるのか。

 後部座席の明日香とマイも、よく分からないようだった。


「鷹広さん! 代わって!」


 意外なことに、ゆりが言った。言われるがままに助手席へ移動し、運転席を譲る。

 キュルルル、という音と共にエンジンが唸る。

 ゆりはガチャガチャとレバーを操作して、サイドブレーキを下ろして叫んだ。


「虎二さん! 健太! 乗って!」


 NADに応戦していた虎二が開け放たれた後部座席へ飛び乗り、最後に健太が近くの一体に矢を放って乗り込んだのを合図に、真っ赤なRVはタイヤの摩擦音と共に、ぐん、と加速した。


「ゆり! 運転できるのか!?」

「うちは農家です。いつも軽トラを運転して手伝ってました」


 まじかよゆりたんかっけえ! 

 車体を横滑り気味にして車道に飛び出す。

 スガ達の黒いバンが、国道の少し先に停まっているのが見えた。少し離れた場所で見物を決め込んでいたようだが、俺達に気付いたのか、急発進して逃げ出した。


 カーチェイスの始まりだ。広い国道を黒いバンと真っ赤なRVが疾走する。

 虎二が窓を開けて叫んだ。


「ヤロウ、逃げてんじゃね――おわっ!」

「虎二さん、舌を噛まないでよねっ!」


 ゆりは道に転がる自転車や動かない車を縫うように走る。車内は右へ左へ激しく揺れた。


「あ、あは、あはははははは! 遅い、遅い、遅いですよぉっ!」


 ゆ、ゆりたん……? この子、ハンドルを握ると性格が変わるタイプなのか? 

 しかし大した運転スキルだ。最短距離で障害物をかわし、あっという間にスガ達のバンの横につけ、助手席の俺は運転をしているスガと睨み合った。


 その時、スガは窓を開け、何かをこちらに向け――!? 


「伏せろっ!」


 瞬間――スガの手から、パン! と何かが破裂するような音が響いた。

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