27 同盟結成
「いやー、健太さん、もしかしてこの辺じゃ名の売れたラッパーなんじゃないすか?」
「いやいや全然、ただ好きなだけで、ステージに立ったこととかないです」
「すげぇ! それであのフロウ! 天才かよ……。一緒にイベントやりましょうよ!」
大人数で食事をしながらテーブルを囲む。何だかすごい話に花が咲いているが、拳を交えた者同士にしかわからない何かがあるのか? 俺とマイだけ置いてけぼりなのはそういう理由なのか?
「俺も負けっぱなしじゃいられねえ。健太、俺にラップを教えろ!」
「トサカの兄さんも、やったことねえのに俺の勝負を受ける度胸がすげえぜ! フリースタイルじゃあビビった奴の負けだからな!」
「それで、あなた達は?」
明日香が訳のわからない会話を遮った。ナイス。
「オイオイ申し遅れたな! 俺はMASAHIKO。見ての通りのラッパーだ」
一人で虎二と健太を相手にしたキャップの男が名乗り、仲間も紹介してくれた。
「そんでこいつはU.G。ガタイ通り、なかなか強いぜ」
よろしく、とレスラーみたいな男が頭を下げた。
「こっちはSYACHO。社長みてーな見た目だろ。でも見た目だけだ!」
社長っぽい。シャープな眼鏡が社長っぽい。
「私はTAKAKO。MASAHIKOのマネージャーみたいなものよ」
すごく綺麗なロングヘアのお姉さんだ。透き通るような瞳の奥に不思議な色気がある。
「ところで君がこのチームのリーダーかな? すっごいタイプ」
TAKAKOが俺の隣に足を組んで座り、首に腕を回してきた。
明日香ともマイともゆりとも違う、大人の女性のいい匂いがする。
「いやいやいやいやタイプだなんていやいやそんなそんな」
二の腕が細い。くびれも細い。拓けたシャツのデコルテが眩しい。
華奢な身体を、抱きしめてあげたくなる――。
「鷹広」
ダンッ、と明日香が俺の目の前に空のピッチャーを置いた。
「お水、汲んできて」
絶対零度の冷たい視線と口調。何だか何かがとてもマズイ、と本能が告げる。俺は速やかにピッチャーに水を汲み全員のグラスに注いでから、後はもうソファの上に正座をして黙っていることにした。
「みなさん、今までよく無事でしたね。どちらからいらしたんですか?」
ゆりがエプロンで手を拭きながら、テーブルにやって来て尋ねた。
「もうほんっと命ギリギリの連続よ! あ、俺達は池袋から来たんだ」
「「「「「「――池袋ッ!?」」」」」」
俺達全員、音を立てて立ち上がった。
「いいい池袋って、そんなやべえ奴らがこんなところに」
あの虎二が、冷や汗をかいて狼狽えている。
「池袋の連中に、僕のラップが通用するなんて……きっと、少しも本気じゃなかったんだ」
「あれでしょ、池袋には乙女ロードっていう……あっ、なんでもない」
明日香はなぜか急に黙った。
「池袋で道に迷ってしまったら、時空の狭間に閉じ込められて二度と出られず永遠に彷徨い続けると聞いています」
「あ、あんた達なに池袋くらいで、び、ビビってんのよ!」
「まさかっ! マイは池袋から生還したことがあるのか!?」
俺が聞くと、全員がマイを凝視する。
「えっいやっ、その……ない、けど」
「なんでえ、見栄はるんじゃねえツインテールが」
「何よ!」
まあまあ、とゆりが二人をなだめて話を続ける。
「真面目な話に戻りますけど、池袋は、と言うより都内は茨城よりずっと人が多いですし、NADの数も桁違いだったかと思います。本当に、よく来られましたね」
ゆりがMASAHIKOに聞く。
なんだろう、この二人は人種が違いすぎて、言葉が通じるのか常に不安になる。
「NAD? ああ、あのイかれたパリピの事か。俺らは今ツアーで全国回っててな。奴らに襲われたのは、ブクロじゃなくてここ茨城に来てからだ。もしブクロにいたら、流石に生きちゃいられなかったろうな……不幸中の幸いだ」
MASAHIKOがテーブルの上で手を組んで話しながら、段々とシリアスな面持ちに変わる。こんな真面目な表情できたのかという違和感がひどいが、彼らの道中の深刻さが痛いほどに伝わってくる。
その流れでSYACHOが続く。
「茨城入りしてまず、ライブまで時間があったからTouTUBEにアップする動画でも撮ろうかと思ったんです。それで、第一県民を発見! なんつってMASAHIKOがラップバトルを仕掛けたら、いきなり襲いかかって来て……それを皮切りにわらわらと奴らが集まって来まして」
「恐ろしかったわ。でも、MASAHIKOの身に何かあってはならないから、死にものぐるいで逃げた。スマホも圏外で、助けなんて呼べなかった」
TAKAKOが視線を落として言った。U.Gは腕を組み、神妙な顔で頷いている。
「俺達は無我夢中で車を走らせた。あのイかれたパリピ共を何体轢いたかわからねえ。そうやって逃げ続けてたどり着いたのが、このショッピングモールってわけだ」
……彼らも、能天気に見えて色々あったんだ。
「しかしYO! そのおかげでこんな超DOPEな奴らと出会えたなんて、ついてるぜ」
MASAHIKOは重くなった空気を変えるように言った。
「イバラギも捨てたもんじゃねえな!」
「――イバラ“キ”、な」
食い気味に俺達全員が声を重ねた。
今のは許すが二度目は無い――。そこだけは譲れなかった。
こうして、「同盟だ!」なんて言って健太とMASAHIKOが固い握手をして、MASAHIKO率いるラッパーチームをショッピングモールに迎え入れた。
彼らは信用できる。激しい戦いを経てそれがよく分かった。
頼もしくて、DEEPでDOPEで愉快な仲間が増えた。
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