25 敗戦
「さ、シャワーでも浴びてゆっくりしよっと。ゆり、あんたちょっと疲れたでしょ」
「はい、少し。シャワーの後はマッサージチェアですね」
「いいねえ。んー、そのあと夕飯何にしようかな」
蜂須賀夫妻の家を出た俺達は帰路に着き、ショッピングモールはもう目の前。たった一日外で過ごしただけなのに、かなり長い大冒険をして来たような気分だった。
うちの女性陣が談笑しながら先頭を歩いている。身長が高い明日香と、普通くらいのマイ、そして小さなゆりが並んでるとまるで三姉妹みたいだ。
明日香がくるっとポニーテールを揺らして振り返り、みんなへ問いかけた。
「ねえ、みんな夜何食べたい?」
「カオマンガイだ!」
「何かパクチー!」
虎二とマイが食い気味に答える。何て自分の欲求に素直な二人なのだろう。遠慮がちで慎ましい性格の俺からしたら羨ましい。
「鷹広は何がいい?」
「きのこ以外!」
「何で僕の方見るの?」
そんな感じで会話を交わしながら、閉じてある駐車場のゲートを開けて、敷地内に入った時だ。
「ねえ鷹広さん。あんな車、ありましたか?」
ゆりが指を差す先には、見覚えのない真っ赤なRV。目を引く色をしているから、最初から駐車場に停まっていたなら覚えていないと言うことは考えづらい。
「……中に誰か、いる?」
和やかな空気は一転、俺達に緊張が走る。
出入り口にしている非常階段から三階へ駆け上り、モールの中へ入るとまた異変に気づいた。
「何だ? 何か聞こえないか?」
「何でしょう……音楽、ですね」
一定のリズムが聞こえてくる。どうやら二階の楽器店の方向からだった。
乙姫さん達が来たのであれば大歓迎だ。だが、もし別グループが占領しに来たのなら戦う事も有り得る。俺達は武器を手にしたまま、音の鳴る方へと走った。
――駆け付けた楽器店では、三人の男と一人の女がブラックミュージックに合わせてゆらゆらと揺れていた。
一瞬NADかと思ったが、どうやら生きた人間だ。
連中はこちらに気付くも音楽を止めない。身体を揺らしたまま、俺達と目が合う。
「……」
「…………」
「………………」
両者しばらく無言で見つめ合った後、キャップを深く被った細身の男がマイクを構えて息を吸った。
そして、もう片方の手で空を切りながら、声を放つ。
『――YO! ここは俺らのナワバリ
お前らの居場所はねえアイムソーリー!
さっさと出てけ潔く去り、今日という日
お前らはゲラウヒィァ!――』
フゥー! と周りの四人が声を上げる。どうやら害はなさそうだ。
「なんだねこの珍妙な生き物達は。マイ、君の友達かな?」
「知らないわよ。ぶっ飛ばすわよ変態」
マイは息をするように俺に向かって毒を吐くと、一歩進んで彼らに言った。
「あんた達! ここはあたし達の縄張りよ。あんた達こそ出て行きなさいよ!」
彼らは音楽を止めた。キャップの男が答える。
「オーイオイオイ、そんなビートもフロウもグルーヴもねえ言葉が、俺らに響くとでも思ってんのかYO? あぁ?」
「はぁ? ビート? フロウ? 意味分かんない。日本語喋りなさいよ!」
「オイオイオイオイオーイオイオイ、話の通じねえ女だぜ。どうしてもここを取り戻してえならなあ」
キャップを被ったオイオイマンは拳をコキコキと鳴らしながら、こちらへにじり寄ってくる。
「何よやる気? 行け! 虎二!」
「俺ぁポケモンかなんかか! ったく、しょうがねえな」
虎二がだるそうに前に出た。
「オイオイ相手はお前かぁ。いいぜ、かかってこいYO」
「へっ! 死なねえ程度にはしてやるよ」
虎二は不敵に笑って拳を構えた。が。
オイオイマンはパチン、と指を鳴らすと、仲間がさっきの曲をまた流し始めた。
そして再び、マイクを構える。
『――お前のトサカ、おいそれまさか
ポリシーだとか、言うんじゃねえか?
時代、遅れ、恥を知れ!
田舎モンのてっぺん、
センス無え、減ッ点!――』
リズムの上を流れるように、虎二のトサカのようなリーゼントに対するディスを乗せる。またフゥー! と彼らは沸き立つ。
「何よこいつら。虎二、さっさとぶっ飛ばし――」
「黙ってろ」
虎二はオイオイマンを見据えたままマイを制し、つま先でリズムを取りながら続けた。
「俺はこんな軟派な音楽も、奴らのナリも気に喰わねえ。だがよ、この心の奥底から湧き上がる衝動、奴のナイフのように尖った言葉。認めたくねえ、認めたくねえけどよ……奴は漢だ。俺はこの勝負――」
オイオイマンが投げたマイクを、虎二は受け取って言った。
「逃げねえ!」
ヒューゥ、と彼らは口笛を鳴らす。マイはぽかーんとした顔で立ち尽くしている。
なんだか俺の心の奥底からも、熱い何かが込み上げてきた。
「かましてくれ! 虎二のフロウ!」
フロウの言葉の意味なんて、知らない。
虎二は大きく息を吸った。いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
『――お、お前このやろ!
ぶっ飛ばすぞこの……ばか! やろう!
ぼけ! カス! よ、YO!――』
キィン、とマイクがハウリングした。
静寂。流れ続けるビートだけが虚しく響く。
虎二はきっと、勝てるだなんて思っていなかった。
だけど、逃げなかった。
武器の一つも持たず、いつもの通り素手で相手の土俵に立ち、奴の刃に立ち向かったんだ。
……だからそんな目で虎二を見るなよ、マイ。
ブゥゥゥゥ! と彼らは親指を下に向けた。
オイオイマンはダメ押しの言葉の刃を虎二に浴びせる。
『――とんだ俺の見込み違いだ、
ハッタリかまして、だせえ醜態だ!
その度胸だけぁ一丁前だが、
お前の敗け、これが現実(リアル)だ!――』
「――ぐあァァッ!」
「虎二!」
虎二が言葉の刃を正面から受けきり、倒れた。
肉弾戦では敵無しの虎二だが、それでも虎二だって人間だ、何をやらせても無敵という訳では無かった。
この戦いにおいては、あのオイオイマンの力の方が圧倒的に格上だ。
唖然とする俺の横で、マイが虎二へと駆け寄って、身を呈してかばう。
「もうやめて! 虎二は……虎二はもうボロボロよ! もういいでしょう! あんた達の勝ちで……いいから……」
傷だらけの虎二の顔を見つめながら、マイは悔しそうに、振り絞った声で言った。
くそっ! 俺達は強い? 何を思い上がっていたんだ! 何もかも上手くやれる気になって、そんな驕りのせいで、仲間が一人、倒れた。
――これが俺達の、初めての敗戦だった。
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