23 曇天、一瞬の再会

「起きろーーーーー!! 朝よ朝! 探索探索!」


 マイのけたたましい叫び声で目が覚めた。枕元のスマホを見ると、朝の五時。

 アンディの時といい、何なのこの子朝強すぎない? 絶対一番遅くまで寝てそうで、無理に起こそうとするとガチギレしそうな感じなのに。

 みんなもさぞかし驚いて……と思ったら、もう準備を始めてた。マイは俺にだけ耳元で叫んでたようで、どうやら寝坊助は俺の方だった。

 

 みんなに追いつくように急いで準備を済ませて、まずは屋上へ向かった。アウトドア用品店にあった双眼鏡で、群れが近くにいないか確かめるためだ。


 「……うん、群れは見えない。この間の群れが消えて行った方とは逆方向を探索しようか」

 

 全員が頷く。いよいよ久しぶりの探索開始だ。俺たちはショッピングモール三階の非常口へ向かった。


「ねえ鷹広。三階の非常階段から出るのって、学校の時と一緒だね」

「ほんとだ。……ほんの少し前なのに、懐かしいな」


 もしかしたら乙姫さん達は、ここを出て行ったあと学校に戻っていたりするだろうか。そうしたら、明日香の残したメモを見て、このモールにまた来てくれるかもしれないな。


 非常口の重い鉄扉を開ける。外は曇天。分厚い雲が天井のように広がっていて、生ぬるく湿った空気が頬を撫でる。

 このどんよりとした重たい空気は、俺としては日常のひとつまみのスパイスって感じで、実は嫌いじゃなかったりする。


 俺と虎二で大きなキャンプ用のリュックサックを背負い、みんなで歩き出した。中身は水と、もし今日のうちに帰れなくなった時に備えての食料が少し。調達品を入れる為にスペースに空きを持たせてある。


 あとは各々、自分に合っていそうな武器を装備している。

 健太はボウガン。明日香は頑丈そうなフライパン。力の弱いゆりには、鈍器より刃物の方がいいだろうということでサバイバルナイフを持たせた。

 俺は金属バットで、マイはご存知アンディを持っている。虎二はいつも通り素手だ。


 久々に外に出てアスファルトの上を歩く。なんだかパーティを組んだオンラインゲームみたいで、少し楽しくなってきた。

 皆で警戒はしつつ、談笑しながら進む。


 街路樹の並ぶ大きな通りに出た。広い車線の両脇に色々な店が点在している。車社会の田舎だから店ごとの距離は離れているが、歩いて回れない距離じゃない。

 まず目に入ったのは、大きなバイクショップだ。


「おぉ! この店、ここにもあったのかよ!」


 虎二が目をキラキラと輝かせる。


「あんた、バイク乗るの?」

「おおよ。漢は黙って二輪よ」


 想像してみた。大きなアメリカンに跨り、なぜか口に葉っぱを加えた古い映画みたいなスタイルで、港に佇む虎二。なるほど確かに。似合いすぎる。


「バイクかー。いいな、俺も乗りたかったな」

「もう免許もクソもねえだろうし、いいんじゃねえか? イカしたバイク見つけてよ、いつか乗ってどっか行こうぜ」

「まじか! いつか絶対行こう。超行こう」


 いつ行けるのか、果たしてそんな日が来るのか分からないが、虎二と約束した。


「鷹広さん、バイク用のプロテクターとか、持っておいてもいいかもしれません」

「ああ、行ってみよう!」


 気が早いのは承知だが、バイクに乗るならどんなヘルメットがいいかな、とかウキウキと考えながら、俺は先頭を進んだ。


 バイクショップの入り口は開いていた。

 中にNADがいるかもしれない。俺と虎二とマイが前衛で、後衛は健太と明日香とゆりに任せ、慎重に入り口をくぐる。


 ――いた。店員らしきNADが一体と、客のようなNADが二体、店内をうろついている。


「健太、この距離で仕留められるか?」


 小声で聞くと、こくり、と健太は頷いた。

 すぐにボウガンで狙いを定めると、シュッ、という音と共に、店員のようなNADの頭に矢が突き刺さった。 


 だが、倒れた先がまずかった。ガラスの商品棚に倒れ込んで激しい音が鳴り、残り二体が反応して俺達に気付いた。すぐさま虎二とマイが飛び出し、先手を打つ。


 虎二は跳躍と同時に振り向くように身体を反転させ、鋭い跳び後ろ蹴りを放った。NADの頭が跳ねて身体が宙を舞い、地面に落ちてそのまま動かなくなった。


 マイは……。


「ゴ゛ル゛ァァァァ!」


 えっ、なに怖い。マイの掛け声怖い。

 NADの三倍くらい濁音の混じった声をあげ、アンディを頭に叩き込んだ。

 こいつほんとに女の子か。黙っていれば可愛いのに。


「ふぅ、やったわ」

「お前、こええよ」


 清々しい顔で返り血を拭うマイ。隣の虎二はドン引きだ。


「しかしあれね、頭の丸みでアンディが少し滑ったわ。改良しないと……」

「僕、マイとアンディを夢に見そうだよ」


 健太は自分のボウガンの矢をNADから抜き取りながら、青い顔をしている。

 アンディの顔にNADの血がべったり糸を引いていて、もうこれでホラー映画が撮れそうだ。マイとアンディで、チャッキーやジェイソンに並ぶホラーアイコンになれる。


 念のために店の入り口を閉めて、安全を確認してから色々と物色した。

 プロテクターに、頑丈そうな革ジャン、それにうちのお洒落な女性陣も納得するような、内部にプロテクターを仕込める女子向けのジャケットなんかもある。


 みんな肘や膝のプロテクターを装備しているが、虎二は動きの邪魔になると言って付けず、拳の所にゴツい金具のついたバイク用グローブに指を通した。


「素手であいつら殴るの危なかったからな。これで思う存分殴れるぜ」


 思えば虎二は、学校で噛まれた時を除いてNADは全て脚で倒していた。縛りプレイであの強さとか、やっぱ虎二はすげえ。


 そうしてバイクショップを後にし、次の店を探しに大通りを歩き出した時。

 ふと、先頭の虎二が目を細めて立ち止まった。


「……ん? おい鷹広、明日香。あいつ――」


 指を差した方を見ると、通りを走って横切る人影。



「ねえあれ――熊田君!?」



 確かに見えた。制服姿のままの、熊田の姿が。


 思わず名前を叫びそうになるが、大声を出せばNADを呼び寄せてしまう。大きく手を振って何とか存在をアピールすると、熊田はこちらに気付いてその場に立ち止まった。

 俺達は急いで熊田のもとへと駆け寄った。


「熊田、無事だったか!」

「ああ……え、おいダブり、お前生きてたのかよ!」

「てめえと違って硬派に生きてんだ。死ぬわきゃねえだろ」

「どうして、どうして無事だったんだ? 噛まれたらあいつらになっちまうんだろ? なあ、どうしたら助かるんだ?」

「いや、どうしてって言われてもな、分かんねえよ」


 虎二がそう言っても、熊田は助かる術は何だったのか何度も責めるように問いただす。無理もない、この荒れた世界で、NADの恐怖に心身共に疲弊しているんだろう。

 俺は熊田を落ち着かせるように両肩に手を置いて、こっちの聞きたい事を尋ねた。


「熊田、乙姫さんは!? 海老原も!」

「あ、ああ。あいつらなら、大丈夫だ」


 心の底からほっとした。乙姫さんは無事だ。深く安堵の息を吐いてから、俺は一つ提案をした。


「健太から聞いたけど、あの後ショッピングモールに来てたんだってな。スガ達は追い出して今は俺達が根城にしてるから、一緒に来ないか。なあみんな?」

「俺に敬語使うなら検討だけはしてやる」

「乙姫なら大歓迎。あんたは嫌」

「君達ちょっとはオブラートと言うものをだね」


 正直な虎二とマイにツッコミを入れていたら、ゆりが俺の背中を引っ張った。


「鷹広さん! NADです!」


 数十メートル先の脇道から一体、熊田を追いかけるようにNADが姿を見せた。さらに一体、もう一体と後ろからぞろぞろと連なって現れる。その数、ざっと約二十体。

 昨日モールの屋上から見た数よりずっと少ないとは言え、それは群れと言える規模だった。


「う、うわっ、来やがった!」


 群れの先頭のNADが、こっちへ向かって徐々に加速する。途端に熊田は俺の手を振りほどいて逃げ出した。


「おい、熊田! くそっ、あいつ群れに追われてたのか」

「まあ何とかするだろ。今は俺らも逃げねえと!」


 虎二が俺の背中を叩いて、皆で走り出した。

 NAD達の視界から逃れるように大通りから逸れた住宅街に逃げ込み、曲がり角を見つける度に右折左折を繰り返す。


「あっ!」


 背後で、悲鳴と共にガシャンという音がした。ゆりが倒れていた自転車に引っかかり、転んでしまったのだ。

 プロテクターのおかげで幸い怪我は無い。明日香が急いでゆりを起こして再び走り出すが、先頭を走るNADが距離を詰めて来る。


「ア゛ア゛アァァァァァァァァァ!」

「やるぞ鷹広!」

「おう! マイ、先頭頼んだ!」

「合点よ!」


 マイを前衛にみんなを先に走らせ、俺と虎二は後方にまわった。


「オラッ!」


 虎二はぐるりと回転し、裏拳を叩き込む。まず一体。

 俺も真似をして、バットに遠心力を乗せてNADの側頭部を殴る。二体目。


 足を止めたら囲まれる。俺達はひたすらに走った。

 追いついて来たNADにだけ迎撃を重ねることで、一度に多数を相手にすることは避けられた。俺と虎二で互いをカバーしながら、しんがりを務める。


 六体を倒した。至近距離のNADはいなくなったが、走って来た道の向こうで群れの残りが追って来ている。

 しかし意外なことに、追い付いて来たやつ以外の大多数は、速くても小走りくらいのスピードだった。


「ねえ、ここ! ここでやり過ごせないかな!」


 立派な門と塀を構えた、純和風の大きな屋敷を明日香が見つけた。確かにもしこのまま走って、正面から別のNADに出くわしたら囲まれてしまう。そうなったらゲームオーバーだ。


 重厚な木の門を押すと、ぎいい、と蝶番の重くきしむ音と共に開いた。

 お邪魔しますなんて言っている暇は無いし、中に何がいるか分からないのも事実。だけどきっと、これが今の最適解だ。


「調達は中断だ! 一旦逃げ込むぞ! この中でも油断は無しだ!」


 俺達は意を決して、屋敷の中へと駆け込んだ。

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