22 同類の匂い
ゆりが夕飯に和食を作ってくれた。
料理出来ますチームの明日香、ゆり、健太で、特にきっちり当番は決めていないらしいが、自然とローテーションで作る流れになっているようだ。
こういうのって、人間性だと思う。お互いがお互いの負担や労力を思いやって、自然なサイクルが生まれて。そこに厳密なルールなんて必要ないんだろうな。
料理出来ませんチームの俺達は、ローテーションは無く毎回三人一緒に食卓の準備をするわけだが、ご飯作ってもらってるしこれくらいのことは喜んでやりたい。
そうして出してくれたゆりの和食の腕も大したもので、基本的に薄味のはずなのに、素材の味と香りで全員を骨抜きにした。
特に茶碗蒸しが絶品で、一口食べるとみんな一斉に余韻のため息をついたほどだ。
今は食器洗いを終えて、食後のお茶を飲みながらの雑談タイムだ。
「なんかここ最近でかなり舌が肥えた気がするわ……幸せ」
マイがソファにゴロンと寝転がった。
虎二が「舌じゃなくて体が肥えるぞ」と言って、思いっきりしばかれている。
「そういやゆり。日中、NADが音と視界で俺達を捉えるって言ってたけど、光には反応しないのかな? このモール、電気ついてるけど」
「はい。恐らく目で見て反応するのは動くものだけです」
お茶をすすりながらゆりは答える。
「健太君と出会ってショッピングモールへ来るまでに、何体かのNADをやり過ごして分かったことがあります。NADが反応するものは三つ」
もうね、この子はほんと博識で、頭がよくって、超頼りになるんです。可愛いし。
「まず二つは、動くものと、音。視界に入って動いたり、音を出したりしなければ、NADは私たちに反応しなかった。あんまり近いと流石にだめかもですけど」
「あと一つは?」
「匂いです。きっと、同類の匂い」
「同類の匂い?」
「正確には嗅覚かどうかはわかりませんが、NAD同士が互いに襲いかかることはありませんでした。何かで同類を判別しているのかと。そうやって出くわしたNAD同士が合流に合流を重ねて出来上がったのが、あの群れだと思います。きっと今も、これからもずっと、あの群れは大きくなり続けて」
ロジータ内の空気に緊張が走った。それを察したゆりの顔が、申し訳なさそうな表情に変わる。
「でっ、でも全然! 推測なので。すみません、不安にさせるようなこと言って」
ゆりはペコペコと頭を下げ、お茶をすすった。
「ゆり、リスクを考えるのはいいことだよ。こんな世界で楽観的に構えてたら、たちまちNADの仲間入りだ。群れには決して油断せず、リスクヘッジを徹底しよう」
「は、はい。ありがとうございます」
俺、ちょっと決まった。頭良さげなこと言えた。
「あんた今、決まった、とか思ってるでしょ」
マイ……キサマ……。
「ところでさ!」
テーブルに身を乗り出してマイが言う。
「もっと食料を確保しといてもいいんじゃない? 明日、探索に出ましょうよ」
「僕は賛成。いつかは行かなきゃいけないし」
「たまには外に出ないとなまっちまうしな。どうする、鷹広」
「ああ。早めに補給線を確保しておくのもいいし、そうしよう。出る前に屋上から、群れが近くにいないか確かめてから、みんなで行こう」
「よーし、アンディの初陣ね!」
そう言ってマイは素振りを始めた。アンディの顔を見ないように、全員が目を伏せた。
▼
夕飯後にシャワーを浴びた後、なんとなく夜の屋上に出てみた。
湿った空気を深く吸い込むと、なんだか今までより草木の匂いを強く感じる。
見上げた空では、燦然と輝く星達が怖いくらいに綺麗だった。
「鷹広も涼みに来たの?」
振り向くと、明日香が立っていた。
男達の後にシャワーを浴びてきたところだろうか。濡れた髪にラフな部屋着。妙に色っぽさを感じて、一瞬ぎくしゃくと挙動不審になってしまった。
「真っ暗だね。誰もいないみたい」
「うん。俺達だけの街、って感じだ」
街灯や信号機は、いつからか完全に消えてしまっていた。
このモールの他に目に映る光は、月と星しかない。いつもは遠くに見える高架線の赤い光の点滅すらも消えて、一切が暗闇に溶けている。
目の前に広がる無人の街並みをしばらく眺めていた。
「ね、変なこと、言ってもいい?」
「どうしたの?」
「なんだかね、もしも助けが来れば確かに安心だし、今までの暮らしに戻れればそれが一番いいんだろうけど……なんか」
明日香が言い終わる前に、その気持ちが分かった。俺の知ってる感情だ。
「『私は生きてる』って、実感するの。だからずっとこのままでもいいっていうか……ごめん、不謹慎だね」
「いいや。俺も、同じだよ」
そう、同じ。きっと明日香だけでなく、他のみんなもそうなんだろう。この世界においてなお、毎日目を輝かせて生きている。
夕食後のゆりの話を思い出した。NADと同じと言うとなんか嫌だが俺達も、同類の匂いとやらで群れを作っているのかな。
明日香はゆっくり、夜空を見上げた。
「なんだか不思議なんだ。危ないこともいっぱいあったし、虎二君が噛まれた時だって本当に悲しかった。それから、このショッピングモールでスガ達と戦った時も、すごく怖かった。なのに、なんでだろうね。こんなに危ない世界なのに、おかしいね」
春から夏に移り変わる時の、暖かい風が吹いた。
「俺、ずっとこの世界で生きるとしても、絶対に明日香を守るよ」
「ん? なんて?」
――ん? 何言ってんだ俺! 恥ずかしい!
「そそそそういやこのモールは電気があって良かったな! いやーほんと」
「ほんとだよね。太陽光発電の設備が備わってて、助かったよね」
そう、ゆりがこのモールの太陽光発電設備に気付いたのだ。街中の電気が止まっても、自動で切り替わると言っていた。おかげで今もなお、俺達は快適に暮らせている。
「さ、明日は探索で朝早いし、そろそろ戻って寝よ? 夜更かしはお肌に悪いですし」
「あ、ああ。そうだね」
さっきの俺の言葉は、風に流されて聞こえなかったみたいだ。もし聞こえてしまっていたら、夜中に枕に顔をうずめてじたばたせずにはいられなかったかも知れない。
俺はバクバクと暴れる心臓に知らんぷりをして、明日香と二人で屋上を後にした。
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