19 きのこが嫌いになりました。

 虎二が生きていた。

 今、俺は虎二と力強く熱い友情の抱擁を交わして、これが現実であることを再認識している。


 これ以上心強いことは無い。

 これ以上のサプライズなんて無い。


 RPGで途中離脱した仲間が強くなって合流するみたいなシーンがあるけれど、きっとその時の主人公達も、こんなに嬉しかったんだな。


 そこへ、罵声をまだまだ吐き足りない様子でマイが戻ってきた。


「ったく、あいつらまじ今度ツラ見せたら撲殺してやる。ねー、バリケード一箇所壊されちゃったわよ……ん?」


 何かに気付いたようにマイは、俺と虎二を見つめている明日香の顔を覗き込む。


「明日香大丈夫? なんか顔赤いし、鼻息荒いけど」

「へっ? いや、あのちちちょっと、安心してっ、それで興奮しちゃって!」

「何それどんな情緒?」

「うおっと!」


 俺が足を滑らせ、虎二もつられてバランスを崩して転んだ。

 結果、虎二が俺を押し倒したような体勢になった。


「アッッ!♡」


 明日香が鼻血を吹いて、嬌声に似た短い叫び声をあげた。


 ――誤解の無いようにもう一度言おう、俺達は熱い“友情”で結ばれた相棒なのだ! 



 戦いを終えた俺達はすぐにでも休みたかったが、あと一仕事。スガ達が車で逃げる時に破ったバリケードを修復しなければならない。

 屋外の非常階段から一階に降りると、鉄パイプと有刺鉄線で張られていたバリケードが、車の衝突でひしゃげて地面に倒れていた。

 幸い、NADはまだ入り込んでいなかった。モール内のホームセンターから使えそうな木材や針金を持って来て、素人仕事の不恰好な出来栄えだったが、その穴を閉じた。


 これで、もう安全。気付けばもう夕方だった。

 外界から隔離されたモール内の広いエントランスで、マイが待ちかねたように、両手を大きく広げて言った。


「このモールが、あたし達の城よ!」


 いえーい、ヒューヒューと場が沸き立つ。あのおとなしいゆりですら、ぱちぱちと手を叩きながら小さく跳ねている。

 やれやれまるで全員パリピじゃないか。

 恥ずかしながら、俺もだが。


 ▼


「いっつ! 染みる染みる!」

「我慢してください」


 俺達は一旦寝床としていたアウトドアショップに戻り、塞がりきっていない虎二のNADに噛まれた傷口を、ゆりが消毒している。

 今でこそゆりは真面目な顔で手を動かしているが、消毒のため虎二が上裸になった瞬間「ひゃ!」と声を上げて、両手で顔を覆ったウブな仕草がとっても可愛かった。


 余談は置いといて。

 虎二はNADにならなかった。生きているのも夢では無い。

 でも、両腕や肩にはいくつも、痛々しい噛み傷の跡が確かにある。


 虎二の傷の多さに驚く健太が、信じられないという顔で言った。


「虎二さん、こんなに噛まれたのに無事だったなんて……そういうこともあるんですね」

「なあ健太。お前、鷹広と同級生だろ? てことは俺とも同級生だ。さん付けも敬語も無しな!」


 虎二が健太の背中をバン、と叩く。


「わ、分かりました、いや、分かったよ、虎二君」

「んー、君付けか、まあ、いいか」


 虎二は健太の強さを認めたんだろう。一瞬で二人は打ち解けた。

 腕の消毒を続けながらゆりが言う。


「本当に、どうしてNADにならなかったんでしょう。今まで見てきた中で、助かった人はいませんでした。全員、早ければ数分で、NADになるはずなのに」 

「まーあれよ、気合いだな。硬派に生きてきて良かったぜ」


 虎二はカカカ、と笑う。奇跡が起きた事だけは確かだ。


「まったく、こんな脳筋バカに二度も救われるとはね。癪だわ」

「るせー。てめえは礼の一つでも言いやがれ」


 マイと虎二もすっかり仲良く(?)なった。包帯を巻いた傷口をマイが強く指で突き、虎二に怒られている。


「鷹広、嬉しそう」

「ああ、嬉しいよ。なんだろう、なんか、いい意味でモヤモヤする」

「ふふっ、何それ」


 そう言いながら明日香が肘でつついて来た。ちょっとキュンなんだが。

 

「じゃ、一段落したしシャワーでも浴びてこよっかなー。あ、そうだ」


 マイは息を吸い込み、含みを持たせた面持ちで俺に向き直る。


「くれぐれも、ノックもせずに更衣室に乗り込んで来たりしないでよね、変態」


 険しい眼差しで口元だけ吊り上げながら、俺を変態と呼んだ。

 ちくしょう、あのロッカーでの出来事をバラされたら、明日香にもゆりにも変態扱いされてしまう。そうなれば、徹底して清純派男子キャラを貫いて生きてきた俺の評判はだだ下がりだ。


「へ、変態?」

「なんでも無いわ明日香、いきましょ!」


 マイは去り際、悪魔のような微笑を残して行った。

 完全に弱みを握られた。

 怖い女だ、何があっても逆らうまい。マイだけに。

 


 女子が戻って来た後、入れ替わって俺達男子もシャワーを浴びることにした。

 薬局でシャンプーとかを拝借する時に、虎二が「キューティクルしようぜキューティクル!」などとわけのわからない事を言い出して、俺達は揃って無駄に高価なものを拝借した。良し悪しなんてきっと分からないけど。


「おーし風呂だ風呂! シャワーだけどな!」


 虎二がご機嫌に服をぽいぽいっと脱ぎ捨てる。


 ――その時、俺は何かの気配を感じた。

 相対すれば一撃で屠られそうな、NAD以上に危険な気配。

 二人とも気づいていないのか。この禍々しい気配は――。

 

 虎二の股の間で、大迫力のマツタケが揺れていた。


(で、でか!!)


 虎二の外見通りの屈強なマツタケ。

 足がすくんで膝が笑う。これが、絶望――。

 虎二は何も気に留める様子は無く、鼻歌混じりにシャワールームへ。


「鷹広君、行かないの?」

「あ、あぁ。すぐいく」


 だらだらと冷や汗を流しながら、健太の方へ振り返る。


「いやー、大きな物事が解決した後のシャワーは格別だよね」


 俺は自分の目を、自分の正気を疑った。嘘だろ……ここにももう一つ、絶望――。


 ――ドドゴゥン! 

 見るたびにそんな重たい擬音が聞こえてくるかのような、とても強大な、凶悪な、ベニテングダケ。

 健太の股間の茂みの中、悠然とぶら下がっている。


 昨日健太とシャワーを浴びた時には、女子のシャワーを覗けなかった悔しさで、他人のキノコを気にしている余裕なんてなかったから、気付かなかった。くそっ、油断した!


 なんだ、何なんだこいつら。あれが普通なのか? 俺が小さいのか? いやそんなことは無いはずだ。中学校の修学旅行の時に同級生のキノコ達を見たが、俺は比較的大きめの方だったはずだ。


 こいつらが、こいつらがおかしいんだ……こいつらが……。


 俺の頭の中で何かがぷつん、と切れた。

 ギリギリギリギリ。


「……なに虫みてーな音鳴らしてんだあいつ?」

「ほっといてあげよう、多分、何か悔しいことがあったんだよ」


 両隣の恐ろしいキノコのせいで、至福のシャワータイムのはずが逆に精神をすり減らした。

 

「かーっ! さっぱりしたぜえ! 浴槽がねえのは残念だけどな!」

「温泉とか探索に行きたいね。設備が生きてたら入れるよ」ドドゴゥン

「大事なのは膨張率……膨張率だ……俺は負けてない……」


 虎二と健太は俺の異変に気付き、怪我の具合が良くないのか、腹でも痛いのか、一旦少し休もう、と心配してくれた。うるさいよけいなお世話だと二人にカンチョーをしたら、その途端に心配されなくなった。

 


 その後、俺達は三階のレストランフロアに集合した。

 お待ちかねの、勝利の晩餐の時間だ。


「うおーっ! 俺達だけだ! 貸切だぜー!」

「いやっほー! 高級食材食べまくりよー!」


 虎二とマイが互いに負けじとはしゃぎまくっている。

 二人して走り出し、どこの店に入るのか目を輝かせていると思ったら、急に言い争いを始めた。意見が割れたのだろう。やれやれ、微笑ましいお子達よ。


 スガ達のいた中華料理店で食事をするのだけは絶対に嫌だ、と言うのが総意。

 いくつか店を回った結果、イタリアンレストラン“ロジータ”が、一番居心地が良かった。


 青と白を基調としたシンプルな内装で、天井では大きなシーリングファンが回り、客席には本革のソファが並ぶ。

 俺達高校生には少し萎縮してしまうシャレオツラグジュアリー空間だったが、もちろん店員も、他の客も一切いないから気兼ねする必要など無い。


 ちなみに電気は通っているから、キッチンの冷蔵庫には使えそうな食材がまだまだ残っている。

 ゆりが肉や魚を取り出して、匂いを嗅いで言った。


「賞味期限の問題もありますから、保存の効かない生鮮食品はいっそ豪快に使い切ってしまってもいいかもしれませんね。あ、でも干物とか燻製にすれば保存も効くから、やっぱり節約を……。うーん、どうでしょうか、鷹広さん」

「そうだなーアウトドア用品店に燻製器があったし、屋上で干物も作れそうだ。今後食糧も貴重になるだろうから、節約に賛成かな。でも干物とかってどれくらい日持ちするんだろうな……」


 すると虎二が俺とゆりの頭をむんずと掴んで、わしゃわしゃと撫で回した。


「ゆりも鷹広も、今日くらいは豪勢に行こうぜ! 飯にするぞ飯!」

「そうよ! 飯よ飯! さあ、誰が作ってくれるのかしら!?」


 マイの全身から“あたしは料理なんてこれっぽっちも出来ませんが何かオーラ”がほとばしっている。

 ゆりと目が合うとクスッと笑ったから、今日くらいはあれこれ考えるのは止めにした。


 ここで明日香が得意げな笑みを浮かべて、腕まくりをした。


「私にまかせて。これでも料理部よ!」


 なんだって……? 明日香の手料理が……食べられるってこと!? 


「フゥゥゥオォォォーー!」


 俺は天井を仰ぎながら雄叫びを上げた。


「あ、じゃあ僕も手伝うよ。結構得意なんだ」ドドゴゥン

「!? き、きのこ料理……ですか?」

「え? 何で?」ドド(略)

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