18 STRENGTH
「鷹広! 大丈夫!?」
「明日香!」
もう一台のエレベーターで戻って来た明日香が、俺のところへ駆けつけてくれた。
無事で良かった。正直ダメかと思った。安心したら力が抜けて、その場に座り込んだ。
「駐車場に追い詰められて、もうダメだと思ったら、突然虎二君が外から駐車場に入ってきたの。それで、助かった。私は大丈夫だよ」
「良かった…。ゲホッ、なあ、あれ虎二でいいんだよな? 本物だよな!?」
「うん、私も信じられなかったけど、虎二君だよ! 生きてたんだよ!」
本当なのか、どうして助かったのか、そういう疑問の何倍も何十倍も、ただひたすらに嬉しくてたまらない。
さっきからずっと、夢でも見てるんじゃないかって言う感覚だ。
――だけど、再会を喜ぶのはひとまず後だ。
「なんで、あの坊主頭は、NADに?」
「駐車場に一体のNADが縛り付けられてて、あいつが虎二君に追い詰められて噛まれたの。虎二君ね、今の状況を知った途端にホントに怒って、NADになったそいつを羽交い締めにして、エレベーターで」
なんだって? NADと一緒にエレベーターで昇ってきた?
「まじか!? 虎二、無茶し過ぎだ!」
お前がまた噛まれたらどうすんだ。俺は本気で怒った。
「ハハッ! 悪い悪い!」
いつもの笑顔であっけらかんと。
あぁ、本当に虎二だ。虎二が帰ってきた。
今は戦いに集中しなければと頭では分かっていても、失ったはずの誰よりも頼りにしていた男の姿が、俺の涙腺を滲ませる。
顔に力を入れて涙を堪えたその瞬間。
虎二の背後に、坊主頭のNAD。
あの時の記憶がフラッシュバックする。虎二が噛まれた、あの一瞬。
今度こそ虎二を噛ませはしないと、ボロボロの身体に力を込めた。
――それよりも速く。
綺麗な曲線の軌道を描くバットが、鈍い音と共に坊主頭のNADを黙らせた。
振り抜いた勢いのままくるんと振り返り、はにかんでいるのか怒っているのか、よく分からない表情をしたマイが、虎二に向かって言った。
「はぁ……二度も助けられるなんて。今のはほんのお礼よ! 今のでチャラよ!」
「お前、もっと大人しい奴かと思ったらそーゆー感じだったんだな」
虎二とマイが会話を交わしている。その光景は、虎二が命と引き換えにマイを助けたあの瞬間、有り得ない未来になったはずだった。
その二人が今、並んで立っている。
未だに実感が湧かないけど、これは間違いなく、現実だった。
「「「てめえらぁぁ!」」」
取り巻き達がやれ殺すだの、ぶちのめすだの叫びながら、バールにゴルフクラブ、ナイフを持ってこっちへ来る。頭数では不利だ。
だけど俺は、何も怖くなかった。不安なんて微塵もない。
「てめえら、俺のダチをよくもやってくれたなァ。どんだけ謝っても許さねえ」
虎二は、熱気を孕んだ息を吐く。
「全員、ぶっ殺してやるからな」
あまりの迫力に驚いたのか、近くにいたゆりの身体がビクッと跳ねた。
ゆらりゆらりと相手に歩み寄る虎二の声は、いつもの優しい調子とはうって変わって、もはや獣の唸り声と同じだった。
その時、虎二が睨みつける取り巻き達の背後で、人影が立ち上がった。
「ア゛ァァァァ」
「「!?」」
坊主頭に最初に噛まれた奴が、NAD化したのだ。取り巻き達は先ほどまで取り戻していた威勢を再び失い、慌てふためく。
瞬間、トスっと静かな音が鳴り、そのNADは頭に矢を生やして崩れ落ちた。
――山羊野健太だった。
失神しているスガから取り戻したボウガンを構えている。無駄のない動きで力強く矢を装填し、今度は取り巻き達に照準を向けた。前髪の奥から、冷たく燃える瞳を覗かせて。
相手は完全にビビってそれ以上こちらへ距離を詰めず、必死にプライドを保つかのように俺達を睨む。
「てめえ……パシリが……」
「へぇ、やるじゃねえか」
虎二がニヤッと口角を上げる。
そして、虎二、マイ、健太の三人が、俺を守るように目の前に並んだ。
「おいてめえら、消し炭にしてやる。腹括れ」
「同感ね。あんた達みたいな害虫野郎、NADの餌がお似合いよ」
「今の見ただろ? 僕は外さないよ。死にたい奴は、前に出ろ」
三人揃って、大きく息を吸う。
「「「――かかってこいや!!!」」」
三人が同時に吠えた。胸の奥から何かがこみ上げて、堪えたはずの涙が堰を切ったように溢れてきた。
「鷹広! 良かったね!」
俺の側で明日香が笑う。ゆりも、涙ぐんだ笑顔でこっちを見ている。
「あぁ、本当に。本当に良かった」
こいつらは、仲間だ。何があっても離れない、俺の仲間。
絶体絶命のピンチを、俺を、明日香を、助けてくれた。
俺はボロボロと、顔を崩して泣いた。
▼
「うるァァァ!」
虎二が暴れている。
取り巻きの一人がゴルフクラブで襲いかかればゴルフクラブごと拳でへし折り、ナイフで切りつけて来れば、刃を躱してもっと鋭利な足刀蹴りをお見舞いしている。
「オラオラどうしたァ!? 俺のダチに痛え目見してくれた礼はこんなもんじゃあ済まねえぞ!?」
虎二の咆哮に、取り巻き達はたちまち震えて後ずさる。
戦る気満々だったマイと健太は出番を失って、目の前で巻き起こっている嵐を渋い顔をして傍観していた。
あと数秒でカタがついてしまうだろう。同じ人間とは思えないほどの圧倒的な暴れっぷり、虎二一人で、完全にオーバーキルだ。
「ば、バケモンだろ……なんだよコイツ……」
残りの取り巻き達はもう勝てないと悟ったようで、失神KO負けしたスガも含めて倒れている奴らを担ぎ、一目散に逃げ出した。
少しすると外からアクセルベタ踏みのエンジン音が聞こえてきて、黒いバンが、バリケードを突き破って走り去る姿が窓から見えた。
「二度と面見せるんじゃ無いわよ! ゴミ! ゲロ! カス! まじで死ね!」
マイがわざわざ屋外に繋がる非常階段まで出て、小学生のような汚い罵声を浴びせ続けている。よほどムカついたんだろう、もっと言ってやれ。それより……。
「虎二」
俺は満身創痍の身体でフラフラと立ち上がった。
「おっと」
虎二が俺を支える。
「虎二お前、俺がどれほど……!」
「あぁ、悪いな、鷹広」
俺と虎二は、きつく抱きしめあった。どうして無事だったのか、そんな話は後でいい。
出会ってからほんの数日だろうと、俺達はもう、とっくに相棒だった。
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