15 戦いの火蓋
汗臭いと言われたので、俺達もシャワーを浴びようとアパレル店で適当な部屋着を見つくろって、明日香達が言っていたヨガスタジオのシャワールームへ向かった。
久々のシャワーは、とんでもなく気持ちがよかった。
生き返るとは、まさにこのことだ。
しかし……くそっ。ついさっきまで明日香達がシャワーを浴びていたと言うのに……なぜだ。なぜ気付かなかった俺は……。
押し潰されそうな後悔に、ギリギリギリギリギリ、と歯を喰いしばる。
「鷹広君、やめようよ。そう易々とシャワーシーンなんて見られないよ」
「……五月蝿い」ギリギリギリギリ
俺達は二階のアウトドア用品店を生活拠点にする事に決めた。
ベッドで眠れるかも、と淡い希望を抱いたが、寝具の揃うインテリアショップがある三階はスガ達が占領していて、その希望は叶わなかった。
山羊野がスガ達から夕飯を受け取って来た。鯖の缶詰に、おにぎりに、お茶。
「なんか、質素だな……」
上からギャハハ、と下品な笑い声が聞こえてくる。
「あいつらきっと自分達だけいいもん食べて酒飲んでんのね。嫌な感じ」
「明日、僕と鷹広君が偵察に言った時に何か持って帰ってくるよ」
口を尖らすマイを、山羊野が優しい口調で宥めた。
「山羊野君、いつも偵察ありがとう。明日も無理しないでね」
ゆりと山羊野はいつも二人で偵察を命じられているようだが、ゆりは小柄で非力だし危ないので待機させ、いつも山羊野一人で外出しているらしい。
「明日は鷹広君と一緒に行くから安心だよ。モール周辺のNADの数を把握した後、何か美味しそうな食べ物を探しに行こうか」
「あぁ、わかった。よろしく、山羊野」
そうして俺達は寝袋を敷き、各々横になった。
寝袋とは言え、何かに包まれて眠るのは久しぶりだった。明日香とマイもすぐに寝息を立てて、俺も目を閉じて微睡に身を任せることにした。
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次の日の朝、命じられた偵察のために、俺は山羊野とスポーツ用品店で使えそうなものを物色していた。バットやゴルフクラブがある。武器には不自由しない。
「そういえば、スガはボウガン持ってたな。あんなんどこで……」
「あれは僕のだ」
山羊野は手に持ったバットを強く握りしめて言った。
「一年の時はクラスが違ったから知らないだろうけど、僕いじめられてたんだ。悔しくて、いつか機会が来たらビビらせてやろうと思って、通販で買って練習してたんだ。大きめのカバンに入れていつも持ち歩いてた。でも……取られちゃった」
少し驚いた。山羊野はそんな、キレたとしても人を傷つけるような奴には見えない。
実行に移さなかったのは最後の一線の優しさか、それとも機会がまだ来なかっただけか。そこは分からないけれど、きっと、よほど悔しかったんだ。
励まそうと健太の肩に手を置こうとしたその時――店の奥にあるスタッフルームのような場所から、話声が聞こえた。
「あの女二人ともたまんねえなあ。ヤりてぇー」
「馬鹿お前ら、俺がなんの為にあのガキ二人を偵察に行かせると思ってんだ」
「ス、スガさん、それって!」
「ガキ二人が偵察に出たら入り口を施錠しろ。その後ゆっくり、あの色気のねえゆりとかいう女も含めて……」
「ヤっちまおうぜ」
全身の血が逆流する。毛が逆立つような感情。
「ヒュー! 女子高生!」
「お、おお俺もう我慢できねえ。特にあの明日香って女、まじ好みだわ。今から行ってこよっかな」
「オイオイ、ガキ二人が偵察に出る前にやっちまったら、わざわざボコって黙らせなきゃなんねーだろ。めんどくせえ」
「スガさんそれも好きなくせにー! ギャハハ!」
――頭の血管が今にも切れそうだ。こんなクズが、本当にいるのか。
「もう決めた。俺達はここを出る」
「む、無理だよ、あいつらヤバいから刺激しない方がいい。見つかったら何をされるか」
「このままいたら間違いなく、明日香とマイを傷つける。それだけは絶対に駄目だ」
脳裏に虎二の顔が浮かぶ。身体が勝手に走り出した。
寝床にしていたアウトドアショップには、明日香とゆりの姿。使えそうな道具を色々と品定めしているようだが、マイが見当たらない。
「明日香、逃げよう。ゆりも聞いてくれ」
唐突だったが真剣な話だとすぐに察してくれた明日香は、ゆりと一緒に駆け寄って来てくれた。
事の詳細と、これからすぐに逃げる事を伝えた。
「わかった。ゆりちゃん、私たちはここから逃げる。ゆりちゃんは、どうする?」
「私も彼らは好きになれない、一緒に行きます」
「よし決まりだ。もう今すぐに行動した方がいい。それで、マイは?」
「マイさんは、ヨガスタジオにシャワー浴びに行きました」
「朝シャンしてる場合じゃない! 明日香とゆりはバレないように最低限の荷物をまとめて出口へ。すぐに向かう」
明日香とゆりが頷く。すぐさま俺は、三階のヨガスタジオへ走った。
「マイ!」
更衣室に飛び込むと、服を脱いでいるマイがいた。
「わっ! ノックしなさいよ変態」
「あ、ああごめん」
思わず俺は音を鳴らして唾を飲む。マイは細い体の線とは裏腹に出るところはしっかりくっきり出ていて、腕で隠す薄い紫色の下着が恐ろしいほどに似合っている。
しかし、何て魅力の詰まった胸だ……乙姫さんに劣らない美尻だけに目が行って気が付かなかった。上品な範疇で、限りなく育った胸。そのビジュアルが、重低音のようにズシンと俺の脳に響く。
――違う! 何をしてるんだ俺は!
明日香に出会って太ももに心を奪われたかと思えば、今度はマイの胸か! もう自分が分からない。自分が信じられない! だったら俺は、今までなんのためにリクの尻を……!
――いや違う! 本当に何をしてるんだ俺は!
マジのガチめに色々違う。そんな場合ではない。
とにかく早くスガ達の危険から逃れなければならない。気付かれたらヤバい。
だかしかし。
何より危険なマイの色気との戦いが――今、始まった。
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